第75話 ー 毛刈り祭り04(疲労困憊)
「あ"あ"あ"ぁ〜疲れたぁぁ……」
「エイミー様、流石にそのままではお風邪を引いてしまいます。髪を乾かしますのでこちら「う〜ん、先にミームの髪をやってあげて〜?」」
「……はい、了解しました。ではミーム様、こちらに」
今朝の『毛刈り姫騒動』のあと。
ジムさんに承知の旨を伝えた途端「それはありがたいことです〜なんせエイミーさん、村の者よか上手いもんでねぇ〜感謝しますです〜」と言いながらすぐさまオオギヨウの群れ(あとから聞いたら予め一箇所に集めておいたらしい)に連れて行かれ、晩御飯間際までひたすら毛刈り、毛刈り、毛刈り……。
ほとんどの作業はシルフィードに頼り切りだったのだけど、そこそこ大きい毛刈り用のハサミ、重いのなんのって。
しかもあれだけ刈ったのに、まだ全頭数の1/5しか刈ってないとか……はぁ。
おかげで両腕はパンパン汗ダクダクで、晩御飯を待たずすぐにお風呂を頂いた。浴槽ではミームが甲斐甲斐しくマッサージをしてくれたから、少しは楽になったのだけど、まだ全身の怠さは抜けきっていない。ほんと疲れた。
だからなのか、自分の口調がまるでジムさんのように間伸びする。
「ミーム〜シルフィーのすごいところ〜見せてもらうといいよ〜」
「かみのけをかわかすこと?」
「そうよ〜私の髪はシルフィーが管理してるっていっても言い過ぎじゃないんだから〜期待していいよ〜」
鏡台の前で、足のつかない高さの椅子に座るミームを見れば、何が始まるのかを楽しみにしているようで、両足をゆらゆら揺らしている。
私は転生者だから『ドライヤー』を当たり前に知識として持っているけど、この世界では電気というものがないし、お世辞にも文明は前世と比較しても少し遅れているから、ドライヤーなんてものはない。だからミームがどんな顔をするのか、実はちょっと楽しみなのだ。
「ではまず、ご自身で椿油を髪に馴染ませていただけますか? ……はい、そのくらいの量で大丈夫です」
シルフィードに促され、両掌に少量の椿油を擦り広げると、慣れない手つきで髪に馴染ませていくミーム。少し離れたところで観察している私にも、その香りが届く。
「では始めますね、ミーム様」
「う、うん……おねがいします」
その刹那、シュゴォォと風の精霊が起こす心地よい温風と丁寧なブラッシングに、それまで緊張の面差しを浮かべていた弟子の顔が一気に豹変する。
「……え? え?? えーっ!? すごいっ! あったかいよフィーちゃん!?」
「どうですか、ミーム様?」
「うん、きもちいい……なんかねむくなっちゃいそぅぅ……」
その未知の体験のあまりの気持ちよさに、ミームは目を閉じたままうっとりとして微動だにしなくなる。
「うわ〜きもちいい……あったか〜い……(ミーム心の声)」
そうでしょうそうでしょう!? シルフィードのドライヤーは最高なんだからね。しかもこれから毎日やってもらえるんだから。これで今以上にミームの髪はツヤッツヤになるね。
ものの数分でミームの髪は乾き、綺麗な金髪がさらに美しさをアップ。私ですらここまで綺麗にはならないなぁ。いいなぁ金髪。私の栗毛色じゃここまでにはならないもの。
(エイミー様の栗毛色の髪も、充分に美しいと思います)
(そうかなぁ? どう見ても金髪の方が綺麗だと思うのだけど)
(付け加えましょう。エイミー様のイメージ……聡明で柔和な雰囲気をより引き立てるのが今の髪色なのですから。故に美しいのです)
(……もう)
どうもミームに姿を見せてから、二人の私への絶賛がちょいちょい出てくるんだよね。さっきの入浴中にもこんな一幕が。
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「エイミー様は意外とお茶目で可愛らしいところがあるのです」
「そうなの!? ふだんのやさしくてかっこいいせんせえしかしらないからよくわかんないや」
「もちろん普段から優しくて凛々しいのですが、一人でいる時のエイミー様は、皆さんの前で見せるのとはまた少し違った魅力があるのです」
「そうなんだ! かえったらわたしもいっしょにすむから、せんせえのこと、もっとすきになっちゃうかも!」
「えぇ勿論です。そんなエイミー様を私たちで支えていきましょう」
「うん、がんばろうねフィーちゃん!」
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こんなことをずっと目の前で言われる私の身にもなってほしい。褒め殺し、いやここまでくると褒めオーバーキルなんですけど。
おかげでろくに湯船に浸かってもいないのに、のぼせちゃったのは二人には内緒だ。子供とはいえ「もっとすきになっちゃうね!」とか言うんだもんミーム。恥ずかしいじゃない。でも、そこは「もっと尊敬しちゃうね!」って脳内変換しておこう、だって恥ずか死んじゃうよ私。
「す、すごいねフィーちゃん。あっというまにかわいちゃった……」
「いえ、このくらいは造作もないことです。これからは毎日、私がミーム様の髪をお手入れするつもりなのですが、お気に召しましたか?」
「うん! おねがいします! だってきもちよかったもん」
「……承りました、ミーム様」
さて、私もそろそろ乾かしてもらおうかな、と思ったのだけど――
コンコン。
「エイミーさ〜ん。そろそろ晩御飯なもんで〜下《食堂》までお願いします〜」
「は、はーい。もう少ししたら降りますのでー」
「わかりました〜では準備しときますよってに〜」
パタパタと階下に戻るジムさんの足音を聞きながら、急いで髪を乾かしてもらう。シルフィードもいつもより手際良くドライヤーをかけ始めた。
ミームだけは先んじて食堂へ向かわせて、私もすぐに食堂へ向かう。
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「えっ……『毛刈り祭り』が終わるまで、ですか?」
「はい〜できたらそうしてもらうとめっさ助かるんですわ〜」
要するに、本来なら三泊四日のスケジュールだった今回の旅行を、毛刈り祭りの開催期間、つまり一週間フルで滞在し、その間も私に――というかシルフィードなんだけど――毛刈りを『仕事として』手伝ってほしい、そう言っている。
今日一日の私の働き振りに、ジムさんは痛く感激したようで、明日以降もお願いしたいということなのだ。
私自身はスケジュール的な問題はない。ただ、ピートさん一家は、戻り次第家具製作があるとのこと。私一人でここに残るのか……どうしたものかと考えていると、横でスープを啜っているミームがスプーンを持ったまま話し始める。
「せんせえだけのこしていくわけないよ。わたしものこるからだいじょぶ」
「ミーム……。えっと、皆さんよろしいでしょうか?」
大丈夫だとは思うけど、念の為ピートさん一家に確認を取る。
「あぁ、もちろん構わない。知った土地に少し長く残るくらい訳ないさ」
「こういう体験もなかなかできないだろうし、二人で楽しんだらいい」
「そうですよ先生。私たちのことはお気になさらないでね」
好意的に了承を得られて内心ホッとした。まぁ村長のジムさんも、ちょっと頼りない感じは否めないものの、ミームの叔父さんだし大丈夫か。あまり深く考えてもしょうがないかな。
「それでですね〜報酬なのですが〜――」
ちょっと吃驚するくらいの金額を提示されて、慌ててこれを慎んで固辞すれば、案の定頑として譲る気はないジムさん。でも、帰ってからはミームと二人暮らし、ってことを考慮すると、ここは遠慮しないほうがいいのかも。でもなぁ、そんな大金受け取れないよ……困ったなぁ。
困り果てた私をフォローするかのように、ミームが妙案を投じた。
「じゃあせんせえ、かわりにおにくとか、けをもらえばいいんじゃないかな?」
「! そ、そうだねミーム。それはいい考えかも。ジムさん、それならどうでしょう?」
「あ〜そんなんでいいのかねぇ〜エイミーさんさえよければわたしは一向に構いませんですよ〜」
「では、それでお願いいたします!」
結局、40,000ガルとオオギヨウの肉10kg(!)、楽に二人分の冬物コートが作れるくらいの量のヨウル、という報酬で手打ちになったのだった。
というか、10kgの肉、どうしよう……。