e3:ブルーノートの夜
街の夜は、ネオンが濡れたアスファルトに反射し、まるで星々が地上に降り注いだかのようだった。
金曜の夜の空気は、若者たちの期待と興奮で震えていた。
地下ライブハウス〈ブルーノート〉の入り口には、汗と香水、ビールの匂いが入り混じり、熱気が立ち込めていた。
アキトはリュックを肩にかけ、ギターケースを抱えながら階段を降りた。
背中を押すように、リョウとユウタの姿が目に入る。
リョウは不敵に笑い、ユウタは落ち着いた表情でベースを抱えていた。
「なあ、ほんとに出るのかよ」
ユウタが低く言う。
アキトの胸もどきどきしていたが、言葉を返せなかった。
リョウは肩をすくめて、軽く笑った。
「仕上がってなくたっていいんだよ。今の“爆弾”が鳴れば、それで勝ちさ」
その言葉は、アキトの胸の奥に静かな衝撃を走らせた。
過去の戦場の記憶、父の死、兄の不在――すべてが、今、音の中で変換される瞬間が訪れようとしていた。
ステージ裏。
古い木の床、擦り切れたカーテン、埃の漂う空気。
そこには小さなアンプとマイクが並んでいた。
リョウがギターのコードを繋ぎ、軽く弾くと、音が部屋中に響いた。
アキトはピックを握り、指先に力を込めた。
心の奥で、〈ここで自分を壊すか、再生するか〉という静かな戦いが始まっていた。
ユウタのベースが低く唸り、リョウのギターが鋭く刺さる。
アキトの指が弦をかき鳴らすたび、音はまるで爆撃のように空気を切り裂いた。
その音は、悲しみでも怒りでもなく、生きる力そのものになった。
客席がざわめく。
若者たちの目は好奇心と期待で輝いていた。
彼らは言葉ではなく、音楽で心を揺さぶられることを知っていた。
そして今、アキトたちは初めて、ステージの真ん中に立つ。
ライトが消え、静寂が降りる。
息をひそめる観客の中、リョウがマイクに向かって叫んだ。
「俺たちは、“爆弾少年”! 世界のウソを、音でぶっ壊す!」
アンプが唸りを上げ、ギターが火花のように鳴る。
アキトのギターが叫び、ユウタのベースが地面を揺るがす。
リズムは鼓動のように会場を貫き、観客の心を直撃した。
アキトは夢中で弦を弾き、過去の記憶を音に変換していった。
戦場の爆音、泣き叫ぶ声、暗闇に消えた希望――すべてが、今ここで生きる力へと変わる。
リョウの叫びがアキトの音に絡み、観客の魂を揺さぶる。
爆音の中で、アキトは確信した。
〈音楽は武器であり、希望だ〉
最後のコードが会場に炸裂した瞬間、静寂が訪れ、そして拍手が爆発した。
歓声、叫び、笑い。
それは、彼らの音が街に生きる証として響いた瞬間だった。
ステージ裏に戻ると、アキトは汗で濡れた髪を手で押さえ、深呼吸した。
「……これが、音で繋がるってことか」
ユウタが小さく頷く。
リョウは肩を組みながら笑った。
「だろ? “爆弾”は鳴らせば伝わるんだ」
夜風が倉庫の扉を揺らし、街のネオンが遠くに光る。
アキトは空を見上げ、父や兄の顔を思い浮かべた。
〈俺は、生きるために、音で戦う〉
その決意が、星の瞬きと共に胸の奥で輝いた。
街の闇に、音楽の火花が確かに散った夜だった。
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