22話:神祖の意向
「で、ルーファス。神祖様の意向は? 宇宙の迎撃? もしくは護衛の続行?」
技術開発局の隔離エリアの一角で、天井に座ったアロラが神祖との通信を終えたルーファスに問いかける。ルーファスは通信端末をしまいながら回答する。
「護衛の続行です。この異常事態は全て陽動で、その隙をついてくると神祖様は予想してます。流石に死者蘇生の術式を使い捨てる選択をするとは考え辛いですが……命令は命令。護衛を全うしましょう」
「まぁ今回は規模がデカイだけで、死者蘇生自体は珍しくないし、カウンター・アプローチがあるなら護衛を優先させるか。納得かな」
「死者蘇生が珍しくない? 本当ですか、それは」
「ポピュラーなのは悪魔との契約があるじゃない。面倒な儀式と、大量の生贄を必要とするし、儀式事故も多いから安定感はないけど」
「悪魔との契約……なるほど。確かにそれなら可能でしょうね」
魔剣騎士の仕事の一つに悪魔を殺すものがある。それは間接的に死者蘇生を封じていたのだろう。単純に悪魔が顕現されても、殺戮されて被害が多くなるから困るのもあるだろうが、悪魔との契約で死者蘇生が乱発してしまえばそれこそモラルハザードだ。
クレアはズキズキと痛む頭を抑えながら、アロラに言う。
「死者蘇生は良いとして、質量兵器として使い終わったあと異能兵器の陸軍としての運用はどうなの? 異能があるなら空も飛べるでしょ? 厄介極まりないと感じるけど」
「うーん、どうかしらね。異能持ちは貴重な人材だし、脅威度は高いけど……それは主体性のある人格ありきなのよ。もっといえば『気合と根性』ね。ジェノバに精神汚染されて、支配下にある死者軍はあんまり怖くないわ」
「気合と根性ぉ?」
「舐めてる舐めてる。本当に、生命体の『気合と根性』は恐ろしいのよ? 俺のため、私達のため、大切な人のため、国のため、みんなのため。そういう風に頑張る人達は無限大の力を発揮するわよ」
アロラは体を抱き締める。
「何度殺しても蘇る。心の炎は不死鳥の如く。ならば心を砕く為に、相手の味方や大切な人達を皆殺しにしても、その絶望を胸の炎に焚べて更に出力が上がっていく。お前を殺し、世界に平和をもたらす。その一点の為だけに」
アロラはトラウマが刺激されたように口を塞いだ。それを見たクレアは問いかける。
「で、どうやって生き残ったの?」
「勝つのは諦めて、命乞いをして、逃げたわ。相手は軍人だったし、国益の為に戦っていただけだから。謝罪して、国益を与え、逃げた」
「生き残ったなら勝ちだと思うけど」
「確かに生き延びたし、相手は数十年後に寿命で死んだとは思うけど、こちらの要求を全て曲げられた以上、アレは敗北よ」
「ふーん、そんなものなのね」
「ルーファスもクレアちゃんもわかると思うけど、バトルを突き詰めるとメンタルよ。とにかく折れないことが重要」
「才能や努力は?」
「あることは大前提。けど、同じ存在力とぶつかったり、逆に圧倒的な強者に噛み付く時は、精神勝負になる」
『そうそう。アロラの言う通り、最後はメンタル勝負。こっちがどれだけ努力して、対策しても、相手はそれを気合と根性で覚醒して乗り越えてくる。勘弁してほしいよ、本当に』
「勿論、その気合と根性だけでどうにかなるほど世界は甘くない……甘くないんだけど、気合と根性で覚醒できる性質の存在は、勝てる要因を沢山持っているものなのよ。常に最善を尽くし、仲間を頼る」
『そういう人は好まれるからね。いつも明るくて、前向きで、困難に対しても屈さず打開策を考え続けられる。自分一人で無理なら他者を頼り、それでも無理なら、といった風に、愚痴を吐かず、あきらめる、挫ける、萎える、という減速や停止するモチベーションが存在しない』
「そういうのは見ていて尊敬できるでしょ? ひたむきに頑張っている人を応援したくなるし、その人から頼られれば嬉しい。だから能力ではなく人望で人が集まるし、それで増える経験や手段が精神を錬磨する」
『あとは単純に、能力が高い人ほどそういう存在に依存しやすくなるんだよ。視野が広く、責任感があり、真面目な人ほど、際立った一芸を持つ存在に憧れる。自分が社会の歯車だと自覚できるが故に、どうせ歯車になるならば、今の世界よりあの人の作る世界の歯車になりたい、と隷属したがるんだ』
ルーファスとクレアは神祖とアロラの話を聞きながらぼんやりと思う。そういう存在と相対する時に、二人は悪と言われる立場なんだろうと。
なんせ二人とも防衛側だ。既存システムを拡充させ、ライフラインを整備こそすれど、弱者の救済や強者の福利厚生を充実させようとはしていない。
現状維持の支配者。それはきっとメンタルで世界を変えようとする存在とは相性最悪だろう。こんなにも世界は歪んでいるのに正そうとしない支配者達に刃を向けるのは自明の理だ。
『僕が考えるに、戦いには三段階ある』
【自分との戦い】
・努力、才能、環境など与えられたカードで、自らを錬磨する戦い。
【他者との戦い】
・練り上げた能力で物理法則の押し付け合う。純粋にフィジカルだったり、頭脳や従えた人材などで戦う。
【精神の戦い】
・困難に際して気合と根性で覚醒し、物理法則を突破したり、新しい法則で世界を塗り替える。『自己革新を求道型、世界改変を覇道型とも呼ばれるね』
「へぇ」
「そんなものがあるんですね」
神祖の言葉にルーファスとクレアは半信半疑の言葉を返す。その様子に神祖は笑う。自由人な神祖にアロラは問いかける。
「どうしてこんなところで雑談のための通信を繋げているんですか? 死者蘇生術式を解除する準備は?」
『無論終わっている。だから、護衛チームがどんな感じか気になって会話に混じってみた。不老不死は初見殺しに弱い。殺されたあとで対策して潰せば良いって思考があるから、初手を避けれないことが多い』
「あー、確かに」
アロラの同意に、神祖は頷く。
『というわけで、僕がサポートしよう。アルファを連れて行かれても困るからね』
「アルファって何者なんですか? 平和の鍵とか言われてましたけど」
『彼女はエルフの中でも特に貴重な古代種の血を継いだ個体なんだ。星と接続できる資格がある。だからジェノバに奪われれば、ジェノバが星のエネルギーを食らい尽くして星が死ぬ。そうすれば僕たちは全滅だ』
「星命炉の高出力版をされてしまうわけですね」
『察しが良いね。その通り。僕達は星命と第二太陽を併用することで無限のエネルギーを実現しているけど、消費を上回る速度で喰らわれてしまえば終わりだ』
「なるほど。大変だ」
『だろ? お、そろそろ死者の質量爆弾が見えてくるよ。みんなで迎撃の様子を見よう』
神祖は端末を操作して、映像を空中に広げる。
聖都ミッドガル聖教皇国の上空に、ジェノバが送り込んだ人型質量兵器が無数に降り注ぐ。死者蘇生の技術で不滅の肉体を与えられたそれらは、宇宙から重力に引かれ、破滅の矢として地表へ殺到する。
聖都の四方を固める迎撃装置が、即座に反応した。
中央制御塔に鎮座する『神祖』の指令のもと、火力特化の超大型ビームキャノンが唸りを上げる。
青白い光柱が夜空を裂き、質量兵器の群れを一瞬で蒸発させる。続いて、速射性と長距離狙撃に優れたレーザー砲台が、精密な照準で次々と飛来物を焼き切る。
赤熱した光点が大気中で瞬き、質量兵器の装甲を貫通し、内部を破壊する。聖都の外縁部では、火力特化した実弾の列車砲が轟音とともに発射。巨大な砲弾が空を切り裂き、質量兵器の集団を粉々に砕く。
破片が火花を散らしながら地上へ落下する中、高速飛翔体のミサイルが追尾機能を駆使し、逃れる質量兵器を次々に爆砕する。爆発の衝撃波が大気を揺らし、聖都の防壁に響く。
狙撃特化のレールガンが、遠距離から単体の質量兵器を正確に撃ち抜く。電磁加速された弾丸は音速を超越し、標的の核を一撃で破壊。
同時に対空マシンガンが、速射性と面制圧力を活かし、低空を突破しようとする質量兵器の群れを掃射する。無数の弾幕が空を覆い、飛来物を寸断する。
他の国々も迎撃に動く。ストーンヘンジの巨大砲台が地平線で火を噴き、シャンデリアの軌道兵器が宇宙空間で質量兵器を捕捉、破壊する。聖都と連動した迎撃網は、ジェノバの送り込む死者の軍勢を一機残らず粉砕し続け、破滅の企みを無力化していく。
ジェノバが送り込んだ人型質量兵器は、死者蘇生により不滅の肉体を持つ死者そのものだ。聖都ミッドガル聖教皇国の迎撃装置が火を噴き、超大型ビームキャノンが質量兵器を蒸発させ、レーザー砲台が精密に焼き切り、列車砲が砲弾で粉砕し、ミサイルが爆砕し、レールガンが核を撃ち抜き、対空マシンガンが弾幕で寸断する。
しかし、死者は死んでいるがゆえに不滅であり、バラバラにされた肉体は大気圏で燃え尽きることなく、欠片となって地上に降り注ぐ。
聖都の防御結界に弾かれた肉片は、各地の土壌に沈み、ゆっくりと時間をかけて再生を開始する。断片的な四肢や頭部が蠢き、血と骨が再構成され、完全な形を取り戻す。
再生した死者たちは、ジェノバの精神支配に縛られ、人格を奪われたまま、各国の首都へ向けて無言の行進を開始する。
その中には、異能を操る死者も紛れていた。
炎を噴き上げる者、地面を割る者、風を刃に変える者。ジェノバの意志に操られ、彼らはただの異能兵器と化し、破壊の力を解き放つ。
各国の防衛線を突破し、ビルを崩し、インフラを粉砕する。ストーンヘンジやシャンデリアの迎撃兵器が宇宙からの飛来物を破壊し続ける中、地上では再生した死者たちが容赦なく破滅を撒き散らしていた。
『この程度は想定の範囲内。さらなる脅威を警戒しよう』




