e5:叫びの街へ
朝の光が薄く街を照らす。
アキトはギターケースを肩にかけ、リョウとユウタと共に駅前の広場へ向かって歩いていた。
空気は冷たく、街路樹の葉はまだ夜露に濡れていた。
歩道には、彼らと同じようにデモ参加のために集まる若者たちの姿が増え始めていた。
「今日は、みんなで声を上げる日だ」
リョウの言葉に、アキトは小さくうなずいた。
心の奥で、熱い衝動が沸き上がる。
〈音楽だけじゃ伝えきれないことも、言葉で伝えよう〉
駅前にはすでに数百人の若者が集まっていた。
手にプラカードを持つ者、胸にバンドのロゴを掲げる者、スマートフォンで生中継をする者もいる。
空気は熱気に包まれ、胸の奥が高鳴った。
「俺たちは――変えるんだ、この街を、未来を!」
アキトの声が自然に大声になった。
周囲の若者たちの視線が集まり、少しずつ輪ができる。
その目には、恐れではなく希望が宿っていた。
行進が始まる。
警察の誘導はあるものの、通行人の視線やクラクションの音が重なり、街全体がざわめいた。
アキトはギターを背中に背負い、時折リズムを指先で刻む。
彼の胸の中で、音楽が“武器”として再び鳴り始めた。
しかし、デモの熱気は予期せぬ方向へ流れ始める。
突然、前方で小さな衝突が起こった。
右翼団体の一部がプラカードを奪おうと押し寄せ、警察と参加者の間で押し合いが生まれる。
叫び声、破れた紙の音、足音の乱れ――街のざわめきが一気に暴力の空気に変わった。
アキトは立ち止まり、拳を握る。
〈これが…現実か〉
音楽の力で人々を動かせると信じていた自分が、今、理想の脆さを目の前に突きつけられた。
ユウタが肩を叩く。
「アキト、落ち着け。俺たちは声を届けるんだ」
彼の瞳には、兄を戦争で失った過去の痛みと、それを超えようとする強さが光っていた。
リョウも駆け寄り、プラカードを掲げた。
「騒ぎに巻き込まれるな。みんな、声を上げろ!」
アキトは深呼吸し、胸の奥で震える声を押し上げた。
〈俺たちは、暴力じゃなく声で戦う〉
そしてギターを肩にかけ、静かに弦を鳴らす。
不思議なことに、ギターの音色は暴動の中でも耳に届いた。
叫び声の中に溶け込み、参加者たちの心を一瞬だけ落ち着かせる。
音は盾になり、鼓舞になった。
しかし、暴徒化した集団の一部が前線を突破し、警察との小競り合いはさらに激化する。
人々が転び、叫び声が街全体に響き渡る。
アキトはそれでもギターを手放さず、叫び続けた。
〈俺の声が届くなら、まだ希望はある〉
その瞬間、遠くで煙の匂いが漂う。
デモの後方で火の手が上がり、ガラスが割れる音が響く。
混乱の中、リョウとユウタはアキトを守るように囲み、押し合いながらも前進を続けた。
人々の声、警察の警告、ギターの轟音――
全てが渾然一体となり、街は叫びと混乱に包まれた。
アキトの目に、恐怖と決意が混ざった光が宿る。
〈理想を掲げることは、こんなにも危ういんだ〉
やがて、デモは街の中心部へと到達する。
だが、破壊の影が濃く、希望の声はまだ届ききらない。
アキトはギターを抱きしめ、深く息をついた。
夜になり、混乱の後の静寂が街を包む。
デモ参加者の多くが疲れ切り、歩道に座り込む。
破れたプラカード、割れたガラス、焼け焦げた街灯――
その光景を前に、アキトは肩を落とす。
しかし、ユウタがそっと隣に座り、言った。
「今日の叫びは、無駄じゃない。声は確かに届いたんだ」
リョウも頷く。
「壊れたものの中にも、希望はある」
アキトは微かに笑った。
胸の奥の痛みが、少しだけ温かさに変わる。
街の明かりが遠くで揺れる。
灰色の空の隙間に、星はまだ見えない。
けれど、アキトは知っていた。
〈この叫びが、未来を変える第一歩になる――〉
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