16話:クーデターの後処理
走る。
三人は政庁のチーム控室から抜け出し、聖都を駆ける。
「任務の情報って、何があるの?」
クレアが2人に問いかける。高速移動しつつ余裕があるアロラは携帯端末を操作して情報を読み上げる。
「えーっと、今回の護衛任務対象である『アルファ』。彼女は黒龍ウィルスに適合し、超人化した個体。尚且つ星と繋がれる少女だ。なので、その彼女を苗床化して、優秀な子供を量産して生命兵器として運用したいジェノバが狙っている。そして今回はミッドガルの外から招き入れられたテロリストが敵対勢力だと思われる」
クレアは呆れたように言う。
「またジェノバ。ジェノバ、ジェノバ、ジェノバ。迷宮都市でエリザさん達襲うし、アルファたちも奪おうとするし、反生命組織って名前に加えて、その組織名に自分の名前つけるだけあるわね。この暗躍具合。ぜーんぶジェノバ。ミッドガルを殴るためなら採算度外視。カス過ぎる」
「暗躍にしてはゴリ押し過ぎないか?」
「頭悪いんでしょ。戦力の逐次投入とかしてるし」
「言葉が強すぎるだろう。慎め。私達は神祖直属の部隊でもある」
「はいはい、聖騎士様はご立派ですね。尊敬するわ」
「殺すぞ女」
「心の声が漏れてる漏れてる。アンタがそれ言ったら流石にやばいわよ」
「はは、冗談だ」
「アンタの冗談は怖い。内容よりそれが外部に誤って伝わった時のことが想像すると怖い」
ルーファスとクレアが雑談しているが、アロラは無言だった。何か脳に引っかかるものがある気がしたのだ。
ジェノバ。優秀な個体を捕獲して苗床化する性質。そして反生命組織という名前。何かある。何か危険な感触があるが、思い出せない。気持ちが悪い感覚だったが、それを飲み込んで移動に専念する。
現在、アルファがいるのは技術開発局のあるエリアではなく、下層の平民区域だった。
ミッドガルは平民が暮らす下層と、貴族が暮らす上層に分かれている。とはいっても上と下の行き来は容易であり、仕事では平民と貴族が混ざることは当たり前の光景となっている。
平民と貴族の明確な違いは、神祖への近さである。
敬虔な信徒であり、更に優秀であればあるほど貴族としての位が高く設定され、神祖の近くで働くことを許される。
それは名誉であり、同時に生命体としての優越性を示す。それ故に神を守る魔剣騎士階級は特別であり、貴族しか許されない。
平民出身の神の使徒ルーファスが人気なのはその点だ。
平民からその優秀さから見初められ、騎士を越えた神の使徒となる。更にその力によって、敵を一掃しする。しかも特別な立場なのに謙虚で、優しく、腰が低い。
貴族特有の傲慢さがないルーファスは平民の理想の英雄や聖騎士であり、貴族からすれば平民の出身であることを弁えて行動し、貴族の面子を立てる事が出来る賢いな人間として評価される。
神の使徒となるのは反発があったが、今やその功績と人気によって、ルーファス反対派の貴族は黙して従うしかない。
全て神祖の演出の結果だ。そして、アルファが下層の平民区域へ赴いていたのは、散歩である。
彼女が隔離エリアから外へ行きたがってたのは周知の事実である。そしてセーファー率いる襲撃者達を殲滅し、ジェノバ側も追加の兵力を送る力がないと判断された。
更にクラス1stの騎士が護衛としてつけたのなら、散歩くらいしても良いだろう、と判断されたのだ。しかし問題が起こる。
セーファー率いる大戦力を送り込む余裕は、ジェノバ側にはない。しかしミッドガルの外の勢力を内部に招き入れて、アルファを狙っていると情報が入る。
またお前かジェノバ。いい加減にしてくれ。しつこい。本当にしつこい。ミッドガルにダメージを与えるためなら何でもする気か? ふざけた存在だ。ぶち殺してやりたい。だが、その本拠地が掴めない。
しかしやつの目的は黒龍ウィルス関連ではあるようなので、アルファ達を研究素材としたオリジナルの黒龍ウィルスの解析はもちろん、黒龍ウィルスの類似品や、変異ウィルスが発生しないように、世界各地のドラゴンを片っ端から殺していくことで、ジェノバを詰ませる。
それが神祖の作戦であり、神剣ティルフィングが国外遠征する理由だった。神剣ティルフィングのドラゴンスレイの旅は、間接的ではあるが世界を救う行軍なのだ。
続けてアロラは携帯端末で送られている情報を読み上げる。
「超人化したアルファを隔離エリア以外で生活させるのは危険である。しかし本人の精神的負荷を考慮し、精鋭の騎士が常駐する政庁で暮らさせることを決定した。もし本人に余裕があれば事務仕事を任せ、社会復帰の練習とならば最善だろう。そのため、聖騎士部隊には技術開発局の隔離エリアから政庁までの護衛の任務を命ずる」
読み終えたアロラは、後ろ振り返る。
「だって。どう思う?」
「ええ、問題があるようには思えません。不安があるとすれば、町中で戦闘が起こりかねないことですが……そこは平和慣れし過ぎない為の良薬として飲み込みましょう。人が死ななければ何とかなる」
「外部のテロリストが来てるから、普通に市民が死ぬ可能性は高いと思う。でも仕方ないのかな。アルファちゃんを隔離エリアに入れ続けて、憎まれても嫌だし」
「神も良く仰ってますからね。強引な政策の結果、憎しみを生んで、その後処理に数百年かかったとか。多少の損害を受け入れても、平和に終わることが長期的に一番良いと言ってました」
「至言だね」
アロラは子供姿の神祖が、ため息をつきながら呟く姿を思い浮かべて笑う。
その瞬間、目的地付近で爆発の轟音。
街の石畳が砕け散り、炎の舌が空を舐め、灰色の煙が渦を巻いて立ち上る。瓦礫の山が崩れ落ちる中、巨大な影が浮かび上がった。
片腕をガトリングガンに置き換えた大男だった。身の丈は三メートルを超え、筋肉の塊のような体躯を鋼鉄の鎧で覆い、髭面の顔に凶悪な笑みが浮かぶ。
「オラオラオラオラ!!」
彼の左腕は機械の怪物で、六連装の銃身が回転を始め、火薬の臭いが空気を汚染した。対峙する青年は、肩に巨大なバスターソードを担いでいた。クラス1stの魔剣騎士だ。
「すっごいの持ってるじゃん。やばいって」
黒髪を風に乱され、鋭い眼差しで敵を睨む。背後には少女アルファが震えながら隠れていた。紫のドレスを纏い、幼い顔に恐怖が刻まれる。魔剣騎士は彼女の護衛を任され、この戦いに身を投じていた。
爆発の余波で地面が揺れ、埃が舞う中、彼は剣を構え直した。大男が咆哮を上げた。ガトリングの銃身が高速で回り始め、無数の弾丸が雨のように吐き出される。
空気が引き裂かれる音が響き、弾丸の軌跡が火花を散らす。魔剣騎士は瞬時に動いた。バスターソードを振り上げ、魔力を注ぎ込む。
剣身が輝き、透明な障壁を展開し、弾丸の嵐を弾き返す。衝撃波が彼の体を後ろに押すが、足を踏ん張り、耐える。
「あっぶな」
アルファが小さな悲鳴を上げ、地面にしゃがみ込む。魔剣騎士は歯を食いしばり、敵の隙を狙う。大男の攻撃が止まない。
「まだまだ、オラァ!!」
「元気過ぎるって!」
ガトリングが過熱し、赤く輝く銃身から蒸気が噴き出す。彼の巨体が前進し、地面を踏み鳴らすたび、地響きが起きる。
魔剣騎士は反撃に転じた。剣を低く構え、魔力を集中させる。足元から風が巻き起こり、彼の体が加速する。一瞬で間合いを詰め、バスターソードを横薙ぎに振るう。
刃が空気を切り裂き、大男のガトリングと激突する。金属の悲鳴が上がり、火花が爆ぜる。大男の体がよろめき、すぐに行われたガトリングの銃撃が乱れている。
「あわわわわわ」
爆発の炎が二人の戦いを照らす。煙が視界を覆い、熱気が肌を焼く。魔剣騎士は汗を拭う間もなく、次の攻撃を放つ。
「ガンガンいくよ」
「来いよ、神の犬っころ!」
剣を縦に振り下ろし、魔力を爆発させる。青い閃光が走り、大男の肩を抉る。血と油が混じり、地面に滴る。大男が怒りの咆哮を上げ、残った右腕で拳を振り上げる。巨拳が魔剣騎士を狙うが、彼は身を翻し、避ける。
「せぇい!!」
「あっ、ヤバぁっ!」
拳が地面に叩きつけられ、新たな爆発のような衝撃が起きた。瓦礫が飛び散り、アルファの近くに降り注ぐ。少女は体を丸め、目を閉じた。
戦いは激しさを加速度的に増していく。魔剣騎士の息が荒くなり、剣の重さが体に堪える。大男のガトリングが再び回転を始め、弾丸が無慈悲に降り注いだ。
魔剣騎士は障壁を張りながら、アルファに視線を向ける。彼女を守るため、この戦いに勝たねばならない。しかし形勢は不利。
「誰か味方はいないのか」
「終わりだ、神祖の犬」
雷鳴が響く。「そこまでだ」 鳴り響いた軍靴は、鋼鉄が奏でる英雄譚の幕開けだった。無辜なる民やそれらを護るべき戦った人的損失、痛み、絶望。
それらを遍く負の因子を背負い、力と変える守護神。
憎悪の空より正しき怒りを胸に。
物語の王道たる逆転劇が、世界が冥府へ墜ちることを防ぐべく姿を現す。
そう、もはや悲劇は幕を閉じた。涙の出番は二度とない。
刮目せよ、讃えよ、その姿に希望の炎を灯すが良い。
そう、彼こそ。
「神の使徒、ルーファス・ザンブレイヴ卿!!」
魔剣騎士は、自然と叫んでいた。
ガトリング男は、派手に言う。
「あのクソみたいな神祖に仕える異常者か。アイドルは戦場に来ても死ぬだけだぜ」
「異論はない。俺は間違いなくあってはならない存在だ。分不相応な夢を見て、何度も地を這わされた。それでもしかし、次こそ必ず助けると諦めきれずに、他者の命を轢殺しながらここまで来た」
だから間違い。
全て真正面から受け止めよう。
自分は異常者で、破綻者だ。
光へ向かうことしかできない光の奴隷。
そういう聖騎士を、ルーファスは演じる。
「だからこそ、立ち止まれない。ここで足止めすれば、踏み躙った祈りに背を向けることになる。こんな俺を助けてくれた人達を裏切ってしまうことは絶対にできない」
最後までやり通し、夢を見た世界を実現することこそが報いだと信じているから。そういうのは格好良いし、みんなからのウケも良いだろう、と思うから。
「涙を笑顔に変えるため、俺は剣を振るう」
宿業は重く、厚く、度し難い。しかしそれを誇りへ変える。多くの生命の絶望を、束ねて希望へ昇華しよう。踏み躙った生を無駄にしないために、ルーファスに縋るしかない者達から託された希望の想いを世界を照らす光に変えるために。
希望も絶望も、重ねた全てが明日へ繋がる太陽となる。
「俺は必ずこの選択が、世界を拓くと信じている。人々の安寧と、希望の未来を守り抜くと願う限り、俺は無敵だ。お前は必ず倒す。みんなの明日は奪わせない!」
「どいつもこいつも頭がイカれた異常者ばかりだぜ。俺も頭が痛くて仕方がない。口を揃えて『歯を食いしばって生きろ、希望の明日の為に』。昔をおざなりした報いを与えてやるぜ」
努力、経験、素養、鍛えた肉体、神の強化と、特別な金属による聖剣。なるほどなるほどそれは優秀だ。だが、そこから先はおかしいと、ガトリングの男は言う。
「テメェは一体、何を犠牲にしてるんだよ!!」
絶望や、理不尽。
肉体の損壊といった現実な問題を、『神の力』だけで突破する。
不撓不屈の精神ではなく、神から与えられた無限の力が、敵を一掃する。首を跳ね飛ばされても、手足を千切られても、精神を何度も破壊しても、『まだだ』と復活する。 死んだ後から頑張って、死んだ現実を粉砕する。
おかしい。原則外だ。理屈に合わない。
モンスターならば魔法としてあり得るだろう。しかし人間は失ったら戻らないし、常識外のことは不可能なのだ。
だが、しかし神の使徒は、立ち上がる意志さえあれば雄々しく熱く燃え上がる。どれだけの絶望があったとしても、だからこそ輝こうとする意思がある限り、太陽は何度でも何度でも空へ昇る。
そういう役割を、ルーファスは演じることを決められている。
「だからどうした、それを決めるのはお前じゃない。重要なのは、己の意思だ。自らの意思を貫く限り、俺は常識さえねじ伏せて、お前の首を刎ねる。全ては希望の未来の為に」
太陽如き光の英雄は、闇から出でし悪鬼を討滅するべく前進する。
さぁ、進軍せよ。
軍靴を鳴らし、喇叭を鳴らせ。
我ら光の軍勢は永劫不敗。たとえ自分が死んでも、あの太陽が照らす限り別の誰かが成してくれる。託す仲間が共にいる。だから共に死を越えろ。
屍山血河を恐れるな、我らの死体で怨敵の首に届くのならば安いもの。喜んで踏み台となる。
英雄よ、太陽よ、我らの願いを叶えてくれ。対価として命を持って、栄光の道を舗装しよう。
ルーファスは背後にいる護衛の魔剣騎士に語りかける。
「よく粘ってくれた。感謝する。君のおかけで俺は君達を助けられる」
そう言ってくれるのか、我らの英雄よ。
名もなき騎士のことさえ記憶に残してくれるとは。
思い残すことはない。
死に絶えろ、死に絶えろ。神に歯向かう愚者は塵と化せ。
「うざってぇぜ! ギラギラ輝いて! 星の悲鳴が聞こえないか!?」
「お前はここで倒す。神の使徒の責務を真っ当する!」




