19話:心の闇
ルーファス、アロラ、クレアの護衛チームは役割分担することになった。
ルーファスのスペックは護衛任務では過剰性能だ。神祖への信仰を集める広告塔である以上、人目につく。エネルギー出力と制御も甘いから、周囲に人がいたり、人質戦法に滅法弱い。
アロラはどうだろうか? 彼女の魔力を用いた能力は魔力の質、魔力の量、魔力の制御、魔力の硬度、魔力出力、魔力干渉、魔力集束、魔力拡散、魔力維持。 性能的な面では全て高水準で問題ない……のだが、アルファとは致命的に相性が悪かった。アルファがアロラに怯えて、精神が不安になるのだ。
黒龍ウィルスの適合して超人化したアルファは能力が大きく向上している。その向上した能力の一つに危険察知能力もある。
原初の人間として生き残ったアロラは性能だけならば黒龍より高い。それ故に周囲の存在に無自覚な脅威を感じさせてしまう。黒龍ウィルスに適合し、超人化したアルファも、上位存在であるアロラに恐怖を感じてしまうのだ。
神祖やルーファスも隔絶した存在力があるが、周囲を恐怖させる性質は少ない。むしろ親しみを抱かせる。神祖やルーファスの演技は、威圧より共感を重視したものだ。
アロラは恐怖で生き残り、神祖とルーファスは協力で生き残っていた。その人生へのスタイルが如実に現れていた。
最後にクレアだが、特に語るべきことはない。
人間としての性質はノーマルだ。魔剣騎士としての魔力や技量は優秀だが、人間の原則からは外れていない。不老不死とか、星や上位次元存在との接続、概念能力とか、精神的な破綻者とか、そういうトンチキではない。 だからアルファの護衛として、一番近くいることになるのは当然な流れだった。では護衛チームとして不適合な二人は非戦闘時何をしているのか?
答えは単純、セックスである。
嘘だ。普通に離れた場所から二人を監視して、敵勢力が襲ってきたらすぐに助けられるように準備を進めていた。
この護衛任務は、アルファの職場である政庁と家である研究所の行き帰りの護衛だ。だから仕事中や研究所の隔離エリアに戻った後など、護衛チームにも自由時間も多く、カジュアルなスタイルで任務に当たっていた。
「アルファ、護衛する意味あるのかしら」
アルファが政庁で働いている暇な時間帯、最近話題のハンバーガーショップで、三人が駄弁っているとクレアが言った。
「世界滅ぼす危険性があるなら、隔離エリアに閉じ込めておいた方が良くない? こうやって護衛するなら尚更、隔離エリアの周りで防衛している方が良いと思うんだけど」
「それだと人権侵害になるし、難しいと俺は思う」
「世界存亡かかっているのに気にする?」
「そういう足切りをしていくと、最後は残るのは地獄だろう。モラルハザードなんて目も当てられない。クレアさんはアルファを守りたくない?」
「いや、そういうわけじゃなくて。状況の割に非効率的な対応が嫌」
クレアの不満を、ルーファスは受け止めた。それにアロラもポテトを食べながら言う。
「基本的に正論や正攻法って同じ土俵で戦う相手にしか役に立たないのよね」
「同じ土俵ですか?」
「そう。例えば、国際条約がある上での国同士の戦争とかね。民間人は攻撃しない、敵の捕虜や病気の兵士を虐待しない、とかね。最低限のルールがある上で戦いましょうと合意していると、ある程度は正論や正攻法が通じる」
アロラの言葉に、クレアは胡乱げな目を向ける。
「本当に? 裏ではやることやってるでしょ」
「それくらいなら良いのよ。お互いに悪いことだと認識しているなら、その範囲は狭くなる。テロリストは敵に被害を与えるためなら手段を問わないし、逆にこっちは守る側だから取れる手段は限られる」
「へぇ」
「被害は広がり、恨み辛みは長引いて、疲弊していく泥沼の戦いになる。勝利しても何もない虚しさだけが残り、病んでいく」
「まるで見てきたような言い草ね」
アロラは静かに微笑む。それは無言の肯定だった。ルーファスはアロラが原初の人間であることを知っているので、本当に彼女が経験してきた人類の歴史なのだろう、と察した。
「で、それがアルファと何の関係があるの?」
「世界のためにアルファを隔離エリアに閉じ込めて、その結果アルファが私たちを恨んだら駄目だよねって話よ」
「なら殺せば良いじゃない。得意分野でしょう」
「そのアルファちゃんはさ、後輩のお世話をしているから人気なのよ。イプシロンとゼータちゃんだっけ? 後輩達はアルファのことを信用しているし、彼女のために何かしたい、と思うでしょ。それに自分たちが隔離エリアで過ごす未来しか与えなければ反逆するのも時間の問題よ」
「みんな潰せるわ。いくら超人化しているとは言え、神の使徒や1stの魔剣騎士がいればいくらでも」
アロラは、クレアの尖った発言に、なにか微笑ましいものを感じながら、言う。
「恨み辛みは長引くし、広がるのよ。どれだけ潰しても湧き出てくるし、憎悪は連鎖するから止まらない。だから多少の面倒があっても、恨みを買わないようにするのが最善なの」
「ふーん。そうなものなのね」
クレアは無言でハンバーガーを食べた。そして油で汚れた指を、紙で拭いて、剣を持って出口に向かう。アルファの政庁での仕事が終わり、護衛する時間だった。
「行ってくるわ。お姫様を守りに」
クレアを見送ったルーファスとアロラは、お互いに目線を合わせる。
「どう思った?」
「全体的に攻撃的で、否定的な印象がありました。アルファへの護衛するのが嫌だとしても、度が過ぎている。そして何より問題なのが、クレアの性格的にそういうことを言わない人間だった、ということです」
「病んでいるというより、変質している感じね。たぶん愚痴は本音ではあるのでしょうけど、過激な発言になるようにネガティブな側面が大きくなっている感触がある」
「任務に疲れて、精神が病んで思考が極端になっているか、もしくは敵から精神攻撃を受けている?」
「そうね。個人的には後者かな。クレアちゃんの些細な不安を刺激されている気がするわ」
「マジで?」
「マジ」
ルーファスは顔を手で覆って、天を仰いだ。
「どうすんのよ、これ」
「少し、クレアちゃんの心をみてみましょうか」
「何をする気ですか?」
「今からクレアちゃんと共鳴して、思考に探りを入れるわ。貴方も見なさい。手を握って。それで見れる」
アロラは右手を差し出してくる。ルーファスは複雑な思いを感じながらも、アロラの手を握る。
アロラは笑う。
「クレアちゃんの心を感じましょう」
■クレアの思考■「羨ましい」
「ずるい」
「妬ましい」 うるさい、黙れ、喚くな。
頭の中で声がずっと反響する。
ルーファスとアロラを見ていると、様々な感情が刺激される。しかしその全てがネガティブなもので、私の性格の悪さを露呈させる。
◆ ルーファスは強くて優しい聖騎士。人気があって、みんなから称賛されるのも納得だ。他者の為に自分を犠牲にして、聖騎士の使命を全うする。 みんなの命を守るために命を張る高潔さは、とても真似できない。私は自分の命が惜しいし、魔剣騎士の仕事も貴族だからやっているだけだ。
勝てる戦いしか、したくない。
ルーファスを見ていると惨めになる
◆ アロラは、私達が手が届かない部分をしっかりとサポートできるお姉さん。視野が広く、他者の失敗をフォローできる能力がある。
冷静で、思慮深い。私の周りにいた同世代の人達とは、考え方やその伝え方が上手い。これが本当に大人というものなのだろう。
過度な自己主張せず、しかしチームが上手く回る方向性へ舵を切れる。メインで活躍するルーファスみたいに称賛されなくてもニコニコ笑って、満足しているようだ。
私はそんなふうにはなれない。褒めてほしいし、人の失敗をフォローするのも嫌だ。
私が称賛されたい。
頑張って鍛え上げた剣の技術と魔力操作を見せつけたい。
私は調和を得るために自分を犠牲にして、他者をフォローする達観した視点を持つことはできない。 アロラを見ていると惨めになる。
◆ アルファは、優しい女の子だ。エルフといえど私と同じ年齢なのに、自らの運命に対して真摯に向き合っている。自分の長所と短所を自覚し、欠点を埋めるべく努力しつつ、それが難しいのならば他者に頼る事も出来る。 隔離エリアに収容されているにも関わらず、学ぶことを辞めず、研究者にも真摯に対応し、最善の行動をコツコツ積み上げる。そして新しく超人となった後輩には自分の経験を踏まえて、後輩達が感じているであろう不安や、人の愛情を与える母性を持っている。
人間として、尊敬する。私にはできない。そんな風に世界の理不尽や不条理を経験しながら、真っ当な精神を維持して、他人のために心を裂くことが、私にはできない。
アルファを見ていると惨めになる。
◆ 特別な才能がほしい。
特別な力がほしい。
特別な魂がほしい。
そんなことを願う自分が、浅ましく、愚かしく、怠惰で憎らしい。
◆
「なら、力をやろう。ジェノバの力を、お前に与えてやる。それでお前は特別な存在になれるだろう。お前が感じていた劣等感。それを感じさせたやつらに、お前の特別を見せてやれ」
貴方は、誰?「セーファー。ルーファスやティルフィングに負けたが、ジェノバがいる限り俺は何度でも甦る。そして挑戦する。だが今回はお前に譲ろう。人間を越えた力に溺れ、享楽を求めて神祖ではなく、ジェノバに仕えろ」
私……私は…………私が消える。
ああ、揺籃の時は過ぎさり、冬の寒さは暖かな春がやってくる。 愚昧なり、神祖の傀儡。 栄光の道行を進む聖騎士には、無限の泥沼で窒息を。
人に尽くして支えることを選んだ原初の唯人には、十字に吊るして火炙りを。
肉塊から人型を取り戻した森人には、肉フックに突き刺してその肉体に刃を振う。
私は不幸になった。お前たちのせいで惨めな毎日だ。その報いは必ず訪れる。死神の鎌を持って、私は邪竜を討つべく神の社へ願いを供えた。 私は魔剣騎士のクレア。
私より強いものはみんな死ねば良い……いや、私が殺す。一人づつ殺して喰らって飲み込み。噛み砕き、その力を取り込む。
私が、一番優れたものになるべく。
灰が降る冬の寒さは耐え難い。全ては停止する。全ては張り付く冷気で静止する。この停滞こそ私の望んだ世界。私より上にいる存在なんて許さない。
成長は停滞し、ゆっくり世界は停止する。
全ての未来が凍りつき、光も闇も灰も無い世界の玉座で私は眠る。
■クレアの思考終了■
「闇堕ちしてる……クレアさん」
「主犯はジェノバのセーファー。ジェノバ本体を破壊しないと無限に復活するタイプか。面倒ね」
「で、どうします? このままだとアルファと接触した瞬間、クレアさん殺しかねませんよ」
「ん! そうね。まずアルファを守りましょう。クレアはその後!」
「了解」
ルーファスとアロラはハンバーガーとポテトを飲み込んで、アルファを守るべく走った。




