第90話 ― 旅の終わり(生き返ったの?)
不意に目が覚めるとそこは白かった(二度目)。
「……っ」
ただ、この天井や壁は知っている。うん、間違いなくテントの中だ。
ゆっくりと体を起こし、隣に目をやればミームの姿はない。外から話し声が聞こえるに、どうやら先に起きて朝食の準備をしているようだ。
「おはようございます、ピートさん。ミームもおはよう」
「おうおはよう。よく眠れたみたいだな」
「はい、それはもうぐっすりと」
「せんせえはやくおかおあらってきてね! ごはんもうすぐできるから」
ミームの手許からは、香ばしい匂い。これはハムエッグかな。
オオギヨウの肉から滲み出る脂の、なんとも言えない魅惑の匂いが食欲を大いに刺激して、つい口元が綻んだ。
ぼんやりと顔を洗いながら思い出してみる――それはもちろん昨日のことだ。
そもそもあれは夢だったのか、はたまた本当にあそこに行ったのか。しかしながらそれを確認するのは容易なことだと気づく。
ごしごしぽんぽんとタオルを顔に当てながら、こめかみに指を添える。
「ステータス」
エイミー・ライトウェル
人間族 16歳 女性
職 美人教師
体 40/40
知 120/120
魔 60/60
運 50/50
装備:お出かけ用の服
竹細工のカチューシャ(ザック渾身の逸品)
スキル:わりかし高き教養
読み書き+1
算数+1
ナノアイ
言語創造
やっぱりあれは夢じゃないことに安堵の吐息が一つ漏れる。まぁ冷静になれば『美人教師』とか『(ザック渾身の逸品)』、『わりかし高き教養』とか意味のわからない項目があるのだけど。
でも、総合的にステータスはバッチリ上がっているから深慮はやめて、今は『魔』の全快を喜ぼう。
顔も気持ちもスッキリしたので、ステボを閉じ二人の元に足を向けた。
既にシートに腰を下ろしている二人は、私の戻るのを待っていたようで、朝食には手を付けずにいた。お待たせしてすいませんと軽く謝罪しながら、ピートさんに報告する。
「昨日お話した『魔』の件なんですけど……なんか治っちゃったみたいで、全快しました!」
「おぉ、そりゃよかったな先生。体調は変わりないか?」
「はい、むしろ前より調子がいいくらいです」
「よかったねせんせえ。じゃあもしかして、まどうしもかける……?」
ミームはそこが心配だったようで、「うん、それも大丈夫だよ」と返すと一気にその顔に笑顔が戻る。いつものように彼女の頭を優しく撫でて、
「帰りの道も、綺麗にしちゃおうか?」
「ほ……ほんと? ねぇじぃじすごいんだよ! あっというまにみちがびゅーってきれいになってね、ばしゃがぜんぜんゆれなくておしりもいたくないの!』
「ほう、そんなにか……。でもよ先生、ここからうちの村まで結構長いぞ? オーヴィス村の道も、結構魔導詩必要だったんじゃないか? 無理しなくてもいいんだぞ」
「いえ、実は――」
たった一枚の『土の魔導詩ver.02』がこの長距離を舗装したことを説明すると、ピートさんは驚いたのか呆れたのかわからないような面持ちで、
「先生凄いな……まぁ一枚で仮にここからハカランダまで舗装されればうちとしてもありがたいが」
「じぃじだいじょぶだよ! せんせえだもん! ね? せんせえっ」
「そうだね、大丈夫だと思うよ。先生に任せて」
毛刈りで鍛えた右腕に力こぶを作ると、シルフィードがすかさず、
(エイミー様、閃光には充分ご注意を。お二人にもお伝えください)
(そっか、そうだった。ありがとね、シルフィー)
ステータス上昇で浮かれてすっかり忘れていたあの閃光。あれは直視したらヤバいよね。ナイス忠告だよ。
「あとで書きますので、まずは朝食を済ませましょうピートさん」
「そうだな。じゃあ」
「「「いただきます!」」」
―――――――――――――――――
二度目ともなれば慣れたもので、『土の魔導詩ver.02』はあっという間に完成。
もちろん書いている様をピートさんに見せるわけにはいかない――だってきらきら光っちゃうし――ので、テントを畳むついでに中に入ってサクッと書き上げた。
「じゃあ今から始めますけど、一瞬眩しく光るんです。なので、私が合図するまで目は閉じていただけますか?」
「ん? あぁわかった」
「はーい……せんせえもういいよー」
ミームはあの閃光で痛い目に合っているからか、しっかり両手で目を覆っていた。ピートさんもぎゅっと目を閉じて、念のため私に背を向けて用心している。
セミステルスで傍に控えるシルフィードを横目で見れば、特に対策するでもなくふわふわと揺れ浮かんでいる。
シルフィー何もしないで大丈夫なの? と聞けば、
(私には痛覚などの感覚器官はないので、周囲が見えなくなるものの、視力障害といった症状はありません)
まぁ生き物じゃないもんね、それもそうか。
では、いってみましょうか! 効果も今回はしっかり理解してるので、言葉は澱みなく紡がれる。
「土よりもかたまれ!」
―――――――――――――――――
薄目を開けて路面を触ると、さっきまで轍に抉られた路面も、まるでなかったことのようにその姿を変えていた。よし、大丈夫、成功だ。
「もう大丈夫ですよ、目を開けてください」
「わかった……って凄いな……改めて見ると」
「やっぱりせんせえはすごいよ! だいすき!」
(お疲れ様ですエイミー様。また素晴らしい仕事を成し遂げましたね)
確かにシルフィードの言う通り、『仕事』としては素晴らしいと思う。思うんだけどさ。実際問題、ちょっとやりすぎじゃないのかなこれ。
ピートさんは関心しながら出来上がった路面に触れ、親指で押すとその適度な柔軟性に舌を巻いた。
「いやぁ……これは本当に凄いな。これならどこに行くにも時間短縮できるんじゃないか?」
「そ、そうですかね……私、自分の足ではバルサくらいしか行く用事がないので。その辺はいまいち実感がないんですよね……」
「せんせえはすごいんだから、もっとむねはっていいんだよ! ね、じぃじ」
「あぁ。先生は凄い、だから改めて言わせてくれ……ハカランダ村に来てくれてありがとう」
「ピートさん……こちらこそ、素性も知れない私なんかを快く受け入れてくださって感謝しています。これからも、よろしくお願いいたします」
ハカランダ村に定住してから、ピート村長を始め、村民の皆様には本当に良くしてもらった。私がこの世界で恙なく生きていられるのは間違いなく彼らのおかげなのだ。
「……せんせえ? ないてるの?」
「っ! あ、あれ? おかしいな……」
「オーヴィスでも言ったが、俺たちは先生にたくさん世話になった。で、先生も俺たちに恩義を感じてる。ならここはお互い様ってことだ……よし! じゃあそろそろ帰るか、俺たちの村に!」
そう言ってピートさんはそそくさと御者台に上がり、どかっと腰を下ろした。私たちもそれに続いて荷台に乗り――
「あ、ちょっとだけ待ってください」
最後にお礼を言わなきゃね。帰りの道程もお世話になるんだから。馬車の前にしゃがみ、長く続く平された路面を、ミームにいつもやるように優しく撫でながら、
「あなたのおかげでみんなが便利になるんだって。だから大事に使わせていただきます。ありがとう」
感謝を一言添えて、そして馬車に振り返る。さぁ帰ろう! 私たちの村に!
その時、背中にふわっとした優しい光が灯った。




