第83話 ― 鎮圧(魔導呪符)
「――ということなんだけど、どうかな?」
「「……」」
一通りの説明を簡潔に伝え終えると、二人は沈黙をもって返す。
なにか私おかしなこと言ったかな? 私ごときじゃこれくらいしかできないし思いつかなかったから、是非二人の意見も聞きたいところなのだけど。
ややあってミームが口を開き、シルフィードもそれに続く。
「せんせえすごい……」
「さすがです……エイミー様が私を創ることが出来たのも納得です」
「えぇ……そう? っていやいや、なにか疑問とかないの? 二人とも」
私の言葉に無言の頷きで返す二人の目は、もう私に心酔してますオーラに溢れていた。まるで『貴女が言うことは疑う余地もございません』とでも言いたげだ。
そんな目はさて置き、私がやろうとしていることはこういうことだ。
せっかく書いたのにもったいないとミームが言った『魔導呪符』をシルフィードに粉末状にしてもらう。もちろん『禍魔威太刀』で、だ。
それをおなじく粉末状にしたウチワオオクマザサと混合する。で、ここからが一種の賭けになるのだけど、ミームに連れられて行ったお土産コーナーでたまたま買った『膠』。これをワセリン代わりとして塗り薬を作って塗布、というのが最後の処置だ。
膠というのは動物の皮膚や骨、腱などに含まれるコラーゲンに熱を加え抽出したもので、前世にもあったものだ。その用途は様々だけど、固着材としての用途もあるし、なにしろ原料がオオギヨウそのものだから、拒絶反応もないはずだ。
ただ弱点は『匂いがきつい』ことと『腐りやすい』ことなのだけど、匂いに関しては塗布対象が家畜だし、防腐効果もあるウチワオオクマザサが主成分だから、余剰はジムさんに託せば問題はないし、最悪使い果たしても、原料となる粉末は充分に残してある。B5大の魔導紙に書いて正解だね。
話を聞いたシルフィードは、早速温風と禍魔威太刀を駆使して混合を始めた。膠が溶解するまで様子を見ながら温度を上げ、時に練り込むように禍魔威太刀を縦に横に走らせる。
徐々に膠の色が飴色から均等な濃緑色に変わったことを確認、三人は最後の作業に取り掛った。
『魔導詩を切り刻んで使う』ことへの不安とは裏腹に、夏らしい晴天の空は、心配しないでと言わんばかりにどこまでも澄み渡っていた。
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しばしの時間が経ち、ようやく塗布が終わった。作業としては左右のツノの付け根、つまり患部に私とミームで塗布。シルフィードはキングが起きた時のことを考え警戒、時折塗り薬が固まらないように温風を当てつつ、汗ばんだ私たちに冷風を送る、というもの。
体長5m以上の生物が有するツノ故にその外周も長く、作業はなかなか骨が折れた。しかもキングを起こさないように頭上の移動も慎重にしなくてはならなかったし、足場も良くない上にやったこともない作業。私もミームも心身共にヘトヘトだ。対してシルフィードはいつも通り涼しい顔で、今も私たちを心地いい冷風で労ってくれている。
二人して汚れるのも気にせず地面にそのまま座り込んで、
「大変だったでしょ? ミームお疲れ様」
「うん、でもフィーちゃんのおかげであんしんしてできたよ!」
「お二人とも、ご立派でした。素晴らしい仕事をされたと思います」
なんてお互いを褒め合って穏やかな時間を過ごしていると、
「メエェ……?」
どうやらキングのお目覚めのようだね。念の為三人とも距離を取る。シルフィードが私たちの前に浮かび、厳戒態勢を取った。
ゆっくりと瞼を開くキングを見れば、目の色も落ち着いて放牧個体となんら変わらないものになっていた。まずは一安心だね。
シルフィードに拘束させた前肢の禍魔威太刀を解除させると、それに気づいたキングがのそりと立ち上がる。こんな近くで『寝ていないキング』を見ると、やはり『キング』だけあって、クイーンや放牧個体、つまり雌個体とは違う雄々しい迫力を醸し出していた。
キングはひとつ大欠伸をしたあと、頭をブルっと数回振った。違和感に気づいたキングは周囲をキョロキョロし、私たちに視線を合わせると、「メエェ……」と鳴きながら近づいてきた。というかキングも声ちっさ。
それにつられて私たちもつい小声になってしまう。この方がキングを刺激しないよね。というか三人で念話できればいいのに。
《大丈夫かな……? 怒ってない……よね?》
《たぶんだいじょぶ……まえにみたときといっしょにみえるもん》
《お二人とも、大丈夫です。なにかあれば私が完膚なきまでに……》
《ちょっと物騒なこと言わないでよシルフィー……》
正面間近に立つ巨大生物に戦慄混じりで身構える。シルフィードは相変わらず警戒を解かずに対峙、ミームは大丈夫とは言ったものの多少は怖いらしく、私の背中にぴったりと張り付いて顔だけ覗かせている。当の私といえば、正直脱兎の如く逃げ出したい気分なのだけど、仮にもミームの保護者だし、何しろこの場では私が一番の年長者なのだ。だから逃げるわけにはいかない。
すると、キングはまるで御礼でも言いたいのか、頭をゆっくりと下げたあと、
「メエェ! メエェ!」
と可愛く鳴きながら、私たちに頭を擦り寄せてきたのだ。それこそ子犬のように、と言いたいところだけど、なにしろ巨大生物だからその圧は結構なもので、頭を擦り付けられるたびに尻餅を突きそうになった。
そんなキングの態度にいつしか『怖い』という感情も霧散して、顔を撫でてあげたり顎の下をこしょこしょしてあげたり。キングもそれが嬉しいようで、されるがままに撫でられていた。
すると、キングは頭を上げて自分の背中を一瞥したあと「メェ〜〜〜」とひと鳴きしてその場に座り込む。そしてまたこちらに視線を向けながら「メェ〜」と鳴いた。
「どうしたの? どこか痛い?」
「患部を見ても特に異状は見られませんが…」
「せんせえ、もしかして『せなかにのって』っていってるんじゃないのかな?」
「まさかそんな「メェ!」ってほんと!?」
オオギヨウってそんなに頭いいの? 確かにさっきから人語を理解してる節はあったけど。
ありがとーと言いながら、あっという間に背中に到達したミーム。さすが『S級もこもこのぼり士』だね。これは私の勝手な命名だけど。
「せんせえもはやくおいでよー」
「わ、私も!? 高くて登れな……ってシルフィー!?」
呆気なくシルフィードの風でキングの背中に運ばれてしまった。というかさっきは処置で必死だったから気づかなかったけど、結構高さがあってちょっと怖い。
するとキングは「メエェェェェェ!」と天に向かってひときわ大きくひと鳴きすると、私たちを気遣うように緩慢に立ち上がった。
動物の背中に乗るなんて初体験だけど、慣れるとなかなかいい気分だ。では私はそろそろと言いながら、シルフィードは【セミステルスモード】に移行した。よし、準備はできたね。
「じゃあ帰りましょうか?」
「メエェェェェェ!」
「しゅっぱーつ、しんこー!」
こうしてどうにか難局を乗り越えた私たち三人と一頭は、もと来た轍を辿り、村へと帰るのだった。




