たばこくちびる
注意 この作品には喫煙の描写を含みます。
チョコレートが残るアイスの棒をゴミ箱に捨て、リビングの窓を開ける。吹き込む風は蒸し暑く、冷房に慣れた体にまとわりついてくる。ベランダに出ると、立っているだけで汗が湧き出てくる。
「昔からこんなに暑かったっけな。」
そんなことを言いながら、箱から一本取り出して火を点ける。ベランダでタバコに火を点けると、いつも昔のことを思い出す。
「待って、ここで吸わないで。外行こ外。」
箱から一本取り出そうとしたところで彼女に止められた。二人とも煙の匂いをいつもまとっているのに、部屋の中で吸うのは許せないらしい。
「わかったよ。」
これからは、毎日外で吸うことになりそうだ。夏や冬はどうしたものか。
柵にもたれて火を点ける私の隣で、彼女は何も持たずに柵に背を預ける。
「吸わないの?」
「一本ちょうだい」
私が差し出した箱から一本取り出すと、彼女はそれを咥えて私を促す。火をよこせということらしい。
「ライターならそこにあるぞ。」
右手に持ったタバコで室外機の上を指すが、彼女はご不満らしい。
「遠い。それよりあんたの手元に火があるじゃん。シガーキスってやつ。」
溜まった煙にため息を混ぜて吐き、彼女に頭を近づけていく。二、三度通りすぎたあと、彼女のタバコにうまく火が点いた。
「へたくそ。」
文句を言う彼女は、満足そうな顔をしている。
「初めてなんだからしゃーないだろ。」
「そ。で、初めてのシガーキスの味はどうよ?」
「火をやったのは俺なんだけど。」
彼女は高らかに笑った。
「アハハ、確かにね。じゃあ、こっちの味は覚えといてよ。」
そう言って、タバコのいない私の唇に彼女の唇を通して煙が吹き込まれた。
「俺と同じタバコの味だな。」
「アハハ、そうだろうね。」
夕陽が赤く染める彼女の口元に、私と同じ味の煙が漂っている。
眼下では、何箇所かで迎え火が焚かれている。
天秤を持った大悪魔が何と言おうと、私はこの先もこうしてタバコを吸い続けるだろう。この味が、この場所が、彼女を思い出させてくれるから。
天に昇るこの煙を辿って、彼女が帰ってきているような、そんな気分に私はなる。この味は、彼女の味だから。
口腔に溜まった煙を空に吐く。煙は、城のようにそびえる雲を越えていくようだ。
お読みいただきありがとうございました。
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ちなみに筆者は体が弱く、喫煙をすることは叶いません。私のもとに彼女がやってくることは、残念ながらないでしょう。