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21話:急ぎの用件

 その日、聖都は生き物のように息づき、ざわめいていた。石畳の街路には、風すらも緊張を帯び、微かな振動となって人々の足元を這う。

 聖都の四方を固める巨大な迎撃兵器群が、低く唸りを上げて起動した。


 鋼と魔術が交錯するその機構は、古代の巨獣が目覚めるかのように、鈍重な光を放ちながらスタンバイモードへと移行する。


 一つ、また一つと、都市の脈動に合わせて点灯する赤い光点。それはまるで、聖都そのものが血を巡らせ、戦いの準備を整えるかのようだった。空を覆う防御結界が、フル稼働の兆しを見せる。


 普段は無色透明、気配すら感じさせないその結界が、今、薄く虹色に揺らめき、半透明の膜として視認できるほどに濃密に立ち上がる。


 それは、聖都を外界から隔絶する絶対の壁。

 内と外を分かつ境界線は、まるで世界そのものを二つに切り裂く。


 聖都の民は知っている。この結界は、守護であると同時に、囚われの檻でもあることを。そして、世界の空に、突如として神祖の姿が浮かび上がった。 それは実体ではなく、光と魔力によって編まれた幻影。だが、その威厳は圧倒的だった。


 雲を裂き、天を支配するその姿は、神話の時代から抜け出した存在そのもの。 神祖の眼差しは、聖都を全てを見透かし、同時に世界の果てまで貫く。

 その口が開き、声が響く。

 ――それは、人の言葉でありながら、人のものではない。


 世界そのものに語りかける声。時間も空間も超えて、全ての生きとし生けるものに届く、絶対の宣告。

 神祖の幻影が天頂に浮かび、その声は世界の全てを貫く刃のように響く。


 結界の内側では、民の心臓が恐怖と覚悟の間で揺れ、魔剣騎士たちでさえ、運命の重さに息を呑む。だが、その声は、絶望を希望へと反転させる鍵でもあった。


「おはよう、みんな。闇の眷属の侵攻だ。十中八九、反生命組織ジェノバの差し金だろう。死後の扉を開いて、死者を現世へ呼び出し、眷族として使役する。その上で、死者特有の不滅の肉体を利用した質量爆弾にするとは……本当に良くやるよ。生贄になった生命の数は数万数百ではきかないだろうに」


 神祖の手が虚空を切り裂くと、星々の海を映す地図が聖都の空に広がった。惑星の輪郭と、宇宙の深淵から迫り来るジェノバの死者軍の勢力図が、冷たく輝く光点として浮かび上がる。さらに、灰色の肌に汚染された男と女の姿が投影される。


 その瞳は虚ろで、かつての魂はジェノバの闇に呑まれ、ただの兵器と化していた。彼らの存在は、生命の冒涜そのものだった。


「敵の特性は単純な自爆特攻兵器だと考えてもらえば良い。空から降り注ぎ、衝突することでダメージを与える。相手は不滅の肉体だから再生するので、地面に落ちたあとは陸軍兵士として侵攻してくる」


 神祖の言葉に同期し、イメージ映像が聖都の空を覆う。宇宙の闇から降り注ぐ死者軍が、流星の如く地表に激突する。大地は裂け、巨大なクレーターが世界の皮膚に刻まれる。バラバラに砕けた肉体は、しかし、異様な速度で再生し、蠢く影となって各地の首都へ向かう。  


 その光景は、神々の怒りが地上に解き放たれたかのようだった。


「こちらが感知した情報だと、攻撃範囲は大陸全土。他の国も同様に攻撃を受けるだろう。良くも悪くもこの攻撃のおかげで各国は団結するだろうから、その点は有り難い。ストーンヘンジやシャンデリアは宇宙からの飛来物に対して有効だろう」


 世界への同時攻撃。それは、個々の国家の枠を超え、人類を一つに束ねる試練だった。

 協力しなければ、滅亡は不可避。

 どの国も単独で世界と戦う力はなく、仮に抗えたとしても、資源の枯渇による緩やかな破滅が待つだけだ。 聖都は、その運命の分岐点に屹立していた。


「敵の具体的な攻撃方法と、こちらの迎撃方法を説明する。敵は宇宙より飛来し、質量兵器との役割を果たしたあと、自律攻撃型の異能兵器として各国の首都へ侵攻する。死者の人格はジェノバに汚染され、異能によって殺戮を繰り返す兵器になっているから慈悲は無用だ」


 神祖の映し出す映像は、繰り返しジェノバの死者軍の脅威を刻み込む。その無慈悲な進軍に、民は絶望に震え、魔剣騎士たちの剣すら一瞬怯む。だが、神祖の声は続く。


「死者蘇生を利用した質量兵器からの自律型異能兵器の両立なんて、異次元すぎる。勝てない。そう思わなかったかい? 安心してほしい。勝てるよ。僕達ならば」 


 少年の姿をした神祖が、柔らかく、しかし確信に満ちた笑みを浮かべる。その笑顔は、夜明けの光が闇を裂くかのようだった。


「こっちは数万年生きてきた神祖だぜ? 死者蘇生へのカウンター・アプローチなんて無数に存在する。軍事利用だろうが、暴走だろうが大丈夫。僕たちはジェノバの死者軍を倒せる。しかしそれには時間稼ぎが必要なんだ。それをみんなにお願いしたい」


 その言葉は、絶望の淵に立つ者たちに希望の火を灯した。神祖は、幾多の時代を越え、こういった事を既に経験し、備えていたのだ。

 その叡智は、星々の運行を司る全能神の如く、揺るぎない。


「みんなには再殺の概念を付与した。死者を殺したらその場で復活せず、冥府へ直行するようにした。つまりジェノバの死者蘇生術式の解除だね。だが、これで膨大な数の死者軍全てを倒せと言っているわけではない。これは時間稼ぎだ。最終的に世界全体に死者を冥府に戻す術式を作動させて、解決する。発動まで30分の耐久戦だ」 


 他の地域や都市は、防衛に特化した編成で質量攻撃の衝撃を凌ぐ。

 防御結界は、聖都の生命線であり、希望の楔。神祖の言葉は、遠く離れた戦場にも響き、守りを固める指令として伝わる。


 敵の目的は首都の陥落。行軍するだけの死者を無駄に攻撃する必要はない。神祖の術式が完成するまでの30分、ただ守り抜くことが全てだった。


「念ために各国や、大小問わない組織、死者に会いたい個人に忠告しておくと、死者蘇生を都合良く利用するのは無理筋だ。僕も数百回くらい実験と改善を繰り返したけど、人格あれば下剋上されるし、人格なくせばクローンのほうが安上がりで、意味がない」


 神祖の声には、長い試行錯誤の果ての諦観が滲む。

不老不死も、固有異能の付け替えも、所詮は人間の欲望が生んだ虚構に過ぎない。


 死者蘇生は、コストとリスクの塊。

 社会の倫理を侵食し、モラルハザードの火種となる危険な術だった。


「逆に言えば、そもそもの目的が生きている生命の消滅が目的であったり、蘇生した死者の人格を完全に使役する能力があり、異能持ちの駒が大量に欲しい場合は、極めて有効というわけだ。コストを確保するついでに敵の勢力を削いだ上で、自軍は異能持ちの兵士を大量に扱える素晴らしい戦略に早変わりする」


 神祖の言葉は、敵の狡猾さを暴きつつ、その愚かさを冷たく見据える。死者蘇生の技術は、人類史において繰り返される禁忌の試み。


 神祖はそれを封じる術を備えていたが、ジェノバの手によって破られた今、混沌が世界を覆う。だが、今回の混乱は、神祖の失策ではない。

 ジェノバの運が、ほんの一瞬、勝っただけなのだ。


「人類史の定期イベントである死者蘇生。死者を蘇生して制御する方法を探すなら、暴走した際に再殺して解決する技術も確立しておいてこそリスクヘッジというわけさ。セーフティともいうね」


 神祖の声は、悠久の時を生きる者の余裕を帯びていた。聖都の結界が光を放ち、民の心に勇気を刻む。最後に、神祖は静かに、しかし力強く告げる。


「死者蘇生の取り扱いは非常にセンシティブなものなので、自分たちで研究したり、ジェノバを捕獲して我が物としようとしないでね。仮に挑戦するなら、不老不死になってからやりなさい。たった一度の命を無駄に散らすことはないんだからさ」


 その言葉は、希望と戒めの両方を宿していた。

 聖都の空に浮かぶ神祖の幻影は、まるで世界を見守る最後の守護者。

 30分の耐久戦が、今、始まる。 と、そこで色々忙しくなったところでルーファス達のアロラ護衛チームへ連絡が入る。


『やぁ、ルーファス。時間がないから用件だけ。この死者蘇生騒ぎは陽動だ。メインは変わらずアルファだろう。だから気を抜かないで守ってほしい』

「了解しました。この命をもって、アロラの命を守ります」

『うん、ありがとう。この大騒ぎな時に君を起用できないのは痛いけど、ルーファスはルーファスの任務を全うしてくれ。じゃあ、通信終わり』


 ルーファスは、この規模の出来事が陽動作戦と割り切ってできてしまうジェノバに、恐れを抱く。当時にそれを見抜いて対策する神祖にも同様の想いを感じるのだった。



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