第84話 ― 収束
「ふむふむなるほど〜そういうことだったんですかいな〜しかしまぁ二人とも無事で何よりですんよ〜」
「一応キングの治療はしましたけど、私も家畜の治療なんて初めてなものですから、正しくできてるのか……経過観察はしっかりとなさった方がよろしいかと」
「だいじょぶだよせんせえ! わたしもみてたけど、キングもよろこんでたもん!」
「そ、そうかなぁ……」
「そんよかキングに乗って帰って来たのが驚きましたわ〜」
キングに乗ってオーヴィス村に戻った時、村民の皆さんには随分と驚かれた。聞けばキングが背中に人を乗せるなんて今までなかったから、らしい。
そして、キングが逃げた森の中で一体何があったのかを説明した。ジム村長は、私が話すたびにいちいち大袈裟に驚いている。
「しかし『ツノマダニ』ですか〜存在は知ってましたが、そんな悪さする虫だなんて思いもよりやせんでしたわ〜」
「いえ、『ツノマダニ』ではなくて『ツノ魔ダニ』だったんです。同じ発音なのですが、これらは違うものなんです」
そう話しながら『ツノマダニ』と『ツノ魔ダニ』の文字を書いて二人――ジムさんとミームに見せると、二人と不可視の精霊一人は各々感嘆の声を挙げる。
「せんせえってなんでも知ってるんだね! かっこいい!」
「私らも『ツノ魔ダニ』なんぞ知らんかったです〜!」
(さすがですエイミー様!)
「いえ、たまたまですよ。たまたま知ってただけですから――」
ちょっと恥ずかしさに顔を熱くしながら、キングの治療は対症療法でしかないことを続けて話す。
なにしろ薬効はステボで確認したものの、素材となる植物はそこらに生えていたものだし、練り合わせた膠も、それしか手許になかったから使ったまで。今回はそれでよかったかも知れないけど、いずれまたツノ魔ダニが寄生したら、この治療では一抹の不安が残る。
一番の不安は『膠』だ。それ自体はこの村に豊富にある。でも、膠はなにしろ乾燥したら固着してしまうし、匂いも結構きついからいかんせん使い勝手が悪いのだ。だから膠に代わる素材が必要だと朧げに考えていた。
理想としてはワセリンのような『固まらない高粘度のペースト状のもの』があればいいのだけど、ワセリンって原料が石油だから、この世界には絶対にないと予測できる。精製技術なんてこの世界にはなさそうだしね。動植物から搾った油脂しかこの世界では見たことがないのだ。
「――ということで、ペースト状で固まらないもの……で薬を混合した方がいいのですが……」
「土ねんどみたいなやつがいいの? せんせえ」
「そうね、ただ粘土だと乾いちゃうのよね……」
「う〜ん、ペースト状……ですか〜……あ、そや。あれはどうやろか? ちょっこし持って来ますんで待っとってつかぁさい〜」
席を立ったジムさんを目で追うと、奥様となにやら話していて、何かを手渡されてすぐに戻って来た。ポケットから出した小さな蓋付きの容器を開けてこちらに差し出す。
少し身を乗り出して中身を見ると、薄茶色のバター、とでも言えそうなものが入っていた。
「これってなんですか? バターじゃないですよね?」
「これはねぇ〜『ツヤツヤダマ』の中身なんですわ〜」
「『ツヤツヤダマ』?」
「『ツヤツヤダマ』ってのはねぇ〜これです〜」
と、ジムさんがポケットから鶏卵ほどの大きさの種子らしきものを二つ、テーブルにころんと置いた。
「これ、森で取れる実の種なんですけんど〜オオギヨウに食べさせると毛艶がよくなるもんでね〜それとねぇ〜中身はあかぎれとかにも効くんです〜村の女衆は水仕事が多いもんですから〜時々作るんです〜」
これってどこかで見た気がするんだけど、もしかして? と思いながら二つの実を手に取り、見つからないように一つだけステボに収納、アイテム名と概要を読むと――。
『オーヴィス村近隣の森林域に生息する双子葉植物の種子。その胚はシアバターの原料となり、家畜飼料としても利用されている。学名:Vitellaria paradoxa』
→取り出す
←しまう
やはりというか、これはまさに『シアバター』じゃない! これって美容にもいいんだよね。保湿効果も高いし、地域によっては止血消毒にも使うらしいし。
しかも普段オオギヨウはこれを食べているくらいだから、ペースト状のそれを塗布したところで、多分害はないんじゃないかな。
というかこれ以上のものはないです! と声を張れば、
「そ、そうですかぁ〜こげなもんならいくらでも作れますし〜あとは薬になる葉っぱを教えてもらえれば村でも作れますなぁ〜」
と、ジムさんは身動ぎながらもいつも通りののんびり口調で返す。
「葉っぱも持って来ているので、今並べますね」
「わたしがきずぐすりの葉っぱとったんだよ!」
ふんすと胸を張るミームの頭を撫でつつ、整然といくつか葉っぱをテーブルに並べて、それぞれの効能を説明した。
とはいえ、キングのツノから寄生虫がいなくなった今、ここまでの種類の葉っぱを使う必要もないのでは、とその中の一つ『ウチワオオクマザサ』を手に取る。
この葉は殺菌・消炎・止血、また、防腐・防虫効果もあるから充分だろう。
「今回は『魔導詩』も混ぜたのですが、あくまで念の為にです。なのでこれ以降はこの『ウチワオオクマザサ』の葉を乾燥・粉末にしたものをこれに混ぜるだけでダニに寄生されることもなくなるかと思いますよ」
「なるほどなるほど〜ならば村のみんなで取って来ますですよ〜。で、混ぜたものをツノの付け根に塗ったくってやればえぇんですね〜」
「しかもシアバターって、肌はもちろん髪にもいいんです。髪を洗う前に塗り込んで少し置いてから洗い流してあげればツヤツヤになるんですよ」
と身振り手振り混じりで説明すると、ミームはやっぱり私に羨望の眼差しを遠慮なくぶつけてくる。おそらく【ステルスモード】のシルフィードもキラッキラの目で見てるんだろうな。なんかもう気配でわかるよ。
ふとジムさんに目をやれば、何か思いついたようだ。
テーブルに戻した『ツヤツヤダマ』をひとつ摘んで、
「エイミーさん〜これってもしかして村の名産品になりませんかねぇ〜」
「あ! 確かにそうですね。葉っぱを混ぜたものは傷薬としてケガとかに使えますし、そのままのものは肌や髪のお手入れ用にすればいいと思います」
「最近村に移住してくるものも多くなってきて、仕事を世話するのもなかなか大変なんですわ〜これでこの村も『オオギヨウの世話』だけじゃなくて『ツヤツヤダマ』の加工っちゅ〜仕事もできますもんね〜!」
さっそく村の者を呼んで来ますわ〜! と慌てて食堂を飛び出すジムさん。取り残された私とミームは、お互いやれやれって顔を向け合って、
「なんかジムおじちゃんはりきってたね」
「だって村の名産が増えるってことは村の収益……要するに『お金が儲かる』ってことだから。村のお仕事が増えれば人の受け入れもできるし、ね」
「……せんせえってほんとにすごいね。なんでも知っててなんでもできて。わたしもせんせえみたいになりたい……なれるかな?」
一言だけ「それはわからないけど」と前置きしてから、身をかがめてミームに視線を合わせながら、諭すように伝える。
「ミームは頑張り屋さんだけど、先生みたいになれるかはわからない……でもね? ミームは『私にはできないこと』ができるでしょ? もちろん貴方の努力のお手伝いはするつもり。だからね、『今よりもっと素敵なミーム』になってほしい、かな? ほら、私って文章は書けるけど絵は苦手だから」
「せんせえ……」
大丈夫、ミームならできるよ。
私はミームがやりたいこと、なりたいものに手を貸してあげるからね。私もそのあたりは『次のステップ』としてちゃんと考えてあるんだから。




