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第71話 ー 耳が

 整然と並んだ木の板がぼんやりと見える。あれは……天井?


(あ、そうか……私、キングの鳴き声で気絶しちゃったんだ……)

(大丈夫ですかエイミー様!?)


 狼狽えて羽虫のように所在なく飛び回るシルフィードの念話が頭に刺さる。

 ゆっくり上半身を起こす。寝泊まりさせていただいている部屋のベッドに寝かされていたようだ。あー、なんか耳鳴り(キーンって)してる。


(うん、大丈夫。それよりもみんなは?)

(はい、キングオオギヨウの鳴き声の大きさは皆様ご存知だったようで、咄嗟に耳を塞いで対応していました)

(なるほど、だからミームは『先生! 耳!』って言ってたんだ……)

(そのようです。エイミー様が倒れた時のミーム様の慌てようは、それは見ていられないものでした。我を忘れて泣きじゃくっていたのです)


 それは悪いことしちゃったな。まさかキングの鳴き声があんな大きいなんてね。ミームにはいらぬ心配をかけてしまって申し訳なく思う。さぞ不安だったんだろうな……。


(そっか……心配かけちゃったね、みんなには)

(はい……私も流石に今度ばかりは心配を……)

(ごめんね、でももう大丈夫だから)

(……こちらこそ私がいながらこんなことになってしまい、申し訳ありません)


 肩を竦ませるシルフィードを伴い、みんながいる食堂に降りる。ただ声が聴こえないけど……。でも食堂にはみんながいた。いたのだけど、ほとんど音がしない。口は動いてるんだけど……もしかして聴こえてない?


「………………で…………?」

「…………とめ…………!」

「い…………!!」


 だめだほとんど聴こえない。一時的に難聴っぽくなったみたい。道理でさっきから耳鳴りがするはずだね。さて困ったと思案すると、


(エイミー様、聴こえづらいようであれば、私が念話でお伝えしますので、エイミー様は、どなたが喋っているのかだけ、口元でご判断いただければと)


 と言うシルフィードの提案に首肯する。でも、耳が聴こえないと知られたら、今後の旅行スケジュールを乱しかねない。それは私も不本意だし、何しろ自分自身が楽しみたいのだから、ここは黙っておくことにする。時間が経てば治るだろうし……たぶん。


「あの……皆さん、ご心配おかけしました、もう大丈夫です。でもちょっと耳が聴こえづらいので、少し大きめな声でお一人づつお話いただければ、と」


 皆さん私の方を一斉に振り向き、矢継ぎ早に話し始める。それをほぼ同時に念話にして飛ばすシルフィードの能力に感心する。しかも声色も極力似せてくるのも妙に上手いなとさらに感心。


【そかそか〜吃驚びっくりさせてしもったね〜】

【ジム兄ちゃん! 吃驚とか以前にちゃんと説明しなかったのが悪い!】

【せんせえ、みみだいじょぶ……? ほかにいたいところとかない?】

【キングの厩舎の魔導詩は、クイーンのそれと同じ場所に付けたから問題ないと思うが、体調が大丈夫であれば、入り口ごしでいいから見てくれれば助かる】

【ま、親父が大声出さなきゃこんなことにはならなかったけど、な】


 それぞれが何かを言っているけど、まず、ここで真っ先に答える必要のあるミームに応える。心配させちゃったからね。


「ミーム……心配かけちゃったね。でも、もう大丈夫だからね」


 涙跡もそのままのミームをこちらに抱き寄せ、背中をぽんぽんと優しく叩くと、やっといつもの顔に戻り、安堵を浮かべた顔がこちらに向いた。


「あとピートさん、もちろんこのあと魔導詩の確認もします。でも、できれば誰か付き添いに――」


【もちろんでしのわたしがつきそうからね! みんなはこなくていい!】

【でもなぁ、子供たちだけじゃ心配だろミーム? じぃじも――】

【じぃじもこなくていい! だってじぃじがきたらまたおおごえだすかもしれないでしょ!? それにせんせえはもうおとなだし!】

【なっ!?】


 あらあら、よほど堪えたのか、ピートさんが普段の厳格な姿とは真逆なくらいに縮んでしまった。普段の80%くらいの大きさになっている。しかもミーム、痛いところを突いたみたいで、すっかりピートさんは(無言)になる。


「ありがとうミーム。じゃあ先生頼っちゃおうかな……?」

【うん! まかせて! じぃじみたいなことはしないし!】


 またもやピートさんは追い討ちでさらに10%縮小しちゃいました。ちょっと可哀想。


 それでも心配する大人たちに一礼をして、キングの厩舎に向かい魔道詩の確認を済ませた。取り付け場所も問題なく、作動も問題なし。


 すぐに食堂に戻り報告だけを簡潔にし、一人で少し休みたい旨を伝えると、ミームだけは悲しそうな顔をしていた。だけど、これは師匠命令なんだと自身で飲み込んだようで、明日の毛刈り祭りの準備の手伝いと、空いた時間で風景のお絵描きをする、と言って大人たちと食堂を後にした。


(念の為だからね、シルフィー? ほんとに大丈夫なんだから)

(はい、慎重なのはエイミー様の美点ですから。今度は私も気を緩めないようにしますので、ご安心ください)

(うん、わかった。じゃあ少し横になるね)

(はい、おやすみなさいませ、エイミー様)


 ベッドに倒れ込むと、すぐに意識はどこかへ去っていった。


―――――――――――――――――


 夕食になる頃には、ほぼほぼみんなの声が聴き取れるようになり、まだ少し体調が心配、という名目で、お風呂も早々に済ませ、床に就く準備を始めながらシルフィードに念話を飛ばす。隣のベッドでは、色々あって泣き疲れたミームが既にすぅすぅと寝息を立てていた。


(もうほとんど聴こえるようになったからねシルフィー)

(そうですか、それは何よりです、エイミー様)

(それはそうと、少し気になることがあってね……?)

(気になること……ですか?)


 そう、キングから咆哮を浴びるその瞬間、目が合った時に気づいたのだ。


(キングの眼がね、ものすごく血走っていたの)

(血走っている、とは?)

(オオギヨウって顔は可愛い、というか穏やかな顔じゃない? でもね、キングのあの眼はただ事じゃないと思ったの)

(繁殖期間近だから、とかではないのでしょうか?)

(うーん、なんかね、そういうのとは少し違うように見えたのよ。むしろ病気とか怪我とか……体調不良? そんな印象なんだよね)


 生き物好きな私としては『なぜキングの眼があそこまで血走っていたのか?』がどうしてだか妙に気になるのだった。

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