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12話:研究所襲撃④



 ルーファスは、自室の豪華なベッドに寝転がり、天井を見上げていた。


 部屋は広大で、壁には精緻な彫刻が施され、金と銀の装飾が光を反射していた。機能性と美しさを兼ね備えた家具は、まるで彼の地位を象徴するかのように整然と配置され、テーブルには最高級のワインや果物、温かい料理が常に用意されていた。


 通信端末を手にすれば、望むものは即座に届けられる。

 女も、富も、名声も——神の使徒としての特権は、彼に全てを与えていた。

 この部屋で、彼は何人もの美少女や美女を抱いてきた。彼女たちは、神の使徒たるルーファスに身を委ねることを名誉とし、誇りとした。


 神祖の力に連なる存在との一夜は、彼女たちにとって至高の栄誉だった。


 子を孕む者、一夜の夢として忘れ去る者、仕事に邁進する者——いずれも、ルーファスとの関係に不満を抱く者は一人もいなかった。


 なぜなら、神祖は世界の秩序そのものであり、その力を分け与えられた神の使徒の行為は、正しく、誉れ高く、立派なものとされるからだ。


  たとえルーファスが庶民の出であっても、それは問題ではなかった。むしろ、神祖の目に留まるほどの才能と努力を重ねた者として、民衆は彼を称賛した。


 神の使徒が悪に堕すれば、神の天罰によって即座に滅ぼされる——その事実が、民衆に安心感を与え、ルーファスへの信頼を揺るぎないものにしていた。


 彼自身もまた、誠心誠意、仕事に励んできた。その結果、不和を生むことなく、彼は神の使徒としての役割を完璧に果たしていた。

 だが、だからこそ——。


(心が渇く。満たされない……いや、満たされるけど、量が埋まれば質を求めてしまう。誰かに愛して欲しい。慰めて欲しい)


 ルーファスの胸の奥で、黒い空虚が広がっていた。

 彼は本物の愛を欲していた。盲目的な崇拝や、義務感からくる称賛ではない。


 ルーファスという人間そのものを知り、受け入れ、愛してくれる存在を。だが、そのために努力する気力はなかった。コミュニケーションは面倒で、体だけの関係でも一定の満足を得られる。


 女たちは彼を求め、彼はそれに応える。それで十分だったはずなのに、心の奥底では、自己中心的な欲望と浅ましいわがままが蠢いていた。


(俺はなんて度し難いんだ。仕事に恵まれ、同僚に恵まれ、社会的地位にも恵まれた。それなのに、今度は個人的な繋がりを求めるなんて……)


 彼は自分の凡俗さを呪った。神の使徒としての栄光は、彼の心を満たすどころか、逆にその空虚さを際立たせていた。


 英雄として振る舞い、衆生を導く広告塔として完璧に役割を果たしながらも、彼自身の意志や努力はどこにもなかった。


 神祖の命令に従い、与えられた力で戦い、称賛を浴する。それだけだ。自分の心、自分の弱さ、自分の醜さ——それらを直視する勇気すら、彼にはなかった。


 その時、部屋のドアがノックされた。

 ルーファスは重い身体を引きずるようにして立ち上がり、鍵を開け、ドアを開いた。そこにはアロラが立っていた。彼女は素朴な洋服に身を包み、豊満な胸と流れるような体のラインが際立っていた。


 いつものお姉さんぶった口調で、彼女は柔らかく微笑んだ。


「こんばんは。あら、ちょっと疲れてる? 襲撃の事件は知っているわ。お疲れ様」

「い、いえ。自分は仕事をしただけなので」


 ルーファスの声は、どこか虚ろだった。セーファーに手も足も出なかった屈辱が、彼の心を重くしていた。 アウロラはそんな彼を見透かすように、そっとルーファスの胸に指を当てた。


「自己嫌悪中だったかしら。自分の弱さに腹が立つ? それとも自分の都合の良いようにいかない世界に嫌気が差す?」


 その言葉は、ルーファスの心の奥底を鋭く抉った。彼は一瞬、言葉を失い、ただ彼女を見つめた。アロラは微笑みながら、彼の手を握り、ゆっくりとベッドへと誘導した。


「世界はベリーハードで、理不尽で不条理。だけどね、その中でも貴方は頑張っているわ。例え最初は与えられたのだとしても、そこから堕ちていないのは貴方が頑張っている証拠」

「……アロラさん」


 ルーファスの声は、かすかに震えていた。


「だからご褒美をあげる。貴方の心の渇きを癒してあげる」


 アロラはゆっくりとルーファスに近づき、唇を重ねた。長く、息が詰まるほどのキスだった。彼女の温もりと柔らかさが、彼の心に染み込むようだった。

 唇が離れると、アロラはルーファスの目を見つめ、静かに続けた。


「人間は、才能を与えられただけでは駄目だし努力だけでも駄目なのよ。生まれだけでは腐るし、環境が劣悪なら芽は枯れる」


 彼女の言葉は、ルーファスの心に深く響いた。人間は、才能、努力、環境、運——全てが噛み合って初めて輝く。

 だが、その輝きを維持するのはさらに難しい。

 勝利は次の困難を呼び、栄光は次の試練を生む。ルーファスは、その蟻地獄のような連鎖に飲み込まれ、ただ神の道具として生きる自分に疲れ果てていた。


「勝利や栄光は、幸せの条件じゃない。時には敗北以上に破滅を招く危険がある。だけど、勝利を否定するのも弱者の理論よ。だから必要なのは、器に見合った勝利と、妥協できる程度の敗北」


 アロラの声は、まるで彼の心の奥底に光を差し込むようだった。


「アロラさん、貴方は……」

「これが理想と現実のすり合わせの第一歩よ。貴方はしっかり神の使徒の仕事を果たした。それが唯一の事実であり、現実。貴方は自分で思っているほど、弱くはないの」


 ルーファスは、彼女の言葉に胸を締め付けられた。アロラの温かな眼差しは、彼の仮面を突き抜け、心の奥に隠した弱さを優しく照らしていた。だが、同時に、その優しさが彼の醜さを一層際立たせた。


(俺は弱い。自分で何も生み出せず、神の力に頼り、衆生の称賛に溺れるだけの浅ましい人間だ。こんな俺を、なぜアロラは……)


 彼の心は、自己嫌悪と渇望の間で揺れていた。誰かに愛されたい、理解されたいという欲求は、彼のエゴそのものだった。努力を避け、楽な道を選びながら、心の渇きを埋めようとする自分。


 それがどれほど浅ましく、度し難いかを、彼は痛いほど自覚していた。

 それでも、アロラの温もりに触れた瞬間、彼の心は一瞬だけ軽くなった気がした。彼女の言葉は、彼の存在を肯定するものだったからだ。だが、その肯定すら彼には重荷だった。


 なぜなら、彼自身が自分を信じられない。


 ルーファスは目を閉じ、アロラの温かさに身を委ねた。だが、心の奥底では、依然として黒い泥が蠢いていた。自分の弱さ、醜さ、空虚さ——それらを直視する勇気は、彼にはまだなかった。


 アロラの指がルーファスの胸をそっと撫でた。

 その感触は、まるで彼の心の奥底に隠された傷を優しく探るようだ。

 彼女の手は、ゆっくりと彼の洋服を脱がせた。衣擦れの音が静かな部屋に響く。

 ルーファスの身体は、戦いで鍛えられた筋肉と、神の力で強化された完璧な輪郭を備えていたが、その肌の下には、疲れ果てた心が隠されていた。


 アロラの唇が、ルーファスの首筋に触れた。柔らかく、温かく、ほのかに甘い香りが漂うその感触は、彼の凍えた心を溶かしていく。


 彼女の息遣いが耳元で微かに響き、ルーファスの身体が無意識に反応する。彼の手が、震えながらもアロラの腰に伸び、彼女の洋服の布地を握りしめた。


 布越しに感じる彼女の体の熱は、彼の渇いた心に火を点けた。アウロラは彼の胸に手を這わせた。彼女の指先は彼の心の傷をなぞるように、ゆっくりと蠢く。


 ルーファスの呼吸が乱れ、彼女の眼差しに吸い込まれるように見つめ返す。その瞳は、深く、どこか哀しみを湛えながらも、彼を包み込むような温かさに満ちていた。


 彼女の手が彼の頬に触れ、そっと引き寄せると、二人の唇が重なった。

 二度目のキスは、最初は優しく、探るように始まった。アウロラの唇は柔らかく、彼の心の隙間を埋めるように、ゆっくりと深く絡み合った。


 ルーファスの手が彼女の背中に回り、彼女の身体を強く引き寄せた。

 その瞬間、彼女の豊かな胸が彼の胸に押し付けられ、熱と柔らかさが彼を包み込んだ。キスは次第に激しさを増し、互いの息が混ざり合い、部屋の静寂を破るように荒々しい音が響く。


 彼女の舌が彼の唇を割り、深く絡み合うその感触は、ルーファスの理性を溶かし、彼の心の奥底に眠る欲を呼び覚ました。


 アロラの手が、ルーファスのズボンのベルトに滑り込み、ゆっくりとそれを外した。

 彼女の動きは、まるで彼の心を解きほぐす儀式だ。ルーファスは、彼女の洋服を脱がせ、露わになった白い肌に手を這わせた。


 その肌は、まるで絹のように滑らかで、ほのかに温かく、彼の指先に吸い付くようだった。彼女の身体は、原初の人間としての完璧さと、魔女としての神秘的な魅力を併せ持ち、ルーファスの心を強く揺さぶった。


 二人はベッドに倒れ込み、シーツの柔らかな感触が彼らの熱を包み込む。アウロラの髪が広がり、ルーファスの顔を覆うように垂れた。彼女の身体が彼の上に重なり、その重さと温もりが、彼の空虚な心を一瞬だけ満たす。


 彼女の指が彼の髪を掻き分け、首筋を撫で、胸を這い、ルーファスの全身に火を点けた。

 彼の手もまた、彼女の腰、背中、太ももを這い、彼女の曲線を貪るように愛撫する。。二人の動きは、まるで互いの心の渇きを埋め合うように、激しく、しかしどこか切なく絡み合った。


 アロラの吐息がルーファスの耳元で熱く響き、彼の身体がそれに応えるように震えた。彼女の肌は汗で光り、燭光に照らされてまるで神聖な彫刻のように輝く。


 ルーファスは、彼女の身体に溺れるように抱きしめ、彼女の温もりに縋った。その瞬間、彼の心の奥底で蠢いていた黒い泥が、ほんの一瞬だけ溶け去る。だが、情事が終わった後、ルーファスは再びベッドに横たわり、虚無感に襲われる。


 アロラの温もりは確かに彼の心を癒したが、それは一時的なものに過ぎなかった。彼女の優しさは、彼の浅ましい欲を満たしただけだった気がした。


 彼女の愛は、ルーファスという人間そのものに向けられたものではなく、神の使徒としての彼を慰めるためのものだったのではないか——そんな疑念が、彼の心を再び黒く染めている。


 アロラは、ルーファスの横に寄り添い、静かに彼の髪を撫でた。彼女の瞳には、どこか母性的な優しさと、超越者としての深い哀しみが宿っている。

 ルーファスは、その視線に耐えきれず、目を閉じた。彼の心は、彼女の温もりと、自分の醜さの間で揺れ続けていた。



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