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第77話 ー 毛刈り祭り06(ミームの不安)

「うん……わかったせんせえ。わたしがんばってみる……」

「そう、良かった。よろしくねミーム」

「……うん」


 ミームは一言返事を返すも、目線は手渡した『この国 の歴史』にある。


 私がこの本を図書館から借り、みんな――識字率はさて置き――が読みやすいように書き直し、そこに文章に基づいた挿絵を入れる、そこにミームの絵を使いたい。ただ、それには魔導紙に魔導ペンで描く必要がある。ミームはまだ成人前だから、その作業に必要な『魔』をどのくらい保有しているのか、そもそも彼女に魔導ペンを扱えるのか。その辺りの事情を噛み砕いて説明した。


 ふむふむ、うーん、と頷いたり小首を傾げるミーム。しかしそれとは裏腹に表情は徐々に翳が落ちていく。彼女なりに「これは大事おおごとだ」と感じとったようで、肩の震えが止まらない。そして表情は不安一色に染まった。

 見兼ねたシルフィードが、これ以上はないくらいの優しい表情を向ける。


「……大丈夫ですよミーム様。私も微力ながらお手伝いしますので」

「シルフィーの言う通りだよ。もちろん先生も手伝うしね」

「……でもせんせえ、『まどうペン』ってあのきれいな羽ペンでしょ? わたしにつかえるのかな……?」


 まるで「わたし、やくにたてるのかな……?」と、所在なさげに彷徨うミームの今にも泣き出しそうな視線は、やっとの思いで縋るように私に辿り着く。

 そんな彼女(弟子)を安堵させるのも(師匠)の役目であるのは自明の理。そっと彼女を手繰り寄せ、ぽんぽんと頭を優しく撫でる。


「うん、大丈夫だよ……って言いたいところだけど、正直私にもわからない。でもね、魔導ペンが使えなくても私は構わないと思ってるの。そもそもそんな目的で弟子にしたわけじゃないし、ね。魔導ペンが使えたらラッキー、くらいに思ってただけだから、ね?」


 実のところ、使えたらラッキーどころか、『魔導詩』そのものが一歩先に進化するんじゃないかくらいに考えているのだけど、過度の期待をミームに背負わせることは絶対にしたくないから、こう言わざるを得なかった。

 でも、というかやはりそれでもミームは納得しきれない様子で、隠しきれていない大きな不安、そして力になれるかわからないもどかしさ……そんな複雑な感情を浮かべるも、絞り出すように嗚咽混じりで私に縋る。


「でも……でもわたし、せんせえのやくに……たちたい……もん……」

「うん、うん……ありがとうミーム。不安にさせちゃってごめんね。だから、ね? ゆっくり二人……ううん、三人で一緒に考えよう? 私もミームもまだまだ先は長いんだから。……ずっと一緒にいてくれるんでしょう?」


 手繰り寄せた小さな体をきゅっと抱きしめて、震える背中をぽんぽんとしながら、精一杯の母性を込めて耳元で囁く。かつて前世で母親にそうされたように。


「だから大丈夫。先生、ミームとならなんでもできるって信じてるよ」

「っ!……せん……せえ……うわぁぁぁぁん!」


 大声をあげて泣く彼女。今は余計なことを言わず、時々「うんうん」と頷くだけに留めた。まだまだ九歳の子供に、薄っぺらい言葉をかけるほど私は無粋ではないし、もし自分がミームの立場なら、何も言わずに優しく包み込んで欲しいから。

 シルフィードも私の心を読んだのか、何も言わずにミームの頭を小さな掌にありったけの慈愛を込めて、よしよししている。


「うっ……ぐすっ……」

「どう? もう落ち着いた?」

「……うん、だいじょぶ……せんせえごめんなさい」

「なんでミームが謝るの? むしろ謝るのは先生の方だよ?」

「そうですよミーム様。ミーム様は何も悪くありません」

「うん……でも、しんぱいかけちゃったのはわたしだもん。だから……」


 ここでミームは私を振り解き、決意も新たに、


「せんせえ、フィーちゃん、ありがとうございます……わたし、じぶんのだいじなことはじぶん……と、せんせえとフィーちゃんでがんばる! だから……これからもよろしくおねがいしますっ!」


 と、深々と頭を下げた。


「こちらこそよろしくねミーム。先生も、みんなで頑張りたいです。シルフィーもよろしくね。私たち、家族なんだから」

「! は……はいっ! 私も至らないところがあるかも知れませんが……エイミー様、ミーム様、よろしくお願いいたします!」

「かぞく……かぞく……! うん!」


 ここに、小さな、そしてどこまでも愛おしい家族が生まれた。血の繋がりはなくとも絆はいくらだって強くできる。だから私は二人を大事にしたい。そう決意したのだった。


「じゃあそろそろ寝ましょうか。明日が最後の毛刈りだから、もうひと頑張りしないとだし」

「うん! あ、せんせえ……あのね、おねがいがあるの……」


 ん? なんかミームがのの字を書きながら紅潮してるね。お風呂上がりで散々泣いちゃったから火照っちゃったのかな。


「どうしたの? 先生にできることならするよ?」

「えっとね、あのね……い……に……ても……すか?」

「ん?」

「……いっしょにねてもいいですか!?」


 一緒に寝る!? ま、まぁベッドも大きいし、あれだけ泣いた後だし、ましてや両親も今は帰ってしまったから寂しくなっちゃったのかな。両親の代わりはできないけど、一緒に寝るくらいなら私でもできる。それでミームの不安が緩和できるのなら、添い寝くらいお安い御用だよ。


「もちろんいいよ。さ、どうぞ」


 ベッドに招き入れるとミームはもう嬉しそうにぴょんと飛び込んでくる。

 もぞもぞとタオルケットの中を探検してからひょこっと顔を出した。その顔は達成感で一杯のご様子だ。そんな彼女を手繰り寄せて、私の隣に座らせる。


 ヘッドボードに二人寄りかかって雑談を交わしていると、ほどなくミームは夢の世界に舟を漕ぎ出した。時々弾かれたように目を開けるも、すぐに瞼を閉じる、を繰り返している。


「ふふっ。もう寝ちゃったね。可愛い寝顔……。じゃあシルフィー、私たちも休もうか?」

「了解ですエイミー様。あ、ミーム様は私が横にいたします」


 と言った瞬間、シルフィードは両の人差し指をくるっと回して風の揺り籠を発現、ミームを包み込んで浮遊させたかと思うと、ゆっくりとベッドに横たえた。


「そんなこともできるんだ……」

「もちろんです。時々エイミー様にもこうしているのですが、お気づきになっていませんでしたか?」

「……え? そ、そうなの!?」

「はい、少々寝相が乱れた時などは、私が直しています」

「ええぇ……。なんかすいませんお手数かけちゃって……」

「いえいえ、これも私の大事な仕事ですからお気になさらず」


 そっか、私、知らないところで色々お世話されちゃってるんだね……恥ずかしい……。

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