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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

抗ってみせましょう

掲載日:2024/01/27

お読みいただきありがとうございます。

 ある日の夜会に行く前の事である。

 婚約者である第一王子•ルーワントが迎えに来なかったので、エリザロッテは夜会に一人で行くことになってしまった。

 父や兄が「一緒に行こうか?」と言ってくれたが、既に婚約者がいるのに家族と行くと『不仲』なのだと判断されてしまう為断った。相手の真意が分からない今、迂闊な行動は出来ない。何かルーワントも考えているのかもしれないと。


 ――そう思っていた時がエリザロッテにもあった。夜会に着くと、憐憫、嘲笑のような視線を周りから受けて、どういう事だと思っている内にその理由が分かった。

 婚約者であるルーワントは、一人の少女を伴っていた。少女の少しおどおどとした態度から平民だったのだろうとエリザロッテは予想する。

 高く結い上げたピンクの髪、澄んだ水色の目に、何処か既視感を抱いた。

 (なんだか見たことがあるような……)

 目を凝らして見ていると、ルーワントがエリザロッテが来たことに気づいたのか振り返った。鼻を膨らまして一人で夜会に来たエリザロッテを馬鹿にするようにルーワントが笑ったのが、くっきりはっきりと見えた。

 そして、エリザロッテは理解する。

 (何か思惑でもあるかと思えば、単に私に恥をかかせたかっただけですのね)

 文武両道であるエリザロッテは、その多才さからルーワントの婚約者に選ばれた。

 この国には王子が二人いるのだが、王はルーワントを可愛がり、阿呆なルーワントを王太子にするために公爵令嬢という肩書から後ろ盾にもなれるエリザロッテを選んだのだ。馬鹿な子ほどかわいいとはよく言うが、その尻拭いをする身としてはたまったものではない。

 ルーワントは、エリザロッテが少し貴族としての振る舞いを説いただけで「偉そうに指図するな!」や「俺は王子だぞ!」挙げ句の果てには「可愛げのないお前にはうんざりだ」と暴言を吐いてくる。


 おそらく、こんな風に常日頃からエリザロッテに対して劣等感を募らせていたルーワントは、婚約者をエスコートせず違う女性をエスコートするという暴挙に走ったのだろう。その事をエリザロッテが抗議し、婚約解消という運びになったらいくら王に可愛がられているとはいえ何の旨味もないルーワントは王太子候補から外されるとは思わないのだろうか。

 (……思わなかったのでしょうねぇ)

 まぁ、エリザロッテとしても()()との婚約を結ぶ位ならルーワントの方がマシ、と思っていたがそれも今日で終わりかと結論づける。

 婚約解消後はシスターにでもなろうか、とボンヤリ考えているとルーワントが目の前にいることに気づいた。


 そして、高らかに宣言した。

「今この場で、エリザロッテとの婚約を破棄する!」

 (――はぁ!?)

 こんな場で婚約破棄だなんて何を考えているのかとエリザロッテは頭痛がした。

 (いや、何も考えてないからこんな事しでかしてるんだったわ!)

 一人ノリツッコミを繰り広げながらエリザロッテは静かに周囲を見回す。周りは、流石に良識があるのかルーワントを嗜めるように見つめる。

 その視線に何を勘違いしたのか、ルーワントは得意気に口を開いた。

「そして俺は、今からお前を断罪する! ミレイシーを虐めた罪、しっかり償ってもらうぞ」

「……まったく身に覚えがないのですが」

 確かに、ミレイシーという少女に何か既視感を覚えなかったといえば嘘ではないが、虐めた記憶などない。

 呆れているエリザロッテに、ルーワントは怒鳴った。

「五月蝿い! ミレイシーが言っていたのだぞ! 教科書が捨てられていたり、誰かから水をかけられたり、ご飯に毒草を盛ったり! お前なのだろう?」

「なんの根拠があってですか?」

「こんな事するやつお前以外にいないからだ。それに証拠があるからな」

 プッツン。なにかが切れた音がした。そしてにっこりとルーワントに微笑みかける。


「一発殴らせてくださいまし?」

「は?」

 次の瞬間には、ルーワントは吹っ飛んでいた。綺麗にエリザロッテの拳が顔面にめりこんだからだ。ルーワントの隣にいたミレイシーは、泣きそうな顔をしていた。


 それには気を止めず、エリザロッテは呆然としているルーワントの前に仁王立ちになった。

「よろしくて、ルーワント様? 私はその様なせせこましい真似などせず、やるなら正々堂々殴りますわ」

「く、くそぉ……未来の王太子たる俺を殴るだなんて、覚悟はいいんだろうなぁ!?」 

 (何処までも小物感が拭えない人ですわね)


 ふー、と溜め息を着くとエリザロッテは呆れたように言う。

「貴方は王太子にはなれませんよ」

「何を言ってるんだ!? 冗談じゃ済まされないぞ!」

「冗談ではありません。貴方が王太子になれると言われていたのはひとえに私が婚約者だったから。私は婚約破棄された身なのでもう貴方の婚約者ではないので」

 絶句するルーワントを無視し、エリザロッテは今度はミレイシーの下へ向かった。

「それで、私が貴女を虐めたとはどういう事ですか?」

「えっと、その」

 いっそ可哀想なほど怯えるミレイシーに、怒りを通り越して呆れてしまった。

 (それくらいの覚悟で私に、いえミレクトリック公爵家に喧嘩を売るなんて馬鹿な子)


「はぁ、もういいですわ。それで? ルーワント様とは何処で知り合いましたの?」

 証言というものは時として何よりも強固な証拠にもなる。それが事件の渦中にいる人物なら尚更だ。あの様子だとルーワントがごねる事は火を見るより明らかだから、少しでも円満に解消する為にあって損はない。


 存外素直に、ミレイシーは口を開いた。

「……ずっと、憧れていたんです。ルーワント様は私の家族を助けてくださった方ですので」

 (あの阿呆にも良い所があったんですわね)

 変な所で関心しているエリザロッテには構わず、ミレイシーは話を続ける。

「5年前に流行った、ルペスト病の特効薬を作ったのはルーワント様なのでしょう? 私はその薬のお陰で助かったのです。

 あの薬の効果はさることながら、本当に凄いと思ったのは私達平民の事を考えて作ってくださった所です。ルーワント様は、私達平民に薬が出回るのは遅くなるから、私達でも作れるような薬草を組み合わせて薬を作ったんです。幸い家の近くや隣人の方の庭などに薬草となる草が生えていたのでそれを近くの薬師の方に持っていって作ってもらいました。普通なら、作り方等規制をかけるはずですよね? だけどそれをせず薬の作り方を交付するという所を凄いと思いました。それからその人をずっと尊敬し、頑張って勉強して学園に入学したんです。

 ですが、誰が作ったのかの名前はわからず、会ってお礼がしたいと思っていた所で学園でルーワント様にであったんです。彼はその薬を考えたのは自分だと教えてくださりました 」

 嵐の勢いのような言葉に、エリザロッテはのけぞってしまった。

 (……気が弱いと思っていましたけど、めちゃくちゃ喋りますわねこの子)

 そして、その長い言葉を脳内で咀嚼して、エリザロッテはん? と首を傾げた。

 (いや、それって、)

「あの、ミレイシーさん。どうしてルーワント様がその薬を作ったのだと信じたのですか?」

「薬の材料や作り方が載ったノートを見せてくださったからです。他の薬の作り方も載っていました」

 (あー……成る程)

 頭痛を抑えながら、目をキラキラさせているミレイシーに気の毒になりながら口を開いた。

「その薬を作ったの、私です」

「へ?」

 ポカン、と口を開けるミレイシーに「嘘じゃありません。他の貴族の方々に聞いたら分かりますわ」と言った。

 公にはしなかっただけで、別に箝口令が敷かれていた訳ではない。実際に周りの貴族がエリザロッテの言葉にウンウンと頷いていた。

「で、でもノートが、」

「それ、ノートの最後の方に百合の花が押してあるでしょう? 百合の花が家紋に付くのは我がミレクトリック公爵家だけなので、私ので間違いないと思いますわ。何なら空で薬の材料とか言えますよ? それに、私のノート最近無くなって困ってたんですの。お気に入りだったので」

 エリザロッテがパチンと指を弾くと、エリザロッテのメイドが、殴られてまだ立ち上がれてないルーワントの胸ポケットをまさぐった。「おい、やめろ不敬だぞ!」とルーワントが抵抗するがエリザロッテのメイドは一人で熊を相手できるほどの猛者。ヒョロっこいルーワントは敵では無かった。

 すぐに、一冊の小さなノートが出てくる。それは間違いなく、百合の花が押してありエリザロッテの物だった。

 ミレイシーが、「嘘ですよね?」と声を上げる。

「私がどれだけあの薬を作った人を敬愛していたのかを知っていながら、どうしてこんな事なさったんですか? 確かに、ルーワント様は私の薬学の話にも『ミレイシーは可愛いな』と言うだけで何かアドバイスをくださったりはしてくれませんでしたが、それでも信じていましたのに!」

 目に涙を貯めながら、ミレイシーは嘘がバレ気まずそうな顔をしているルーワントに詰め寄った。

 その視線に耐えきれなくなったのか、ルーワントは声を上げる。

「だ、だがエリザロッテに虐められたのは本当だろう!? 相談してきたじゃないか!」

「それは、そうですが……」

「それに、エリザロッテがやったという証拠もあるぞ!」

「――その証拠とは?」

 聞き捨てならない話題にエリザロッテが割って入る。すぐにミレイシーは一枚のハンカチーフをエリザロッテに「これです」と言って渡した。

「証拠になる、とルーワント様に言われたので取っておいたのです」

 そのハンカチーフをシャンデリアに翳しジッと見つめたあと、エリザロッテは溜め息をついた。

「これは、私の物ではありません。たしかに家紋は私のですが、これは違います。

 ミレイシーさん、王族のハンカチーフは、それだけで弱点となりうるのです。例えば、王族のハンカチーフを貰ったフリをした令嬢がいたりね? 『昨日王族の方と寝たわ。これが証拠よ!』だなんて言われてしまえば、王族としては責任を取らなければならなくなります。それがどれだけ冤罪でも。この国では未婚の女性の純潔は命と同等の価値を持つのです」

「……あの、エリザロッテ様話が見えないのですが」

「つまりは、王族の持つハンカチーフには特別な細工が施されているのです。ーーほら、シャンデリアに翳したら王族の家紋が見えますわ」

 ミレイシーは、透かされたハンカチーフを見て絶句した。

「つまり、私を虐めたのって、」

「えぇ、ルーワント様の可能性が高いですね」

 ザワリ、と会場からざわめきが聞こえた。そりゃそうだろう。王族が虐めを働くなど前代未聞だ。それが本当なら、王族から除籍されるかもしれない。王族にとっても、自分たちの評価を下げようとする者は邪魔だからである。


 ミレイシーは怒りに肩を震わせルーワントを睨みつける。

他の貴族も扇子等で顔を隠しながらもルーワントへの嫌悪感を隠そうともしない。

「どうして、そんな事なさったんですか! 私は、虐められてとても毎日辛かったです。それでも、お金を出してくれた両親達の為にも、頑張っていましたのに。貴方なんて人の風上にも置けません、プペイド草以下です!」

 ※プペイド草……平民の間では割とポピュラーな毒草。そのプペイド草のせいで死ぬ確率は極めて低いが、三日三晩それを食べると舌がしびれてご飯が食べられなくなる事から、見つけ次第殲滅されている。


 プペイド草とは何の事か分からないだろうが、嫌われた事は十分に分かったのだろう。すっかり腫れも引いてきたのか元気になったルーワントが吠えた。

「五月蝿い、平民風情が調子に乗るな! 騙される方が悪いんだろう!」

「……っ!」

 自分も愚かだったという自覚があるのだろう、ミレイシーは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。


 ミレイシーにはルーワントの考えていることなど分からないと思うが、ルーワントの尻拭いばかりさせられてきたエリザロッテには、どうしてそんな事をしたのか粗方想像はついていた。

 (どうせ、『平民を導く王子様』みたいな役に酔っていたのでしょう)


 恐ろしい事だ、と思う。


 (ふぅ、まぁこれでもうルーワントは縁が切れましたわね。()()()が来る前にサッサと退散したいのですが、)

 だが、ミレイシーをおいて行けなどしない。エリザロッテも鬼ではない。

 

 ミレイシーを慰めようと近づいて、フワリと香るある薬草の香りにエリザロッテは目を真ん丸くした。

「貴方って、薬学科、その中でも特進の生徒ですよね?」

「え? そうです。でもどうして分かったんですか? 平民は普通にしかほぼいけませんのに……」

「特進でしか扱わない薬草の香りがしましたので」

 薬草は、使い方を間違えれば毒草にもなる。だから優秀な生徒しか扱えない薬草の授業もあるのだ。

「ようやく思い出しましたわ。貴女、この間の学年末のテストで3位だった方ですよね」

 エリザロッテは2位だったのだが、周りから『平民なのに……』『薬学科でも特進らしいよ』という声が聞こえてきてなんとなく覚えていたのだ。

「あの時、凄いと素直に尊敬していましたの。どうです? ミレイシーさんさえ良ければ今度カフェで薬学の話でもしません?」

 エリザロッテの言葉に、ミレイシーは見るからに嬉しそうな顔をした。頬が紅潮して、瞳は潤んでいる。

「はわ、凄い魅力的ですし、光栄なのですが、勘違いだったとはいえ、貴女に無礼を働いた私がいいのですか……?」

 (……それを言うなら、私だってそうだわ。貴女がルーワントと喜んで浮気しているのだと思っていた。だけど貴女こそ被害者だったわ。私はそれに早く気づくべきだった。

 ーーだってミレイシーさんは、最初からあんなに怯えた顔をしていたのに)

 にこ、と笑いかける。

「人に間違いなどありますわ。大事なのは間違いに気づいてから何をするか、そうでしょう?」

「……っ、はい!」

 嬉しそうに笑うミレイシーに、エリザロッテもなんだか嬉しくなった。エリザロッテは、友人もいるがやはりそこには少し壁のような物がある。とどのつまり、エリザロッテも少し寂しかったのかもしれない。


 そうやって和気あいあいとしている所に罵声が飛んできた。

「くそぉっ、くそぉ! 何なんだ、俺を馬鹿にしやがって!」

 そして、手袋を投げつけてきた。

「決闘だ、エリザロッテ! 俺が勝ったら、エリザロッテは俺に絶対的な服従、ミレイシーは今この場で土下座しろ!」

 

 (まさかこんなに人がいる夜会で決闘をするつもりですか、この人)

 チラリ、とエリザロッテのメイドを見ると、魔法で取り寄せたのか、結界が貼れる石と、エリザロッテの愛用している剣を持っていた。有能なメイドに後で褒美をあげなければ、と思いながらエリザロッテはルーワントの前に立った。

 自分の意思表示をするためにつけていた手袋を外す。

 隣ではミレイシーが「やめときましょう、エリザロッテ様」と言うが、それには笑みを返した。ここでエリザロッテが乗らなければ、不戦勝という事になってしまう。

 (それに、そもそもーー)


「ミレイシーさんは、私がルーワント様に負けるとお思いですか?」

 その言葉にハッとしたような仕草をすると、ミレイシーは真剣そうに首を振った。

「いいえ! 絶対に、エリザロッテ様は負けません」

「えぇ」


 メイドから剣を受け取ったエリザロッテは、既に剣を構えているルーワントと一緒にメイドが貼ってくれた結界の中に入る。貴族はドームのような結界の周りで二人を見守っている。

 エリザロッテを一通り見て、ルーワントは鼻を鳴らした。

「ふん、そんなゴテゴテの飾りがついた剣とドレスで俺に勝てると思っているのか?」

「あら、負ける気なんてしませんよ? それとも正式な格好に着替えてきてあげましょうか?」

 その言葉に、ルーワントは「いや、いい」とか何とか言って剣を構えた。武芸にも秀でているエリザロッテと対等にやった場合、勝てないことは分かっているのだろう。


 (甘いですわね、ルーワント。まぁ私にしてもこちらの方が都合がいいのですけれど)


 結界の外にいるメイドから声がかかった。

「両者、宣誓をお願いします」

「――血も肉も、この戦いにかける事を誓いましょう」

「――血も肉も、この戦いにかける事を誓おう」


 そして、戦いの火蓋は切られた。

「始めっ」


 すぐに、剣と剣がぶつかり合う重い音がする。そしてエリザロッテは気がついた。

 (魔法、ですか)

 真面目に鍛錬していないルーワントがエリザロッテと対等に渡り合えるはずがない。だからこそ魔法を使ったのだろう。

 重い一撃を受けてよろめき、顔を顰めるエリザロッテをルーワントは笑った。

「……魔法はやはり凄いですわね」

「ははっ! 魔法を使っちゃ駄目なんてルールはなかっただろう? それに、エリザロッテも魔法を使ったらどうだ!

 ……あぁ、エリザロッテは使えないんだったな」

 小馬鹿にしたようなルーワントの言葉に青筋が浮かぶ。そう、直系の王族であるルーワントは魔力だけは沢山あるのだが、エリザロッテには生まれたときから魔力がなかった。

 でもだからこそエリザロッテは完璧であろうと努力したのだ。

 (それに、笑っていられるのも今の内ですわ)


 魔力のコントロールはからっきしなルーワントは、剣に魔力をつける等といった初歩的なことしか出来ない。

 とすれば、ルーワントを追い詰めれば魔力の消耗が激しい代わりに特大の魔法を打つことが出来るあの技を使うはずだとエリザロッテは予想した。あれは、ただ魔力を爆発するだけで方法自体は簡単だからだ。


 体のグラつきを整えて、またエリザロッテは駆け出した。


◇◇◇

「エリザロッテ様……」

 心配そうな声が、ミレイシーから漏れる。


 エリザロッテにはああ言ったが、それでもやはりミレイシーにはエリザロッテが負ける未来も見えてしまった。

 エリザロッテの使っている剣は、ルーワントの物に比べて刀身が細いのだ。そんな剣にルーワントの魔法が乗った剣が打つかったら、最悪剣が割れてしまうかもしれない。

 それに、とミレイシーは考える。エリザロッテは魔法が使えない、という話は有名で、どれだけ武芸に秀でていても強い魔法を使われてしまったらエリザロッテに勝ち目はない。


 きゅう、と目をつむるミレイシー。その隣から、「目を開いたほうがいいよ」と声がかかった。慌てて目を開け隣を見ると、そこには黒い髪と緑眼をもつ見た目麗しい青年がいた。にっこりと人好きのする笑みを浮かべている。

「だって、絶対にエリーは負けないからね」

「貴方、は――」

「ふふ、今は僕より大事な事があるんじゃない?」

 その言葉にハッとして視線を前に戻す。エリザロッテはヒラリとルーワントの攻撃を躱し、何処か機を狙っているように見えた。

「あの剣に付いてる宝石、君には見たことがあるんじゃない?」

 言われて、まじまじとミレイシーは剣に付いた宝石を見つめる。それは、昔読んだ本に乗っているあれと酷似していた。

「まさか、」

「わかったみたいだね。さぁ、舞台は一瞬だよ。エリーの勇姿をしかとこの目に焼き付けようではないか」


 その言葉の刹那、ルーワントが青白い大きな雷に包まれた。


◇◇◇


 (……! 来たわ)

  ルーワントが魔力を放出しようとしている合図だ。動き回るエリザロッテに痺れを切らしたのだろう。


「これで終わりだ! エリザロッテ!!」



「いいえ? 終わるのは貴方です」

 剣を天にかかげる。そうすると剣に付いた宝石に、青白い大きな雷が吸い込まれていった。

「なっ!」

 全て吸い込まれると宝石が割れる。


 そう、剣にエリザロッテが付けていたのは、ただ一度だけどんな魔法も吸い込んでくれる宝石だった。

 魔力を持たないエリザロッテが魔力を持つものと対等に渡り合える為に採掘したものであり、その希少さから存在を知るものはほんの僅か。

 だからこの剣が、ルーワントに使えるとエリザロッテは思った。


 魔力を一気に放出して力が抜けているルーワントの首筋に、エリザロッテは剣を添えた。

「負けをお認めになりますか?」

「ぐぅぅ、卑怯だろうが! この勝負は無効だ!」

 吠えるルーワントに、エリザロッテはそれはそれは麗しい笑みを浮かべた。

「あら、私は聞きましたよ? 『それとも正式な格好に着替えてきてあげましょうか?』と」

 ルーワントはその言葉に唇を噛んだあと、たっぷり間を置いて「負け、ました」と言った。

「では、私が勝ったので私から。ルーワント様、ミレイシーさんに土下座して下さいまし」


 ルーワントは屈辱そうに顔を真っ赤にしたが、宣誓の時に相手の願いに従う魔法をかけられている為、無駄な声を出すことも許されず未だ結界で阻まれているミレイシーの前に行き土下座した。

 エリザロッテのメイドが結界をとく。

 そうするとミレイシーはルーワントには見向きもせず、ルーワントの背を踏みつけエリザロッテの下に向かった。

 ルーワントから蛙が潰れたような音がする。


 エリザロッテは走り寄ってくるミレイシーを抱きとめた。

「ミレイシーさん、いいんですか? ルーワント様が今土下座してますよ」

「そんな物よりエリザロッテ様のほうが大切です! 腕を見せて下さい!」

 そう勢い良く言われて腕を見てみれば、確かに服が切れ白い肌が真っ赤に染まっていた。浅く切ってしまっていたのだと今気づいた。

「待って下さい、たしかロッテン草も持っているので……」

 ワサワサとスカートを漁るミレイシーにふふっと笑っていると、エリザロッテの目にルーワントが映った。

 エリザロッテからの命令に従い終えてもう身体が自由になっていたルーワントは、八つ当たりをするように短剣を持ち背中を向けているミレイシーに走り寄っていた。

 焦ってミレイシーと場所を入れ替えようとするエリザロッテだったが、誰かにそれを止められた。

 その人は、エリザロッテの肩を抱いたままルーワントのいる方向に手を向けた。


 その瞬間、ルーワントの動きが封じられた。

「エリー、大丈夫?」

 項にかかる声に、エリザロッテは自分でも知らない内に顔を歪めてしまった。

「レオミュール様……」

「そんな堅苦しいのはよしてよ。僕と君の仲だろう?」

 そう、この国の第2王子であるその人だった。


 彼と出会ったのはエリザロッテがルーワントの婚約者になる前のこと。

 その日エリザロッテはメイドを撒いて花畑にこっそり来ていた。昔のエリザロッテはお転婆だったのだ。

 そこで出会ったのが黒髪を持ち、その緑眼を涙で濡らしていたレオミュール。


 (まぁ、男の方が泣くだなんて。私でも泣かないのに)

 当時ガキ大将気質だったエリザロッテは、邪気なくそう思いレオミュールに話しかけた。

「どうして泣いてるんですか?」

「…………ヒック、ぐす。だって、僕は黒髪だから父上にも息子として扱ってもらえないんだ。皆からも虐められるし」

 グスグスと泣きじゃくるレオミュールにエリザロッテは知らず知らずの内に青筋を立てる。

 そしてレオミュールを指さした。


「私は貴族の、それも公爵令嬢でありながら魔法が使えません!」

 急に怒鳴られてびっくりしたのか涙が止まるレオミュールに構わずエリザロッテは話し続ける。

「ですが私は、努力を怠った事はありません! 貴方が認めて貰えていないのは、認めてもらえる程の鍛錬を積んでいないから! 自分の怠慢を他人のせいにし、卑屈になる暇があるのであるなら少しでも高みを目指しなさい!」

「……どれだけ頑張っても、認めてもらえなかったら?」

 その言葉にエリザロッテはしばし考え、『いいこと思いついた!』と言わんばかりに笑顔になった。

「もっともーっと貴方が素敵になったら、私のお婿さんにしてあげるわ」

「本当?」

「えぇ!」

 にっこり笑う彼に、エリザロッテも笑みを返す。


 それから、10年が経った。

 エリザロッテは勿論そんな約束忘れていたのだが学園に入学しレオミュールに再会することで事態は動き出した。

 約束を忘れルーワントと婚約したエリザロッテを「浮気者」と言い、ついて回るようになったのだ。

「僕という存在がありながら浮気だなんて薄情だねエリー?」

「レオミュール様にその呼び方を許した覚えはありません」

 幸い人目につかない所で絡まれる事が多かったから噂にはならなかったが、エリザロッテはいつもヒヤヒヤしていた。


 そして腹が立つのはこの男、約束どおり完璧になっていた。入学してから、エリザロッテはテストで1位になれた事がない。いつだって2位だ。

 幼い頃仲良くなった男の子が完璧になって告白してくる、普通なら心ときめく展開だが、魔力がなく小さな頃から『馬鹿にしてくる奴を見返してやる』精神で生きてきたエリザロッテの心を抉った。負けん気が強いのである。

 そこからエリザロッテがレオミュールを毛嫌いし、レオミュールがエリザロッテに付き纏う関係が始まったのである。



 昔を思い出し、フッと遠い目をしたエリザロッテは、グイグイとレオミュールとエリザロッテの間に入ろうとする存在に我に返った。

「エ、エリザロッテ様から離れて下さい〜!」

 ようやくロッテン草を見つけ出したのか、ロッテン草を握り締めたままミレイシーは頭を二人の間に押し込んでいた。

「ありがとう、ミレイシーさん」

 ミレイシーのまさかの行動に驚いたレオミュールが「うわっ」と言って離れたので、それが本当に嬉しくて思わず瞳を潤ませながらお礼を言ってしまう。

 ミレイシーはフフン、と得意げな顔をした。

「ミレイシー、と呼んでくださいエリザロッテ様」

「あら、じゃあ私の事も、エリザって呼んで頂戴? ミレイシー」

 ぱぁっとミレイシーは顔を綻ばせた。

「はい、エリザ!」

 エリザロッテはその笑みに心臓を矢で射抜かれた気持ちになった。成る程、これが愛おしいという感情だと納得しながら治療を受けていると、腰を抱きしめられた。

「僕という存在がいながらまた浮気……」

 ぶっすーとふくれっ面のレオミュールには、愛おしいだとかそんな感情は微塵もわかなかった。

 (うっとおしいですわ)

 経験上、しっかりした理由を言わないとレオミュールは引かない。だからこそエリザロッテは得意気に言った。

「レオミュールさま。私はまだルーワント様の婚約者の身ですの。過度な触れ合いはご法度です、わ!」

 ペチリと手を叩くが、エリザロッテの言葉にレオミュールは嬉しそうな顔をした。

「それなら問題ないよ、エリー。だって僕たち、婚約者だから」

「はい?」

「え?」

 エリザロッテとミレイシーの声が被る。遠くで動きを止められたまま転がっているルーワントも驚いた顔をしていた。

「ちょ、それどういう事ですか!?」

「君たちが断罪劇している間に、さっきの内容を生中継して父上とエリーのお義母さんとお義父さんに見せて婚約破棄させてきたんだよ。それでその後釜に、僕が収まったってわけ」

 お義母さんお義父さんという所とか行動の速さに突っ込んでやりたい衝動に駆られたが、エリザロッテは脱力して座り込んでしまった。

「エリザ、私と一緒に駆け落ちしましょうよぉ」

「そうしたい気持ちは山々だわ……」

 疲れ切っている二人とは対照的になんだか艶艶しているレオミュールはエリザロッテの手を取り口づけた。

 そういう免疫のないエリザロッテは顔を真っ赤に染め上げる。

 その様子にショックを受けたような顔をしたミレイシーがレオミュールを睨みだした。

 そんな視線どこ吹く風のレオミュールはエリザロッテだけを熱心に見つめる。


 一人蚊帳の外のルーワントは兵士に担架のようなもので運ばれていた。王の下に行くのだろう。


 周りの貴族たちは、状況を飲み込めないながらも優秀だと噂のレオミュールと文武両道のエリザロッテが婚約する事でこの国も安泰だろうと拍手をした。


 エリザロッテとレオミュールが本当の意味で結ばれるのは、まだまだ先の話である。


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