第88話 ― 旅の終わり(クレイは続くよどちらまで?)
さすがに疲れたのか、はたまた荷台の温度が快適なのか、馬車に乗り込んでほどなく寝てしまうミーム。もたれ掛かる彼女はそのままに、私はといえば、一人風景……というか路面をただ見ていた。どこまで伸びているか予測もつかないそれは、行けども途切れる気配がない。
そういえば別れ際、ジムさんに「オオギヨウと会話出来ます?」と尋ねるも、答えは案の定「機嫌が多少わかるくらいで会話なんか出来ない」だった。
まぁいつかその謎も解けるでしょ。知らんけど。今はそんなことより――
(――コレどこまで続くのかな……まぁほとんど揺れないから快適でいいんだけど)
(確かに途切れる気配がしませんねエイミー様。ところで荷台の温度は快適でしょうか?)
(うん、充分快適だよ。ミームの寝顔がそう言ってるでしょ?)
(そのようですね……では引き続き現状維持いたします)
往路では、ミームの父であるトムさんが御者を務めてくれたのだけど、ミームを残して、というか私たちが延泊したから、復路はオーヴィス村の若い厩務員さんがやってくれている。彼はこの道を走るのが楽しいらしく、鼻歌混じりだ。
「♪〜……しっかし全然揺れませんね〜感謝ですよ〜」
「いえ、たまたまうまくいっただけですよ」
そう、さすが平されたクレイ舗装だけあってほとんど揺れないのだ。しかも馬も走りやすいようで、明らかにスピードが段違い。心なしか未知の走り心地を楽しんでるかに見える。
少し身を乗り出して流れる路面を改めて見る。やっぱり一向に途切れる気配がないそれに少し身震いした。
(まさか全部の道がこうなってるわけじゃないよね……)
―――――――――――――――――
「なるほど、ここまで伸びてたんだ……」
「びっくりだね、せんせえ」
クレイ舗装が途切れたのはここ、往路で一泊した休息地。今日はここで同じく一泊して、明日はいざハカランダ村、だ。ちなみに御者さんはここまで。夕方にはミームの家族の誰かが迎えに来て荷台を交換、その後御者さんは泊まらずに強行軍で引き返すらしい。通常なら荷物の積み替えが必要だけど、実はお互いの荷台は同型で、ハカランダ村とオーヴィス村で共有しているもの。これなら荷物の積み替えの必要がないうえに、お互いの走行距離も半分で済むというナイスアイディア。
夕方には迎えが来るのだけど、こちらは少し、いやかなり早く着いてしまった。それはもちろん『クレイ舗装』のせい……おかげだ。
迎えの馬車がくるまで荷台で仮眠すると言う御者さんを労って、私たちは休息地の一部に敷物を広げた。迎えの到着予定時間もまだだし、それまでのんびりここで休憩だね。
「あしたのばしゃはおしりいたくなりそうだね、せんせえ」
「うん、そうだね。でもここまで快適だったから来た時よりはマシかな」
「もういちまいまどうしかくのはだめなの?」
「うーん……だめというか……」
そうなのだ。後先考えず思いつきで書いてしまったから、実のところ、
体 25/25
知 80/80
魔 00/50
運 29/30
『魔』がすっからかんなのだ。これでは書いたところでただの紙切れにしかならないし、そもそも魔導ペンは『魔』を込めなければ書くことすらできない。
と、ここで不安が立ち込める。前世の知識だと、大概のファンタジー系ラノベって『魔力が尽きると死ぬ、もしくは欠乏症で倒れて、回復に数日かかる』って設定がやたら多いからだ。今思えばなんで書いちゃったのか、考えるだけで背筋が凍る。下手したら死んでたじゃん私。というか『運』が減ってるの初めて見た。もしかして『運』を使ったから死ななかった、とか? 怖っ。
「……というわけで、書けなくはないけどたぶん効果が出ないと思うの」
「そっか……『ま』ってからだのなかで、もやもやしてるあれのこと?」
「うん? ……うん、そう、かな」
一抹の不安は横に置いて、ミームとの会話を楽しめば、いつしか陽は西に傾き、空が茜色に塗り替えられつつある。そろそろ迎えが来るかなと立ち上がり、ハカランダ村方面の轍だらけの道に目をやると、遠くに馬車が見えた。そして御者台には、
「おーい! 先生、ミーム!」
大声で呼ぶ人物は意外にもピートさんだった。数日会ってないだけなのに何故か懐かしい。彼を見るにつけ、いよいよ旅は終わるんだと改めて思わされる。
「二人とも元気だったか?」
「はい、ちょっと色々あったんですけど、二人とも元気ですよ」
「だいじょぶだよじぃじ。たのしかったよ!」
「おう、そうかそうか……って、なんだこりゃあ? ……凄いなこれは」
はい、そうなりますよね。だってここからオーヴィス村までの道がああなってるんだから。
特に言い訳するでもなく、ただあった事実を淡々と伝えた。ついでに『魔』が底を突き、魔導詩が書けないことも。ところでピートさんは『魔』って回復しますか? と尋ねれば、
「あぁ、寝て起きたら全快だ。ま、そもそも『魔』なんてほとんど必要ないからな、家具造りには。だから滅多なことじゃ減らないんだ。その代わり『体』はすごく減るぞ」
「あ、なるほど……そういうものなんですね」
どうにもこの世界のステータスがどんなルールに立脚してるのか未だに不明だね。普段村の人ともこんな話、したことないから当たり前なんだけど。
とにかく魔導詩が書けないのは速やかに解決したい。
オーヴィス村の御者さんの帰りに手を振って、それぞれテントを張ったり食事の用意に動き出す。私はといえばミームにくっ付いて料理のお手伝いだ。
今日のメニューはオオギヨウの肉をメインにしたトマトベースのスープと丸パン。肉以外は全てピートさんが適当に用意して持参したもので、それをミームが見事に調理したものだ。前世っぽく言えば『冷蔵庫の中のもので適当に作った』、そんな感じだ。とはいえ出来上がったものは全然適当には見えない。
「せんせえ、おあじはどうですか?」
「さすがミームシェフ。見事なお味です」
「おう、ほんとうまいぞ」
本当にミームの料理は美味しい。このスープも酸味と塩味がバランスよくて、雑多に切られた野菜も味が滲みていて、これは堪りませんね。浸したパンも美味しいんだよねこれまた。
「……そうか、そんなことがあったのか。そりゃ大変だったなぁ。うちの村からもデニスを駆り出す必要があるかもな……ジムはそのへん何か言ってたか?」
「いえ、急なことでしたので特には聞いてません」
聞けばキングの破壊した厩舎の建設に、我が村の工務店『クーパー工房』も関わっていたらしい。親方は恰幅のいいデニスさん。あの体型に似合わず、高いところもスイスイ登って作業するんだって。
しばしの雑談の後、明日に備えて早々と休むことにした。
今回も私とミームが同じテント、ピートさんは荷台に張ったタープの下で毛布に包まった。
(なんか現実に引き戻されるよね旅の終わりって……妙に寂しくなるんだよね……)
ぼんやりとそんなことを考えているうち、やがて意識が体から離れた。




