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18話:卑劣な者

 ルーファスは聖剣を構え、理想の騎士の仮面を被ったまま、左腕に巨大なガトリングを装着した大男——反生命組織ジェノバのテロリストと対峙する。


「良いのかよ、人質がいるんだぜ」

「……卑劣な」


 と、いいつつルーファスは特に卑劣だとは思わなかった。仕事として聖騎士やってるから派手で、見栄え重視の正面戦闘をしているだけだ。


 極論、雷の性質は無駄である。エネルギー放って、敵が死ねば戦いとしては百点だ。しかしルーファスの良い点はそこではなく、雷という見た目や音が派手になるからこそ、広告塔として活躍できるのだ。


 ガトリング男の身体は筋肉の塊のようだった。その上半身が威圧的に膨張し、左腕のガトリングは無数の銃身が回転を始め、金属の冷たい唸りを上げていく。


 その目は血走り、狂信的な光を宿し、目的は明確だった。被検体アルファを狙うこと。そしてそれを利用して神祖を殺すこと。


 アルファはガトリング男の仲間が人質に取り、もっといえば逃げ遅れた平民さえ人質の範囲であり、銃口を突きつけてルーファスを牽制していた。


 ルーファスは動けなかった。


 『街を傷つけない』

 『街の人を巻き込まない』

 『テロリストの仲間にアルファに危害を加えさせない』


 ——これらの縛りが、彼の行動を厳しく制限していた。雷を放てば、広場は焦土と化し、市民を巻き込む。剣を振るえば、衝撃波が周囲の建物を崩壊させ、人質を危険に晒す。


「俺に攻撃しろ。だが人質を傷つけるな」

「そうか、ご立派な騎士様だ。それに敬意を評して鉛玉をけれてやるぜ」


 ガトリング男の仲間たちが人質を盾にしている以上、無茶な突撃はアルファの命を脅かすので不可能。

 卑劣に笑うガトリング男の銃身が高速回転を始め、無数の弾丸が雨のようにルーファスに向かって吐き出された。


 轟音が広場を震わせ、弾丸の軌跡が空気を切り裂き、火花を散らした。

 ルーファスは仁王立ちで、耐えた。

 神祖から与えられた力は、彼の身体を不壊の要塞に変えていた。弾丸は装甲に当たり、火花を散らし、肉体に食い込み、皮膚を裂き、血を噴き出させた。痛みは鋭く、神経を焼き、骨が軋む音が体内に響いた。だが、彼は微動だにせず、ただ耐え続けた。


(本当に辛い。味方……もうちょっと、こう、なんとかならなったかな)


 ガトリングの弾幕は容赦なく続き、ルーファスの肩、胸、腹に無数の穴が穿たれ、血が石畳に滴り落ちた。周囲の人質たちの悲鳴が彼の耳を刺し、ガトリング男の哄笑が響く中、ルーファスは聖剣を握りしめ、静かに立ち尽くしていた。しかし、内心では、まったく別の思いが渦巻いていた。


(痛い。不老不死なんだから痛み必要ないだろ。痛覚制御で軽減とか言ってないで無くしてくれ。はぁ、蜂の巣にされるなんて、格好悪い。周囲に気を使って面倒臭いし、怠いな。早く終わらせて、部屋に戻ってジュースでも飲みたい)


 戦いの最中、彼の心はテロリストの脅威から逸れ、痛みの向こう側でぼんやりとした不満を繰り返していた。身体の痛みは確かに鋭いが、それ以上にこの状況の煩わしさが彼を苛立たせた。


 英雄として耐える姿は、民衆の目には神聖に見えるだろう。だが、ルーファスにとっては、ただの面倒な義務に過ぎなかった。


 血が滴り、肉が裂ける感覚が彼の神経を苛む中、彼の思考は戦いとは無関係な日常の怠惰に逃避していた。ガトリングの弾幕が続き、身体が揺らぐ中でも、彼の心はただ、早くこの茶番を終わらせて楽になりたいと願う。 


 そして、その願いは叶う。黒と赤の魔力がアルファを拘束していたテロリスト達を刺し貫いた。地面から生えた槍は、アロラが得意とするものだ。倒れるアルファをクレアがキャッチして確保する。

 ルーファスは遅れてきた2人に叫ぶ。


「流石だ、二人とも! しかし遅いのではないのかな!?」

「貴方が速すぎるのよ」

「本当に規格外ね」


 アロラとクレアがため息交じりに呟いた。そしてアロラは両手を広げて、空中に魔力を散布しながら、ルーファスへ向かって叫ぶ。


「さぁ、全力でどうぞ。聖騎士様。街や人への被害は私が守ってあげる!」

「素晴らしい、感謝する」


 ミッドガルの聖都、下層区域。

 石畳の路地に尖塔と円柱は古の意匠を宿しつつ、最先端の素材で強化された壁面が鈍く光を反射する。


 薄暗い街灯の下、群衆のざわめきが渦を巻き、市民たちは息を潜めてその対決を見守る。


 聖騎士ルーファスと、テロリストの筋肉達磨ガトリング大男。


 両者の間に流れる空気は、世界の終わりを予感させる重圧に満ちていた。ルーファスの聖剣に雷光が収束する。


 蒼白い輝きが空を切り裂き、雷鳴が大気を震わせる。彼の攻撃はただの破壊ではない。それは神の怒りを思わせる荘厳な裁きの光。 エネルギー奔流が放たれるたび、アロラが周囲に展開した魔力による保護に負荷が高まっていく。もし魔力保護が無ければ、地面は裂け、建造物の表面に無数の亀裂が走っただろう。


 雷の咆哮はテロリストたちの心胆を寒からしめ、ガトリング大男の巨躯すら一瞬怯む。だが、彼の筋肉は鋼のように硬く、意志は獣のように不屈。


 無数の銃口が唸りを上げ、弾丸の嵐がルーファスを飲み込もうとする。


 周囲の市民たちは、畏敬と恐怖の狭間で立ち尽くす。 雷光とエネルギーが環境を変革させ、聖都の空に白熱の弧を描くたび、彼らの瞳には神話の再現を見るような驚嘆が宿る。だが、その光景はあまりに圧倒的で、人間の領域を超えた戦いのように映る。


「すげぇ」


 アルファの護衛を担う魔剣騎士は、ルーファスの雷性質のエネルギー奔流に息を呑む。


「これが英雄。聖騎士ルーファス」


 剣を握る手に力が入らぬほど、その力は常軌を逸していた。彼の驚愕は、自身が剣に込めた信念すら一瞬揺らがせる。


(え、ちょっと火力高くないかしら? ルーファスのコンセプトって汎用人型多目的運用である第三世代型で、更に戦闘能力を削った広報担当モデルでしょ。なんで決戦兵器を生み出すことが目的だった第一世代型並みの出力があるのよ)


 アロラは愚痴る。アロラは必死だった。周囲の被害を抑えるため、彼女の魔力は全霊で展開される。だが、ルーファスの雷は純粋に存在密度が高い。


 雷が飛び散り、それに怯えた市民たちの悲鳴が響く中、彼女はただ防壁を張ることに全力を尽くす。その顔には、呆れと尊敬が交錯していた。


 ルーファス……いや神の使徒の力は、あまりに遠い。

 彼の存在は、神話の英雄が現世に降臨したかのようだった。


 クレアは、アルファを抱えて戦場から少し離れた場所でその光景を見つめていた。彼女の心は、ルーファスの力を前にして砕けそうになる。


 『絶対に辿り着けぬ境地』――その言葉が脳裏を支配する。彼女の剣技、彼女の信念、彼女の全てが、ルーファスの雷光の前ではあまりに矮小に思えた。


「いや、火力勝負ではやく、剣術のみのな戦いなら私が勝っている。それを極めるだけよ」


 だが、プライドがそれを許さない。己の弱さを認めることは、彼女にとって死に等しい屈辱だった。心の奥底で、静かな葛藤が燃え上がる。

 彼女は拳を握り、唇を噛み締めた。


 クレアの懐の中にいたアルファが、ルーファスを見ながら言う。


「綺麗」


 一際強い光が瞬き、ガトリング男は切り裂かれた。


「クソが。クソ邪神に騙されやがって」


 戦いが終わり、静寂が広がる。

 ルーファスの雷光は解除され、アロラの建物と人を守る魔力保護も解除された。

 ルーファスはボロボロの装備と無傷の体を眺めたあと、大きく息を吸って、聖剣を掲げて叫ぶ。


「悪は討たれた!! 神祖より賜った我が聖剣によって平穏は再びやってくる!! 前を向け! 過去を抱き、今を生き、明日を目指せ! その先に幸せがある!! 何故ならば我らミッドガルには神の加護があるからだ!!」


 決まった。

 自分で考えた即興の台詞回しを、ルーファスは自賛した。

 テロリストによって破壊された不幸を利用して、神の威光を知らしめる良い言葉だ。神の使徒としても、テロリストの恐怖を塗り替えて、安心を与える存在としても素晴らしい。


 その効果は絶大だった。アロラの魔力保護によって、人的被害も物質的な被害も無かったのがよりその効果を高めた。


 周囲から向けられら賞賛と畏敬と、全て自分が回しているような全能感。

 素晴らしい感覚だった。だから神の使徒はやめられない。

 背後からアロラが、軽く背中に叩く。


「お疲れ。格好良かったわ」

「ありがとうございます、アロラさん」


 こうして、アルファ護衛任務の最初の難関が終了した。



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