第80話 ― 動乱(毛を掻き分けて)
まるで爆心地の如くに破壊された厩舎をあとにして四刻半ほど、ようやく横たわるミームの元に辿り着いた。
シルフィードが用意したであろう、新緑の葉で作られたベッドの上で穏やかな寝息を立てて横たわるミームの姿に安堵する。それまでミームを守っていた風のドームを解除したシルフィードは「では今度はキングの前肢を拘束します」と、一つ風の渦を空高く飛ばし、キングの居るであろう方向へと飛んで消えた。前後の肢じゃなくていいの? と問うと、
「はい。何が起こるかわかりませんので、念のために禍魔威太刀を一つ手許に残しておきたかったのです」
「なるほど。確かに前肢さえ拘束すれば移動は難しいよね」
「はい。あれだけの巨体ですから、あの短い後肢だけで立ち上がるのは難しいかと」
「そうね……それにしても無事でよかった……」
「はい……」
二人見合って細長い溜息を吐く。そういえばここへと至る道は、所謂『けもの道』になっていて移動しやすかったのだけど、それは元々そこにあったものではなく、キングの爆進の果てにできたものだとシルフィードは言った。そこそこの太さ高さの木々が薙ぎ倒されていたその道程を思い起こして背筋が凍る。
ひとまずミームの無事が確認できた私が次に考えたのは、
『なぜミームはクイーンではなくキングに『もこもこのぼり』をしたのか』
だった。こればかりは本人に聞いてみないとわかる術すべはないので、彼女の頭に足を滑らせ、『膝枕』の状態で彼女の目覚めをただただ待った。
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「……んー……? せんせえ……? わたし……」
「目が覚めたのねミーム! 大丈夫? 痛いところはない?」
「ミーム様、申し訳ありませんでした。私が付いていながらこんな……」
ゆっくりと身を起こしたミームは辺りをきょろきょろと見回すと、自分に起きたことを少しずつ思い出したように、
「せんせえごめんなさい……わたし……」
「ううん、無事で何よりだよミーム。で、一体何があったのか教えてくれる?」
「うん……あのね、わたしキングのツノがほしかった……の」
「ツノ? どうしてそんなものが欲しかったの?」
そう聞き返すと、少し所在なさげにもじもじし始めるミーム。それに優しい声音でシルフィードが返す。
「そういうことでしたら私が禍魔威太刀で切り落とすこともできたはずですが……もしかしてミーム様は『ご自分で取りたかった』のですか?」
「うん……あのね、みぎとひだりのツノでペアのものをつくって、ふたりでもってると、ずっとしあわせでいられるってママにきいたことがあるの。だからね、せんせえとわたしでもってたら、ずっといっしょにいられるっておもって。そうしたら……」
「いきなり暴れ出して、降りることもできずに結果、今に至ると……よく振り落とされなかったね?」
「はい、それは私が落ちないように四方から風を発生させていたので。そのくらいであれば禍魔威太刀を使わずとも可能です」
聞けば聞くほどシルフィードの能力に感嘆する。
キングに追いつけなかったにも関わらず、彼女は風を完璧に制御してミームを守り抜いた。ということは、風を制御できる距離はかなりの長さなのだと推測できる。しかしながら今はそれについて、状況が状況だけに一旦棚上げにした。
それはさておき、『キングもこもこのぼり』がそんな可愛い理由だったとは夢にも思わなかったけど、危険なことには変わりない。だからここはきちんと注意しなきゃね。
「あのねミーム。その気持ちはとても嬉しいよ。私に内緒で取って驚かせようとしてくれたんでしょ? でもね、それが原因で怪我したりしたら先生とっても悲しいよ? もう起きてしまったことは仕方ないけど、もう危ないことはしない、って約束してくれる?」
「はい……」
「ならよろしい。先生もう、これ以上は何も言わないよ……無事でよかった」
「っ! ……ごめ、ん……なさ……うわあぁぁぁん!!」
私の胸に飛び込んで号泣するミームをただただ抱きしめる。普段は私の言うことはちゃんと聞いてくれるミームも、さすがに今回のことはよろしくないと感じたのだろう、一頻ひとしきり泣いて落ち着くまでにそこそこの時間を要した。
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「じゃあそろそろキングの方に行こうか? ミーム歩ける?」
「うん、だいじょぶ」
「ではご案内します。ここから少し歩けば到着しますが、足元にはご注意ください」
シルフィードの案内で歩くこと15分、後肢を拘束されたキングの元に辿り着いた。ここで随分と暴れたのか、厩舎同様にその荒れ具合は相当なものだった。まだ意識は戻っていないのか、暴れる様子もないので、念のためミームはその場で待機させミームの欲しがるツノのある部分、つまり頭部に歩を進めた。
まじまじと観察し、改めて意識のないことを確認してからそのままミームに背中越しで声をかけた。
「ミーム。今ならツノはたぶん切り取れると思うけど、途中で起きるかもしれないから、シルフィーに切り取ってもらう、でいいかな? シルフィーなら時間もかけずにできるから」
「うん……フィーちゃんお願いできる?」
「はい、もちろんですミーム様。お任せください」
胸に手を当てて首肯したシルフィードは、手首に残した風の渦を禍魔威太刀へと展開、あっという間に左右のツノの先端10cmほどを切り落とす。しかも、キングを初めて見た時にジムさんが言っていた『普段は先端を少し切り落として丸く研ぐ』を覚えていたのか、頭に残るツノの先端を、それは見事な半球状の断面に仕上げていた。これで万が一暴れても大丈夫だね……たぶん。
切り落とされた一対のツノは見るからに硬そうで、互いを打つと乾いた音がカーンと静寂の森に鳴り響く。それをミームに見せたあと、邪魔にならないようにアイテム袋に収納してから、さて目の前に倒れるこの巨大生物はどうしたものかと思案した。
「さすがにこのまま放置、ってわけにはいかないよね……」
「そうですね。雄の個体はこの一頭とのことですから」
「キングもほんとはおとなしいんだよ? なんかことしはおかしいんだって」
「おかしいってどんなふうに?」
「えっとね、目がふだんよりもあかくていらいらしてるんだって」
目がおかしいというのは私も感じていたことだったのだけど、やはり何かがキングに起きているのは間違いない。とはいえ私はただの生き物好きで、専門的に勉強したわけじゃないから、観察したところで原因を特定するのは無理かもしれないけど、まずは行動だ。
最初に、誰もがおかしいと感じていた目を観察してみる。ただ気絶――見た目は穏やかな顔で寝ているとしか見えない――はしているものの、いつ起きてくるかわかったものではないから、少し離れたあと、シルフィードに風を起こさせ、無理やり瞼を開かせた。「私は実体があってないようなものなのでご心配なきよう」と彼女は言うけど、私はどうしても『親の目線』で見てしまうから、不安は拭えないままだ。
「確かにこれは充血というか……まるで何かに取り憑かれたみたいだね」
「仰る通りですエイミー様。クイーンも放牧個体にも、こういった状態のものは見受けられませんでした」
「だとすると、身体の他の部分で異変があって、結果わかりやすい症状として目が充血してる……と考えるのが普通かしら」
なんて偉そうなどこかの学者先生みたいに考えるけど、その実はさっぱりわからず。仕方ないので毛をかき分けて皮膚を見てみたり、蹄を見てみても特に変わった様子は見られなかった。
「せんせえー、そういえば」
3mほど離れた場所で待たせているミームが声を上げた。
「どうしたの?」
「えっとね、キングがはしってるときね、やたらあたまをふってたようなきがするの!」
「頭?」
頭を振るということは、やはり原因は頭部のどこかなの? とは言っても目はもう見たし……あ、まだ見てないところがあった。
「シルフィー、私を風で持ち上げることはできる? 私の寝相を直せるくらいだからできるよね?」
「あまり長時間は無理ですが、10秒ほどであればなんとかできると思います」
「それでじゅうぶん。私をキングのツノまで運んでくれる?」
「? 了解ですエイミー様。くれぐれもお気をつけてください」
ツノの生え際部分まで風で運び下ろされ、ここしか思い当たる場所がないと深く生え揃った毛を掻き分け、当該箇所まで辿り着く。
「ここね……!」
やはりそうだと確信した私は、再びシルフィードに地面へ戻してもらい、対策を立てるべく、二人を呼び寄せ会議を開いたのだった。




