23話:死者蘇生からの質量爆弾
ミッドガル聖教皇国の上空では、ジェノバが送り込んだ不滅の死者からなる人型質量兵器が、黒い雨のように降り注ぐ。
聖都の四方を固める迎撃装置は、『神祖』の中央制御塔から発せられる指令の下、作動していた。
各兵器は、精密に設計された機械の歯車のように連動し、宇宙からの脅威を排除する。
超大型ビームキャノンは、聖都の北東に屹立する巨大な砲塔から発射される。直径10メートルの砲口から放たれる青白いエネルギー光柱は、出力が膨大であり大気中でプラズマ化する。
光柱が質量兵器の群れに命中すると、死者の不滅の肉体は分子レベルで蒸発し、爆散する。砲塔の冷却システムが唸り、過熱したエネルギーチャンバーから蒸気が噴出するが、連続発射は止まらない。
1秒間に1発のペースで、正確に目標を焼き尽くす。 レーザー砲台は、聖都の南西に展開する無数の小型タレットから成る。赤外線照準システムと連動し、1マイクロ秒の誤差で質量兵器を捕捉。
1基あたり500キロワットの連続レーザー光が、1秒間に100発の速射で発射される。レーザーは質量兵器の皮膚を貫通し、内部の構造を瞬時に融解させる。タレットの回転機構が高速で動き、360度をカバーする照準は、遠距離の単体目標を確実に仕留めた。
列車砲は、聖都の外縁部を走る環状レールに搭載されている。1200ミリの砲身から発射される実弾は、重量20トンの徹甲弾で、初速マッハ8。発射の反動でレールが軋み、衝撃波が周囲の地面を抉る。
質量兵器の集団に命中すると、爆発半径500メートル内で全てを粉砕。装填には30秒を要するが、一撃で数十体の死者を破壊する火力は、他の兵器を圧倒する。
高速飛翔体ミサイルは、聖都の地下格納庫から発射される。1基あたり50発のミサイルが、赤外線追尾とレーダー誘導を併用し、時速マッハ10で質量兵器に突進。爆薬量500キログラムの弾頭が炸裂し、衝撃波と破片で死者の肉体を細かく分断した。
ミサイルの制御ユニットは、ジェノバの妨害電波を回避する暗号化通信で『神祖』と同期し、回避行動を取る質量兵器を逃さない。
レールガンは、聖都の北西高台に設置された狙撃特化の兵器だ。電磁加速コイルが100メートルの砲身を駆け抜け、タングステン製の弾丸を時速マッハ15で発射。 1発の貫通力は、質量兵器の核を正確に撃ち抜き、内部から完全に破壊する。冷却に液体窒素を用い、1分に1発のペースで発射を続けた。
照準システムは、宇宙空間の目標をピンポイントで捕捉する光学センサーと連動し、誤差は数センチに抑えられる。
対空マシンガンは、聖都の防壁に沿って配置された速射砲台群だ。1基あたり6門のガトリング砲が、毎分6000発の20ミリ弾を放つ。
弾幕は低空を突破する質量兵器を切り裂き、肉体を細かい破片に変える。自動装填システムにより、弾切れのリスクは皆無。
センサーアレイが動体反応を感知し、面制圧のために広範囲をカバーする。
他の国々の迎撃兵器も連動する。対小惑星破壊目的のストーンヘンジは、地平線に並ぶ8基の巨大電磁砲で、1発あたり50トンの弾体を亜軌道に打ち上げる。
質量兵器の落下軌道を予測し、宇宙空間で迎撃する。 シャンデリアは、軌道上の衛星プラットフォームから放たれるレーザー兵器で、1秒間に10発の連続照射が可能。質量兵器の表面を焼き、内部構造を破壊する。しかし、死者の不滅性は迎撃を嘲笑う。
砕かれた肉体は大気圏で燃え尽きず、欠片となって地上に降り注ぐ。
再生した死者たちは異能を放ち、炎が都市を焼き、氷が道路を封鎖し、風が建物を切り裂き、土が防壁を突き崩す。
異能が現れて間もないからこそ系統分けも、その強さの優劣も決まっていない黎明期だからこそ、意味不明な現象が各国の戦場を支配していく。
そして、アルファがいる隔離エリアに敵性反応を示す警告音が響き渡る。その警告を見るまでもなく、護衛チームには一目瞭然だった。
目の前にセーファーが現れたのだ。白銀の長髪に、長刀、そして片翼。
『テレポート。空間跳躍の異能を使ったね。確かにそれならば陽動に気を取られている間にアルファを奪われても仕方ない』
しかし、ジェノバの策略を神祖は見抜く。
「聖剣よ、福音を鳴らせ。|草薙聖剣・雷霆墜ちる世界に邪悪なし《クサナギブレード・ケラウノス》」
雷鳴が聖都ミッドガルの上空を切り裂き、戦場に轟く。ルーファスは膨大なエネルギーを全身から放出し、黄金の輝きを纏ってセーファーと対峙する。
そのエネルギー量は周囲の大気を歪め、地面を軽く灼くほどの出力を持つ。ルーファスの存在自体が戦場を圧倒し、彼の一撃は山を砕き、都市を一瞬で灰に変える力を持つ。聖騎士として『神祖』に仕える彼の力は、理論上、敗北を知らない。
対するセーファーは、ジェノバから供給される『消滅』のエネルギーを操る。黒い霧のようなエネルギーが彼の周囲を漂い、触れたものを分子レベルで分解し、存在そのものを否定する。
この力はルーファスの放つ膨大なエネルギーすら無効化する性質を持ち、黄金の光がセーファーに届く前に霧散する。セーファーの動きは無駄がなく、戦闘の技量は極めて高い。剣を振るうたびに空間がわずかに揺らぎ、彼の反応速度はルーファスの攻撃を的確に捉え、回避し、打ち消す。
戦場では、アロラが魔力の障壁を展開し、クレアとアルファを保護する。クレアはアルファを守るため、剣を構えて背後に立つ。
ルーファスが放つエネルギー波は、聖都の迎撃装置を彷彿とさせる威力で、地面を抉り、質量兵器の残骸を一掃する。しかし、セーファーはその全てを『消滅』の力で無に帰す。
ルーファスの剣撃が空を切り、エネルギーの奔流がセーファーに到達する直前で消滅。
『相手の美点を否定し、消滅させる性質か。厄介な力を手に入れている。これも星喰らいのジェノバらしい能力だけど……』
セーファーの反撃は鋭く、黒い刃がルーファスの装甲を掠め、かすかな傷を残す。ルーファスの圧倒的な力は、セーファーの技術と『消滅』の能力によって初めて対等に引き下げられる。
弱点はあった。
消滅の能力と、空間跳躍は同時に使えない。全ての効果を打ち消す消滅は、空間跳躍に必要なエネルギーや術式さえ消滅させてしまうのだ。
「変わっていないな、ルーファス。お前は嘘ばかりだ。外面ばかりに拘って、格好良く勝とうとしている」
「それが、仕事だ」
セーファーの言葉は、ルーファスにとって耳が痛かった。確かにルーファスは格好良く勝つためにそういう演出を心掛けている。故に戦闘力は低くなる欠点があった。
「格好良く、みんなが憧れるように勝利する。勝つだけでは駄目なんだよ! テロリストと違って!!」
「ふはは、それで負けてしまえば本末転倒だろうに。それで守りたい存在を守れるのか? なぁ、ルーファス」
「守れるさ。俺は英雄であり、聖騎士なんだから」
「できないさ、お前には。自らの体を他者に明け渡しているお前は何一つできない」
セーファーが分身する瞬間、戦場の空気が一変する。消滅の力を操るセーファーと、空間跳躍を可能とするセーファーが同時に存在する。
分身の一体はルーファスと正面から渡り合い、黒い霧を纏った剣で彼の攻撃を次々に打ち消す。ルーファスの一撃は大地を割り、衝撃波で周囲の瓦礫を吹き飛ばすが、セーファーの消滅の力はそれを無効化し、戦場に静寂をもたらす。
もう一体のセーファーは空間を瞬時に跳躍し、クレアとアルファの背後に音もなく現れる。ルーファスは咄嗟に叫び、クレアとアルファに警告を発するが、遅い。空間跳躍したセーファーはクレアの肩に手を置き、瞬間移動の術式を起動。
クレアとアルファは一瞬で戦場から消える。ルーファスは消滅の力を持つセーファーを剣で斬り裂くが、その瞬間、勝利はセーファーのものとなる。
「私の勝利だ、ルーファス」
消える。
敗北した。
神の力を賜ってから任務で失敗したことは無かった。屈辱だった。しかもあんな勝利宣言まで許して。
ルーファスの圧倒的な力は、セーファーの技量と戦略の前に屈した。聖騎士の誇りと神祖の加護を背負うルーファスにとって、敗北は屈辱以外の何物でもなかった。 アルファの無事なんか後回し。この俺をコケにして、神祖の前で恥をかかせた事が何より許せなかった。
「しまった。アルファ……どうしたら」
『ふむ。ジェノバ……というかセーファーという個体は頭が良いね。空間跳躍と消滅を利用しつつ、分身で能力を分けることで隙を作り出し、目的を達成するのは実スマートだ』
神祖は笑いながら言う。それ対してアロラは言葉を返す。
「感心している場合? もアルファも奪われちゃったじゃない。どうするのかしら? 神祖様」
『当然、取り戻すさ。アルファには敵に攫われた時用に自動で防御結界を展開する機能がある。クレアもあの距離なら効果範囲だろう。すぐに世界は滅びない。まずは邪魔な死者をどうにかしよう』
「どうにか、というのは」
『見ての通り、宇宙の迎撃に成功しても地面は死者だらけだから、君の力で一掃する。神の力による雷の強化と、草薙の聖剣はこういう事態を想定してプレゼントしているんだよ、ルーファス』
草薙の剣。
全能神ゼウスの雷霆。
それがルーファスに付与された異能だった。
草薙の剣は、火がついた草を薙いで身を守る伝承があり、それを解釈すれば厄災に対して振るうことで身を守る性質を帯びる。
それに加えて、ルーファスが持つ派手な雷。これを強化すればゼウスの雷霆という解釈が成り立つ。神の中でも最高の威力を誇り、敵対者を破壊する。
伝承では全宇宙すら焼き尽くすほど。
厄災にのみ振るわれ、その破壊力を発揮する神の如き雷霆は、英雄と聖騎士を兼ね備えた広告塔にはぴったりだった。
『さぁ、ルーファス。全ての不浄を焼き払いたまえ。君の末路は英雄だ』
「承知致しました」
『世界を救った後で、二人の女の子を助けに行こう』
「はい!!」 世界に光を示すべく、人造の英雄騎士は出撃する。




