第69話 ー クイーンオオギヨウ
魔導詩を書く時に体が発光しているという衝撃の事実を知った後、ミームの案内でキングとクイーンの厩舎に足を向ける。
ちなみにここでの移動は全てミームにお任せになっている。なにせ母親のジェシーさんの故郷なのだから、何度もここに来ているミームにとって、ここは自分の庭同然のようだ。だから私としても小さな弟子のするがままに着いていくのが正しい。
でも、ここには見渡す限りの牧草とオオギヨウ、点在する家屋くらいで、視界を遮るものがほぼないのだから、一度場所がわかれば迷子になるのが逆に困難だと思う。
「せんせえ、あれがおうさまとじょおうさまのおうちだよ」
「へぇぇ、これはまた随分と大きなおうちだね」
流石オオギヨウの厩舎、と言わんばかりの大きさを誇る二棟の厩舎が見える。前世で言えば、湾岸沿いのちょっとした倉庫並みだ。しかもそれが木造とは、この世界の木造建築の技術ってどうなってるのかと妙な感心をする。
まぁ石造りで密閉するよりは、適度に隙間を作れる木造のほうが、豊富な毛量を誇るオオギヨウを育成するには理にかなってるのかも。
向かって右側厩舎の入り口で休憩するトムさんに、朝の挨拶を交わし、先ほど書き上げたばかりの『風の魔道詩』を手渡す。
「ごめんなさい遅くなってしまって」
「いやいや、こっちもついさっき設置が終わったところだ。ちょうどよかった」
「本当なら設置から立ち会いたかったのですが、その……つい寝坊を……」
自分でもちょっと迂闊だったと身を竦めて恐縮する。
「もう! パパ! せんせえいじめないで!」
「いやいやいや、パパは苛めたつもりは全くないぞ、なぁ先生!?」
「そ、そうよミーム? トムさんは私のこと、苛めてないよ?」
「がるるるるるー!」
歯を剥いて威嚇したミームは、普段のぷくー顔とはまた違った趣で、うんうんこれまた可愛いね……って、落ち着かせなきゃといつものように頭を撫でた。
ついでに優しく抱き寄せ、背中をとんとんしてあげると、あっという間にミームは破顔する。
「はいはい、どうどうどう……ミーム、トムさんは苛めてないし、そもそも私が少し起きるのが遅かっただけだから……ね? トムさんを許してあげて?」
「……うん! わかった。……パパ、わたしもうおこってない」
「お、おう、そうかそうか。ならよかった……って先生すごいな、こうなったミームをあっという間に宥めちまうとは、流石師匠ってところだな」
「え、えぇ。まぁ、一応私の愛弟子ですから。これも師匠の大事な仕事だと思っていますよ」
私は『理想の師弟関係』を、適切に褒め、適切に叱る、と考えていた。成人ならまだしも、ミームは九歳でまだまだ子供なのだ。その上、この旅行が終わったら、ミームは親元を離れ――とはいえ近所なのだけど――私の家に住み込むわけで。だからいわば私はミームの『師匠』であると同時に『保護者』になるのだ。
もちろんしっかりと勉強をさせ、その延長線にある『魔導詩士』ひいては『魔導絵士』まで到達できればいいと思う。だけどその前に、彼女には『良識ある大人の女性』にも育ってほしい。誰からも尊敬されるような、とまではいかないまでも、素直に健やかにのびのびと育ってほしいと思うのだ。
と、我ながら随分と大袈裟なことを、なんて考えていると、いつの間にかミームに手を取られ、厩舎に入っていることに今更気づく。
(え。え? えぇぇぇぇぇぇぇ! デカすぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)
ただでさえ大きいオオギヨウ。そして眼前のクイーンオオギヨウは、それよりも遥かにでかい! 確実に放牧地のそれとは段違いの大きさだ。
見た目で判断するに、体長は10mはあるだろうそれは、少しも動かずに頭を奥に向けて寝息を立てている。
「こ、これ、大きすぎない? 先生ちょっと怖い……」
「だいじょぶだよせんせえ。おっきいけどすごくおとなしいから。ほら!」
タタタっと駆け出したミームは、その勢いを殺さずにクイーンのお尻に突っ込んでいった。みるみるうちにその豊かな体毛に体が埋まって、完全に隠れてしまう。
ちょっとちょっと大丈夫なの? と消えた弟子の姿を探すと、超巨大生物のお尻の毛の一部がもそもそっと動き、それは徐々に速度を上げ、まるでモグラが穴を掘るかのように背中に向けて移動する。
「ぷはーっ。……せんせえーみてー! ほら、だいじょぶでしょー?」
「ミーム、危ないよ! 落ちたらどうするの!?」
「へーきへーきー、いつもやってるもん!」
気づけばクイーンの頂上まで到達した愛弟子は、ぶんぶんと手を振ってなんか楽しそうだった。せんせえもはやくおいでよーとか聞こえるけど、私はもちろんやりませんよ。怖いし。
あれ大丈夫なんですかと不安顔をトムさんに向ければ、いつものことだ、気にするなといった苦笑を浮かべて返した。
「まぁミームのことはほっといて、さっさと魔導詩を巻いちまうか。この後のキングの方が面倒だからな。じゃあ先生は下から指示してくれるか?」
「は、はい、わかりました」
流石にほっとくわけにもいかないので、一応ミームに注意を向けると、毛の中を出たり入ったりしてキャッキャしている。『親の心子知らず』だね本当。まぁ楽しいなら仕方ない、か。
一方の私といえば、背中に嫌な汗をかきながら指示を出し、ようやく三つの魔導詩が扇風機に巻き付いたのを見届けた。なんかドッと疲れました。




