11話:研究所襲撃③
被検体アルファ。
彼女は、カプセルから目覚めた最初の個体であり、研究のスタンダードになる個体だった。
非人道的な手段では研究はされず、少しの薬とその効能による変化を随時観察していくものだった。しかしある薬の調合をしたときに、その平和な均衡は一気に崩れてしまう。
「う、ああああっ!!」
「暴走……!」
すぐに薬を注射した研究員をその場から退避させ、ルーファスは聖剣を構えて攻撃を弾き飛ばす。エリザは血を使った異能でアルファの体を拘束すると、その胸に手を突っ込み、体の構造を変化させて適応させる。
「がはっ」
アルファは血を吐きながら地面に転がる。それをルーファスは優しく抱きかかえて、隔離室の内部にある医療カプセルへ入れて、治療する。
ルーファスは流石に疲れた表情で呟く。
「二日で320回の暴走か。流石にこの頻度は異常だ」
「仕方ないのでしょう。黒龍ウィルスは世界を滅ぼす可能性を秘めたウィルス。だからそれに対するワクチンを作るのならば相応の時間と労力がかかるわ」
「ですかね……しかしこれだけの頻度で暴走させられるアルファの精神面も不安だ」
「そうね。聖騎士様がいるとはいえ、彼女が耐えられる限界もある。私がもう少し上手くできれば良いのだけれど」
血の女王であるエリザにできるのは被検体の肉体を改造して暴走を止めるくらいだ。またエリザからワクチンを作る計画も同時に進行していたが、それも上手くはいっていない。
「こういうのは時間がかかる。それは分かっているんだけどね」
「ええ、耐え抜きましょう」
そういえば、神祖教皇は『テロリストの迎撃任務』があると言っていた。その任務はまだ良いのだろうか? 流石にワクチンとテロリストの迎撃ならばテロリストの迎撃のほうが優先度は高いと思うが。
その時、研究所内にサイレンが鳴り響いた。
『緊急警報、緊急警報。所属不明の一団が研究所へ侵入しました。施設の警戒レベルを最大にします。施設の職員は研究存在にロックをかけた後、シェルターなどの安全な場所へ避難してください。繰り返します』
「敵……!」
「テロリスト……! まさか反生命組織ジェノバ? もしくは黒龍研究組織リユニオンか」
ルーファスとエリザはすぐに戦闘態勢に入る。そして不安そうにカプセルでルーファスを見るアルファに笑顔で手を振る。
「大丈夫。怖いやつらはみんな私が倒すから。アルファは安心して寝ていると良い」
「はい」
アルファは不安そうだったが頷いた。隔離室に繋がる廊下が破壊され、一人の長身の男が現れる。
「俺は反生命組織ジェノバのセーファー。その女を渡せ、聖騎士ルーファス。黒龍ウィルスの適合と超人化の両立。それは星の扉を開き、世界を滅ぼす鍵だ。鍵は扉を開けるのが役目だろう」
「断る、テロリスト。お前に彼女は渡さない」
ルーファスの聖剣から雷の性質を帯びたエネルギーが発射された。爆発の残響と焦げた金属の匂いで満たされている。瓦礫が散乱し、遠くで警報が鳴り響く。
ルーファスは雷を纏った聖剣を握り、青白い稲妻がバチバチと火花を散らす。研究所の奥にいる少女、アルファを守るため、彼はテロリストのセーファーをここで食い止める使命を帯びていた。
対するセーファーは、冷酷な笑みを浮かべ、細身で長い刀を手に持つ。その刃は月光を反射し、まるで死神の鎌のように不気味に光った。
「繰り返すぞ、その娘を渡せ、ルーファス。無駄な抵抗は時間の浪費だ」
セーファーの声は氷のように冷たい。ルーファスは聖剣を構え、堂々とした声で返す。
「貴様のような者にアルファを渡すものか! 騎士の誓いにかけ、必ずお前を討つ!」
勇猛果敢に叫ぶ。だが、内心ではこう思っていた。
(痛いのは嫌だ。死にかけるような戦い、最悪だ。なんでこんなタイミングで襲ってくるんだよ)
彼は不老不死の体を持ち、傷はすぐに癒える。それでも、痛みは本物だ。理想の騎士を演じるのは、彼にとって「仕事」であり、内心では面倒事への愚痴が止まらない。
戦闘開始ルーファスが先制する。雷エネルギーを足に集中させ、地面を蹴って一気に距離を詰める。
彼の動きは雷光の如く、聖剣がセーファーの喉元を狙う。剣先から放たれた雷撃が地面を焦がし、衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。
(よし、カッコよく決まった。これでサクッと終わればいいけど。無理か。死ね。死んでくれ)
セーファーは動じず、風の魔法で姿を揺らがせる。彼の姿が一瞬消え、ルーファスの剣は空を切る。次の瞬間、セーファーはルーファスの側面に現れ、長刀を振り下ろす。
鋭い風圧を伴う斬撃が、ルーファスの鎧を切り裂く。
「ぐっ」
ルーファスは顔を歪め、内心で叫ぶ。
(い、痛い。治るってわかってても、これ嫌だ。怖いし。クソ)
だが、彼の傷は瞬く間に癒え、肌が再生する。彼はすぐに体勢を立て直し、聖剣を盾のように構える。
雷のバリアがセーファーの追撃を弾き、金属音が響く。ルーファスは内心でぼやきながらも、騎士らしく叫ぶ。
「まだだ、セーファー!」
彼は剣に雷を集中させ、弧を描くように振り上げる。青白い稲妻がセーファーに突進する。セーファーは冷静に呪文を唱え、炎の障壁を展開。
雷撃が炎に飲み込まれ、爆発的な衝撃が周囲を揺らす。セーファーは距離を取り、両手を広げて次の魔法を準備。
無数の氷の刃がルーファスに向かって殺到する。
ルーファスの葛藤とセーファーの猛攻ルーファスは雷エネルギーを全身に纏い、超人的な跳躍で氷の刃を回避。
空中で聖剣を振り回し、雷の衝撃波を放つ。
衝撃波が氷を粉砕し、セーファーに迫る。
(派手にやってる感は出てる。時間稼ぎは十分だろう。早く援軍来てくれ)
彼の不老不死の体は疲れを知らないが、心はすでに疲弊していた。セーファーは冷笑し、風の魔法で加速。
「遅いな、その程度か? 弱すぎる」
彼は月影を構え直し、連続斬撃を繰り出す。刀の軌跡が月光に輝き、ルーファスの防御を圧倒する。ルーファスは雷盾で防ぐが、セーファーは魔法と剣技を組み合わせ、刀に炎を纏わせて追撃。
燃え盛る刀が雷盾を切り裂き、ルーファスの左腕に深い傷を刻む。
「ぐあああっ」
ルーファスは叫び、内心で嘆く。
(なんでこんな目に! 不老不死でも痛みは消えないんだぞ、あんな化物との戦いなんて不老不死でなければ誰がやるか! )
だが、傷はすぐに癒え、血が止まる。彼はアルファの怯えた顔を思い出し、気を取り直す。
「絶対に、アルファを守る」
聖剣を握り直し、雷エネルギーを地面に叩きつける。地面が割れ、雷の波がセーファーを追う。セーファーは風の魔法で宙に浮き、攻撃を回避。
「頑張ってその程度か? 騎士の誇りも所詮は虚勢だな」
彼の嘲笑がルーファスの心に刺さる。敗北の危機と騎士の意地戦いはセーファーの優勢に傾く。ルーファスの鎧はボロボロ、雷の輝きも弱まる。
セーファーは魔法と速度を活かし、ルーファスを圧倒。氷、炎、風の魔法を組み合わせた連続攻撃が彼を追い詰める。
「終わりだ、聖騎士!」
セーファーの長刀がルーファスの胸を狙う。ルーファスは剣で受け止めるが、衝撃で後退。膝をつき、息を切らす。 傷は癒えるが、痛みの記憶は消えない。セーファーは冷たく笑い、
「滑稽な茶番だ」
と吐き捨てる。だが、ルーファスの目はまだ輝いている。
「茶番でもいい……俺は彼女を守ると約束した!」
仕事とはいえ、途中で投げ出すわけにはいかない。カッコ悪いのは嫌だ。 彼は雷エネルギーを最後の力で引き出し、聖剣が再び輝く。
雷の連撃がセーファーを襲う。ルーファスの動きは傷だらけの体とは思えない速さで、セーファーを一瞬圧倒する。
セーファーは驚きつつも冷静に対応。
長刀が淡い光を放ち、風、炎、氷の魔法が融合した一撃が放たれる。
雷と魔法がぶつかり合い、爆発的な光が研究所周辺を照らす。決着の瞬間煙が晴れると、ルーファスは片膝をつき、聖剣に体重を預けていた。鎧は砕け、血が地面を染める。傷は癒えつつあるが、彼の体は限界に近い。
セーファーは肩に浅い傷を負いながらも、余裕の笑みを浮かべる。
「終わりだ、ルーファス。弱すぎる。神の使徒がこれとは興醒めだ。貴様は何もできず、ここで死ね」
セーファーの長刀が、ルーファスの首を狙って振り上げられる。しかし突然、セーファーは吹き飛ばされ、地面を転がり、壁へ激突した。
そして、神剣の名を冠した神の使徒が舞い降りる。
「ルーファス卿。時間稼ぎご苦労。これより神剣ティルフィング、参戦する」
神剣ティルフィング。
戦闘特化型の神の使徒。この世界最強にして神の剣という称号を与えられた史上最強の男が降り立った。




