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第91話 ― 旅の終わり(やらかし極まれり)

「ね、すごいでしょじぃじ!」

「あぁ、なんと言うか……走りやすいなこの道は!」

「で、ですよねぇ……アハハハハ……はぁ……」

(でも、少し路面の様子が異なりますね、言うなればこれは……)

(うぐっ……それは言わないで。わかってるから)


 ハカランダ村まで続くであろうこの道を、昨日と同様馬車は快適に進む。安定した荷台の挙動に感心するピートさんとは裏腹に、私の顔にはそれまで(オーヴィス村)の道とは少々異なる路面の変化に戸惑いが貼り付いていた。


 あのお礼――路面に感謝の意を伝えたのが原因なのか、いや絶対そうなのだけど、それに返礼するかの如く路面の中央に白線が浮かび上がったのだ。しかもご丁寧に右側通行を示す矢印まで等距離で点在している。


 この世界の道路事情は、誰が決めたでもなく自然発生的に右側通行になっているらしく、私もそれはなんとなく『ローカルルール』として認識はしていた。


(……『やらかしver.2.1』といったところでしょうか?)

(はいそうですごめんなさい……っていうか言うなし……)

「……せんせえ? これ(白い線)ってなんのためにあるの?」

「っ! えっと……どちらかに寄って走れば、馬車同士ぶつかったりしないでしょう? これは『この線からはみ出ないでね』っていう役割の線なの。で、あの矢印は『この方向に進んでね』ってこと。つまり『右側を走りましょう』ってことになるね」

「そっかー、またひとつべんきょうになっちゃった」


 依然として馬車は、安定走行を約束された舗装路をひた走る。やがて姿を見せた、往路でお世話になった路肩を横目に思わず頭を抱える。


 ちょっとした休憩――軽食を摂ったり用を足すなどの軽い用途のために、一時的に馬車を逃す小スペース、所謂『路肩』。そこには誰が見ても分かりやすい馬車のピクトグラムまで書かれていて、もはや言うまでもなくこの道は数段近代化されたそれに変貌していた。


 未だ全容の知れない舗装路の上、馬車はまた一段階風に乗り、気づけば風景は見慣れたそれに変わっていた。陽は落ちかけているものの、まだまだ夕方というには早い時間。おそらく往路に要した時間の三割は早いような気がする。そして地平の先には木の柵で囲まれた、馴染み深いあの場所が見えてきた。


「先生っ! 信じられんがもうハカランダ村に着いちまったぞ! ……ってなんだありゃあ? 人だかり……か?」

「ほんとだ、いっぱいひとがいるよせんせえ」

「何かあったんでしょうか……あ、村の人だけじゃないみたいですね」


 ぐっと荷台から身を乗り出し目を凝らせば、村の北門――オーヴィス村はハカランダ村の北方に位置している――に馴染みのある村人の顔と、まばらにいる知らない顔が、ざっと数えて40人ほど屯していた。


「少し飛ばすぞ! 二人とも、口しっかり閉じとけよ、舌噛むからな!」

「はい! ミーム、私に捕まって!」

「うん!」

「さぁ行くぞ……破っ!」


 ピートさんは一つ手綱に喝を入れ、北門に急ぐ。

 穏やかな村に相応しくない不穏な空気が、私たちを動揺の沼に引き摺り込んだ。


―――――――――――――――――


「なんだなんだ一体!? この騒ぎはなんだ!」


 開口一番、ピートさんの怒号が辺りの注意を惹きつける。身体が大きいのもあって、ピートさんの声量は半端じゃないね。


「村長……村中の道が、きゅ、急に綺麗になったんだよ! 荷車の轍も跡形なく消えちまった! どうなってるんだ!?」

「それだけじゃないぞ。東門からバルサまでの道もだ! 何が起こったのか村長は知ってるか!?」


 あー……それ私が一番よく知ってる。シルフィー、先に言っておくよ。『やらかしver.03』です。バルサまで開通しちゃったかぁ。私、有能すぎませんか?(白目)


 この騒動はそういうことね。理由を察したピートさんは人波に分け入って、ぐるりと一瞥してから、


「俺も今日知ったばかりだが知ってることは話す……この道はだな、先生が綺麗にしてくれたものだ! ……先生、こちらに!」 


 そう語気強く、私をみんなの前に来るよう促す。いやいや『先生、こちらに!』って、反社の用心棒みたいな言い方やめてもらえませんかね。これって大概は負けるってお約束(いうフラグ)じゃないですか? 大丈夫? まぁそれ以前に勝負なんかしませんけど。


「……せんせえ。わたしもいっしょにいく」

「っ! ミーム……」


 汗ばんだ私の手を制するようにミームの小さい手が包み込む。うん、わかったよミーム。上手く話せないかもだけど、先生頑張るから。


 右足にグッと力を込めて最初の一歩を踏み出すと、心地よいクレイのグリップが全身に伝わる。いい仕事するねクレイ舗装。って今はそれどころじゃない。


「……村長からご紹介いただきました、私はハカランダ村の住民で、子供たちに勉強を教えています、エイミー・ライトウェルと申します。そのかたわらで『魔導詩』も書いているのですが――」


 大多数が知己の村民の中、僅かに混じる余人にも分かりやすく丁寧に自己紹介。一応は教師だからね、こういうことは最初が肝心だって分かっている。


 大勢の人の前で話すなんて、この世界はおろか、前世でもなかったのだけど、普段教壇に立っているせいか、思った以上にうまく説明できた気がする。集まった人々は一様に真剣な面持ちで聞いてくれているから。


「――といった訳で、皆様の暮らしが少し快適になるよう、お手伝いさせていただいた、という次第です……」


 掻い摘んだ説明を一通り話し終えると、絵に描いたような『鳩に豆鉄砲』な顔がいくつも並んでいた。こちらに向いた人々の目は一様に『奇異なものを見る』視線で、どうにも居たたまれない。


 やがて、ポツリポツリと声が上がる。


「……凄いことだよなこれって」

「エイミー先生ならまぁ有り得ない話じゃないわね。扇風機って前例もあるし……」

「バルサの魔導詩屋が言ってたのがあのか……」

「歩いても膝が痛まんのは、道が柔らかくなったおかげなのかのう? ならありがたいことじゃ……」

「バルサから荷車引いてきたけど、全然揺れないもんだからマジビビったわ……」


 口々に呟やかれる好感触な言葉たちに、安堵の息が一つ零れる。この道を長時間走破体感した私の感想も『この世界に存在していいものかはともかく、とても快適なもの』だから、あとはみんなが受け入れてくれるかどうか、だ。


「「先生の仕事なら大丈夫だよな!!」」

「「「うおおおぉぉぉ!! 先生ありがとう!!」」」

「「先生バンザーイ! 先生バンザーイ!!」」


 ドッと湧いたみんなの声圧に圧倒され、たくさん握手を交わしたりなぜかサインをしたり。一線で活躍する人気アイドルにでもなった気分。

 でもよかった、受け入れてもらえて。


「みなさん、ありがとうございます!」

「「「うおおおぉぉぉ!!」」


 みんなの歓声が村に響き渡る頃、広く高い異世界の空はその熱気にあてられたのか、茜色に染まりきっていた。

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