第70話 ー キングオオギヨウ
「先生冷や汗かいちゃったよ……突然あんなことするんだもん」
「しんぱいかけてごめんなさい、せんせえ」
「でもいつもやってるんだよね?」
「うん、やってるよ……でもねてるときにしかやらないよ」
ミームのクイーンオオギヨウ登山。
いつもやってるとは言うけど、初めて見た私はもう生きた心地がしなかった。あんなに大きい生き物の背中に乗るなんて、ミームはなかなかの豪胆だなぁ。先生には絶対無理だよ。……自身の名誉のために行っておきますけど、決してビビりじゃなくて、慎重なだけです! ……嘘ですビビりです。
「大丈夫だって言うのなら、そこはミームを信用するしかないのかな……」
「でもせんせえがだめっていうならもうしないけど……」
(エイミー様、いざとなったら私が風のクッションを構築・保護します)
(あ、そういうこともできるんだね。わかったシルフィー、よろしくね)
(お任せください、エイミー様)
さすが私のシルフィードだ、ミームまで護衛してくれるんだね。なら……。
「うーん……ま、いいかな。でも、ちょっとでも危ないようならすぐ止めるんだよ。それなら先生、許可します」
「わかりました!」
シュタッと額に手をかざして敬礼すると、その小さな歩みはキングの厩舎に向かう――のだけど。
さっきまでの意気揚々とした歩みは鳴りを潜め、何かに警戒しているように、厩舎入り口から決して中に入らず、そっと覗き込むミーム。
「どうしたの? 中に入らないの?」
「しっ! おうさまにあうにはなるべくしずかにしなきゃだめなの。うるさいから」
「そうなんだ……うん、わかった。小声で話すようにするね。って、煩い?」
キングオオギヨウって、要するにこの村にいるオオギヨウ唯一の雄個体、ってことだよね。そんなに雌雄で性格が違うもの? メスは放牧地の個体は大人しかったし、クイーンに至っては、睡眠中とはいえミームが体を登っても起きないし。
アリやハチみたいってことは大きさもクイーンほどじゃないのだろうし、そこまで警戒するもの? というか煩いってなに?
抜き足でキングの厩舎にお邪魔すると、当然のように大きな――どうやらクイーンよりも一回り小さいようだ――毛むくじゃらの生き物が、クイーン同様頭を奥にして鎮座していた。一回り小さいとはいえ、あくまで体長約10mのクイーンと比べてだから、どちらにしろ大きいことには変わりない。やっぱり少し怖い。
《あ〜エイミーさん、おはよ〜ござります〜これがキングですやんな〜今は盛りのちょい前なもんでね〜ちょっこし、気ぃが立っとるでの〜音ば静かにしてつかぁさいの〜》
《はい、わかりました。気をつけます》
小声で話すジムさんに、私も小声で返す。
盛り、つまり発情期ってことだけど、どんな動物も発情期〜子育て期って親は気が立つから、これは当たり前の習性だ。
《そんよかエイミーさん、キングもでこいやろ〜。角なんぞもみてみっかい〜?》
《えっと……『よか』?『でこい』? ってどういう意味でしょうか?》
ジムさんの訛りが、実は時々わからないことがある。いつまでもわからないままだと、齟齬が生じる可能性もあるから、思い切って聞いてみた。
《……そうですね〜、確かにここの訛りは分かりづらいですよね〜。これは失礼しました〜。さっきのは『それよりもエイミーさん、キングも大きいでしょう? 角も見てみますか〜?』って言ったんです〜》
やっと私にもわかる言葉で話してくれたよジムさん。でもイントネーションは変わらないんだね、なんかちょっと面白い。
《角ですか! ぜひ見せてください》
《わたしもみる〜》
《じゃあ〜くれぐれも大きな音を立てないように〜ゆっくり行きましょう〜》
《はい、わかりました。ミームも静かに、ね?》
《うん、わかったー。せんせえもくしゃみしちゃだめだよ?》
《おっとミーム、フラグ立てないようにね》
張り詰めた空気を縫うように、できる限りの抜き足でゆっくりとキングの横を通り抜ける。やがて前身が見えてくると、ミームの言っていた通りのものが姿を現した。
恐ろしいまでの大きさを誇るキングの巻き角。ぐるりと巻いたそれは、見様によっては禍々しく、そしてキングの威厳そのものを誇示している。先端も鋭く、あんなもので突かれたらひとたまりもないだろう。が、その先端は前世で知っていた『ビッグホーン』とは違い、上を向いていた。
《角、大きいでしょ〜あれ、本当はね〜先端は少し切り落として丸く研ぐのですが〜今年はなぜか角を触らせてくれなくてね〜あのままなんですよ〜》
《確かにあのままだと危険ですよね……》
《まえみたつのよりおっきくなってる〜》
《まぁ基本大人しいから〜大丈夫だと思いますよ〜》
すると後ろから付いてきたジェシーさんがここで口を開く。
《ジム兄ちゃん、そんよか先に魔導詩でしょ?》
《そかそか〜でもな〜せっかくだからそんよか先にエイミーさんに角ば見せてやりたいもんね〜》
《いやそんよか魔導詩やろもん、折角寝とるんやき》
《待ちぃよ〜今もう近うにいるんだで〜魔導詩よか角じゃろ〜》
私としては、割とどうでもいいその優先順位を言い合う前に、サクッとどちらかに決めて欲しいのだけど、それを近くで見ているピートさん、すごくイラついている。これやばいんじゃ……。
「……うるせぇぇぇぇ!! よかよかよかよかウルセェわーーーー!!」
「「「「「あ……」」」」」
大声出しちゃった。まさかのピートさんが盛大にフラグを立てる。本人もすぐに気づいて慌てて口を覆う。
しかし時すでに遅し、キングは覚醒し、のそりとこちらに振り向き私と目があった。その刹那、大きく息を吸い込んだキング。
「せんせえ! みみ!」
え? 耳? 耳がどうしたの――
「メ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"エ"エ"エ"エ"!!!!」
キングの凄まじい音圧を孕んだ咆哮が、厩舎中に響き渡る。厩舎がミシミシと鳴き、大気がビリビリと震えた。
(これは威圧……?)
と思うが矢先、その現象に体が耐えきれず尻餅をつき、そして意識を手放した。




