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第64話 ー オオギヨウ

 その動物は、私の想像を軽々と超える大きさだった。


 ゴライアスアントゴート。近くだとその大きさが全く把握できないので5mほど離れて見たのだけど。ナニコレもはや魔獣でしょ? 5mも離れてるのに、その顔を見るには見上げないとならないくらい大きいんだよ? 

 でも、この動物の顔つきは私のイメージする魔獣のそれ――凶暴で目が血走っている――とは違ってどこか愛嬌がある。単に超巨大な動物なのかなぁ。


 でも今は、魔獣かどうかはさて置きこの動物だ。ジムさんはこの動物の名前を『オオギヨウ』というのだと教えてくれた。


(オオギヨウか……『大蟻羊』ってことなのかな……ゴライアスアントゴートを和名で言うとこんな感じなんだろうね……って、これヤギだよね? だったら『大蟻山羊』じゃない? ……って、まぁいいか)


 ざっとその姿を観察すると、体長5m位、全身は真っ白で豊かな毛で覆われている。顔つきは私が知る、所謂ヤギそのものだ。ただ、私の知るそれとの相違は、前脚と後脚の長さが違う点だ。マンモスみたいな体型、と言えばいいかも。

 頭部に関して言えば、目はクリっとした黒い瞳を有している。顔色は薄い灰色で、ここから推測するに、この動物はおそらくアルビノではなくリューシスティックなのかも。前世においてのリューシスティックといえばホワイトタイガーが挙げられる。生成される色素量が通常個体よりも少ないために全身が白がかる個体、それを白変種リューシスティックという。

 それに対してアルビノはそもそもメラニン色素を生成できないので、瞳が赤くなる。ペットショップ――もちろん前世においてだ――で普通に見かける白いウサギや実験用のマウスやラットなんかがそれにあたる。

 ちなみに各種実験でマウスとラットをどう使い分けるのか、私はそこまでの知識は持ち合わせていなかった。せいぜいラット>マウスくらいしか知らない。


 と、オオギヨウの姿を分析すれば、ある一点に対して疑問が浮かぶ。


「あの……ジムさん、よろしいですか? こちらに来る前に、オオギヨウにはぐるぐるした大きな角があるってミームから聞いていたのですが……この子には角がありませんよね?」


 それはね〜と言おうとするジムさんの顔を見て、それを制止するようにミームが言う。


「えっとね、つのがあるのはおうさまだけなの」

「んー? 王様? それって――」


 どういうこと? と聞こうとした時に、私たち一行の馬車が追いついてきた。馬車から身を乗り出してジェシーさんがジムさんに声をかける。


「兄さん久しぶり、元気だった?」

「お〜ジェシーかぁ、俺ぁ元気だでよ〜。つーかすっかり訛りが抜けとるやね〜。兄さんとかよう呼ばんだろし〜」

「なっ! も、もう! 先生がいるんだからしょうがないじゃない!」


 どうやら私がいる前で、体に染み付いたオーヴィス村の方言(なのかな?)が出てしまうのが恥ずかしいらしい。私はそんなのは一向に気にならないのに。方言を聞くのも、今の私にとっては貴重な体験だから。そもそも私も前世では所謂『地方出身者』だったから、似たような経験してるし、ね。ジェシーさんの気持ち、よくわかります。


 大丈夫ですよ、お気になさらずと私が言うと、ジェシーさんは肩を竦めながら一つ溜息をついた。


「……はぁ。はいはい……ジムあんちゃん、立ち話もなんだから、早く家に行こなし。そんよか先生も疲れとるんよ」

「お〜そかそかそだな〜。じゃあみなさん行きましょかい。エイミーさん、ここから少し歩くもんで〜、なんなら馬車に乗ってつかぁさい」


 いえいえ、むしろのんびり歩いてオーヴィス村を肌で感じたいと、その旨をジムさんに説明して、私たち一行はこれから数日を過ごすことになる、ジムさんのお宅に向かった。


―――――――――――――――――


 案内されたジムさんのお宅は、如何にも村長のそれで、他の家屋よりも数段大きく、作りもしっかりしていた。聞けばこの家は、やはりというかなんというか、我が(ハカランダ)村の大工、デニスさんのものだった。で、もちろん家具はトムさん作。ほんと我が村の職人さん達の仕事は素晴らしいね。


 さすが村長のお宅、昼食をご馳走になる食堂も広く、ジムさんご夫妻とジムさんのご両親、私たち一行で食べても余裕の広さを誇っていた。そこでジムさんはオオギヨウについて色々と話し始める。


「この村に〜肉やヨウル……オオギヨウから刈った毛を買いにさぁ、いろんな村から人が来るもんで〜、こんくれぇの広さがあると便利なんさよ〜。肉とか乳の味見とかね〜。もちろん毛の質を見てもろたり〜、革の質も見てもろたりもするんよね〜」


 なるほど肉や毛だけじゃなく乳、革まで採れるとは、家畜としてはかなり優秀だと思う。前世では、例えば牛なんかだと乳を採る牛と肉を採る牛は違うし、牛からは革を採るけど毛は採れなかったはず。凄いねオオギヨウ。


 そういえばミームに遮られて結局わからずじまいだった、アレについて再度聞いてみる。王様にしか角はないってミームは言ってたけど……。


「先ほど放牧地で見たオオギヨウには角が見当たらなかったのですが、ミームからはぐるぐるの角があると聞いています。これってどういうことなのでしょうか?」


 さすが先生勉強熱心なんやの〜と相変わらず少しばかり緩い口調のジムさんが、それに応えようと丁寧に教えてくれる。


「放牧地にいるのはさ〜全部雌なんよ〜。でも子供は産めないんさ〜。仔を産むんはクイーンだけなんだに〜。んでもって雄はキング一頭しかおらんのよね〜。おっきい角があるんは雄だけなんさ〜。雌にも角はあるんやけんど、ちっこいもんで〜毛で隠れて見えないんよ〜。だからさぁ〜キングとクイーンのペア(夫婦)を中心に群れが出来とるっちゅう訳なんだわ〜。なんだかアリンコみたいじゃろ〜? だからオオギヨウ言うんさね〜。明日キングとクイーンの厩舎に案内するけぇ、見たってつかぁさい〜。他にも資料室なんかもあるし〜そこで土産品なんかも売っとるから見るとえぇよ〜。そやそや、そんよかなぁ〜――」


 あまりの話の長さに痺れを切らしたようで、はぁぁと大きなため息をついたジェシーさん。明らかにジムさんに呆れ顔だね。私はジムさんのお話をとても興味深く聞いていたけど。


「ジムあんちゃん話長い! 先生も旅で疲れとるんよ。そんよか部屋へ案内!」

「おぉ〜そやったそやった〜。んではエイミーさんは「わたしも!」」


 ジムさんの言葉に食い気味で、ミームが私との同室を主張する。

 そういえばちゃんとした部屋で一緒に寝るのは初めてだね、とミームに言うと、小さな私の弟子は、うん! と大きく頷いて、野に咲く可憐な花に負けないくらいの笑顔を浮かべた。

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