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〈0〉転生令嬢の断罪

初めましての読者様も、いつもお世話になっておりますの読者様も、どうぞよろしくお願いいたします! 転生悪役令嬢の大逆転劇を描きたいと思ってます。一緒に楽しい気持ちになっていただければ幸いです!

「レイチェル・ルビンアート、今、この場において、おまえとの婚約を破棄する!」


 年に一度、国王陛下の即位記念日をお祝いしての学園祭――王族ご臨席の堅苦しい式典が終わって、賑やかなフリータイムに移行したばかりだというのに。


 会場の中央で、破壊力最大級の爆弾宣言が投下された。


 ただ呆然と立ち尽くすのは、業火(ごうか)のような赤毛を清楚にハーフアップにまとめたご令嬢。ショックのあまり顔色は蒼白に変色していた。小刻みに全身が震え出しているのが、傍目(はため)にもわかる。


 彼女を糾弾しているのは、目にも麗しい菫色(すみれいろ)の頭髪をした貴公子――ルッツ・ランドルト公爵家嫡男。クールな美貌に深い憤怒を張り付け、まるで蛇蝎(だかつ)にでも向けるかのように憎々しげな視線を、自らの婚約者――いや、「元」婚約者に射掛けている。


 そして、その(かたわ)らには、世界中の愛情を一身に受けて(はぐく)まれてきたかのような「守ってあげたい感」満載の、ローデリカ・リラール子爵家令嬢。――小柄で可憐、ふわふわとしたストロベリーブロンドがなんとも愛らしい。


「……おまえ、(みずか)らの侯爵令嬢という身分を盾に、ローデリカに理不尽な嫌がらせを重ねていたそうだな!」

「わ、私、そんな…………」

「おまえ、昨日(きのう)、ローデリカを踊り場から突き落としたというではないか」

「――え。まさか、どこかお怪我を……」

「なんと図々しい。咄嗟(とっさ)手摺(てす)りを掴んだおかげで難を逃れたというが、知らぬ顔をするか」

「まさか。私、昨日はローデリカさまとはお顔を合わせても――」

「――ふん。どうせ、学園祭で私が彼女をエスコートすると知って、嫉妬にまみれたのだろう」

「……そんなこと、あるわけが――――」

「先月にも、ローデリカのハンカチを隠したと聴く。――何を血迷った?」

「ち……血迷ってなどおりません。私、ローデリカさまのハンカチなんて――」

「――何だと!? 子爵家の娘であるローデリカの持ちものは、安っぽすぎて目に入らぬというのか!?」

「だから、そんなこと、言っ………………!」


 咽喉(のど)の奥が詰まって、言葉にならない。


 目の奥が、顔全体が、――両耳までもが熱くなった。


 ……ぐすん。


 鼻の奥までもが(うず)いてくる。


 熱っぽくて、湿っぽくなって、生温(なまあたた)かい液体が、眼球を伝って溢れ出しそうになる。


 ――そうよ。私、悪役令嬢ですもの。


 だから、ここで、恥ずかしい姿を晒すわけにはいかない。


 目からではなく鼻からこぼれ落ちそうになっていた液体をズズッと吸い上げ、悪役令嬢――レイチェル・ルビンアート侯爵令嬢はハァハァと短い呼吸を繰り返した。


 だって、目から出たら涙だが、鼻から落ちたら鼻水だ。同じ成分であっても、効果はてきめんに異なる。貴族令嬢としては、絶対に死守したいラインだ。


「……申し開きがあるなら、聴いてやる」


 こちら側の切実な事情などまったく考慮することもなく、婚約者であるはずの――いや、つい数分前まではたしかに婚約者であったはずの貴公子が、挑み掛かるかのように告げた。そのうえで、傍らで不安そうに萎縮しているストロベリーブロンドの少女を、すべての悪意から庇護するかのように抱き寄せる。


 ……ああ。


 やっぱり、私って、悪役令嬢の運命からは逃れられないんだ……。


 怒りというか、諦めというか……いや、むしろ、悟りに近い精神状態だった。


 昔からそうじゃないかと確信していたが、案の定――このざまだ。予定調和すぎて、嘆息すら……ピークを越えたら、涙すらも出てこない。


(……いっそ、あの日のように、このまま失神してしまえれば幸せなのに……)


 しかし、残念ながら、そのような展開は訪れない。かなりショックを受けてはいるが、どこかに冷め切った自分が存在していることも事実で――幼い日のあのときのように、自分自身の精神世界が(くつがえ)されて書き換えられて呑み込まれてしまうほどの破壊的な衝動は、まったく訪れてきそうにない。


 地獄のようなこの現実に、レイチェルは依然として存在し続けるしかないのだ。


(――セミ令嬢ですもの、最初から公爵家との縁談なんか難しかったのよ)

(――極端な人見知(ひとみし)りと聴いていたが、格下のご令嬢を(おとし)めるとは……とんだアバズレだったな)

(――宰相家のセミ令嬢も、化けの皮が()がれたか)

(――あら嫌だ、もとからヒキコモリ令嬢ですわよ)


 王太子殿下ご夫妻もご臨席の華やかな式典会場は、厳格なセレモニーからフリータイムへと早変わりし、すでに軽やかなパーティー音楽が流れ始めていた。貴族学園の大講堂に集っていた生徒たち、教員たち、来賓たちが無秩序にざわつき始める。最初は無言でなりゆきを見守っていた善良で無責任な観衆は、どちらが優位かを瞬時にして見極め、この断罪劇の落としどころ――あるべき結末を期待するのだ。


 最初は小さかったヒソヒソ声が、同心円状に波紋となって拡がっていって、やがて会場全域を侵食する。この場に集うすべての意識が、レイチェルに敵対的なものへとジワジワ変化していくのだ。


(……大丈夫。こんなの、予想してたことですもの)


 大きく深呼吸をして、全身の緊張を緩和(かんわ)させる。


 落ち着け、落ち着け――大丈夫。……大丈夫。大丈夫。大丈夫。


 ――そうだ。いつか、この日が来ることはわかっていた。


 だって、レイチェルは悪役令嬢なのだから。


 こうやって、華やかな空間で婚約者から派手に『ざまぁ』されるのが運命なのだ。『ざまぁ』されるためだけに生み出された、……ただそれだけの存在意義しか与えられていない、そういう人格なのだ、――悪役令嬢は。だからこそ、この日のために不毛なシミュレーションを何度も何度も繰り返してきたではないか。


「……どうぞ、お幸せに」


 全身の気力を総動員して、負け惜しみではない笑顔を演出する。


 丁寧に、可憐に、――格調高くカーテシーを披露して、レイチェル・ルビンアート侯爵令嬢は自らの婚約者であった貴公子に別れを告げた。


 散り(ぎわ)を惨めなものにはしないよう、――貴族令嬢として毅然と立ち去ることが出来るよう、レイチェルはそれだけに集中していた。


 ――だから、気付かなかった。


(あれが、……『侯爵夫人のエメラルド』……!)


 高貴なる貴公子に抱き寄せられ守られているはずのヒロインが、不穏(ふおん)な――哀れな獲物に狙いを定めた野獣のように飢えた目付きで、レイチェルの首に巻かれた首飾りを凝視し続けていることに。


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