第61話 ー 弟子の笑顔に癒される
一日目の夕方。
ハカランダ村とオーヴィス村のほぼ中間地点である休息地に、私たち一行は到着した。聞けば、各村・集落の間に、一日で移動できる距離毎にこういった休息地が作られているらしい。ただ、その休息地の設備規模は様々で、水場――これも『水の魔導詩』を利用してるみたい――とテントを張れる更地くらいのところや、簡単な木造の宿泊小屋が数棟用意されたところなどもあるらしい。更に言うと、そのままそこに居着いて、小さな宿屋もどきを始める人もいるのだそうだ。
今日の休息地は前者に近く、薪小屋と水場と更地が用意されていた。薪小屋の中にある薪も、利用者が善意で置いていったもので、私たち一行も、そもそもが木材を扱う村の住人なので薪――というか家具や家を作る際に出る端材なのだけど――を寄付するために沢山持参していた。
全員でテントを設営したあと、男性陣は夕食のための火起こしと周囲の見回り、残った私たち女性陣は食材の用意・調理を担当する。
とはいえ私はこの世界に来てからというもの、おおよそ調理ということをほとんどしていなかったから、精々野菜なんかを洗ったり、お湯を沸かすくらいしか手伝えないのがなんだか申し訳ない。こんなことなら普段から調理もしておくべきだったかもなぁ。
ミームは子供だから私と同じなんだろうな、ジェシーさん一人で大変かも――なんて思って、ミームの方に目を向けると。
「お? おおぉ!? ミーム、ナイフ使えるの!?」
「えっ? う、うん、つかえるよ! それにね、このナイフわたしのなんだよ!」
「えぇーっ! す、凄いじゃない!」
えっへん顔をこちらに向けたミーム。でも手の方はしっかりと人参の皮剥きが止まっていない。手許も見ずにしゅるしゅると皮を剥くのを見るに、相当慣れてる様子だ。というかマイナイフ持ってるミーム凄い。私も持ってないのに。あ、でも家には包丁はありますよ、一応。
「そうかなぁ? でもせんせえにほめられてうれしいな〜。あ、せんせえのおしょくじもね、べんきょうのない日はわたしがつくることもあるんだよ?」
「な、なんですってーっ!」
そう言われてみると、盛り付けが妙に可愛い日があったのだけど、あれミーム製だったんだね。でも、味も美味しい、というか他の日に負けないくらいの味なんだよね。如何にミームの料理が上手なのかっていうことが窺える。
「だからね、せんせえのでしになったんだから、おいしいごはんたくさんつくってあげるね!」
「そ、そうね! 先生期待してるわ」
任せて! といった顔を向けつつ今度はジャガイモの芽を手際よく取り始めた。やっぱり手許は慣れた動きを見せている。いや、魅せている。
すると、今度はジェシーさんがなにかの肉のブロックをミームに手渡した。というか肉でかっ。ミームの頭くらいあるけどミーム持てる? 重そうだし。
案の定持つには少し重たかったらしく、少しよろついている。でも、心配する私も目に入らず、ミームは肉を適度な大きさに切っていく。
随分大きなお肉だねとミームに尋ねると、
「おおきいでしょ? これ、ごらいあすあんとごーとのおにくなんだよ」
「へぇぇ、これがゴライアスアント(以下略)なんだ。美味しそうだね」
「うん、おいしいよ! このまえおかあさんのおうちからとどいたの」
聞けばこのゴライアス(以下略)の肉はリーズナブルなお値段らしい。にも関わらず、味も美味しく、その肉質も程よく柔らかいのだそうだ。
明日はこのお肉、もといゴラ(以下略)が沢山いるオーヴィス村に着いて、それの毛刈りをするんだよね。なんだかかなりテンション上がってきた!
―――――――――――――――――
(んんん〜おいしいぃ〜!)
とにかくお肉が美味しい! ゴート、つまりヤギのお肉だからクセが強いのかと思いきや、味としては『ちょっとクセのある味の牛肉』って感じだった。それが食べやすいギリギリの大きさでゴロゴロと入っているのだから、これはいい!
もちろん他の野菜、人参・ジャガイモ・タマネギも丁度いい大きさ。味もしっかり染みていて、もう言うことなく私の大好きなカレーそのものだった。
「せんせえおいしい?」
脇目も振らず、無言でカレーをパクつく私の顔を覗き込むように言うミーム。そのキラキラの瞳は、どう見ても褒めて褒めて! と訴えかけてきている。
「うん、美味しいよ! カレーには少しウルサイ私が言うんだから間違いないよ」
「よかったぁ……せんせえかれーだいすきだから、おいしいっていってくれるかふあんだったんだぁ」
「そっか。でもねミーム? お世辞じゃなく本当に美味しいよ! ミームが弟子になってくれると、毎日こんな美味しいものを作ってくれるの?」
「もちろんつくるよ! あ、でもつかれちゃったときはつくれないかも……」
ううぅとちょっとだけ不安そうな顔を浮かべるミームの頭をそっと撫でて、
「いいんだよそんなこと気にしなくても。だって私はミームの……そう、師匠なんでしょう? なら私は、ミームがちゃんと読み書きができるようにしてあげるから。ね? それでおあいこでしょ!?」
そう力強くミームに伝えると、よほど嬉しかったのか顔がどんどん紅くなって、まるで湯気がボンッ! って今にも吹き出しそうな様子。
「……うん! せんせえ……ううん、ありがとうございます! ししょー!」
師匠。
なんという響きなんだろう。嬉しいやらこそばゆいやら!
うん、こそばゆいね。だって今まで師匠なんて呼ばれたことないんだから。
「っ! えっとねミーム? 私、今自分で自分のこと『師匠』って言っちゃったけど、できれば今まで通りに『先生』って呼んでほしいな?」
「えっ? どうして?」
「それは……ちょっと恥ずかしいし、それよりずっと前から『先生』って呼ばれてたから、急に師匠って呼ばれるのも……ね?」
「……はい、わかりました! じゃあ今までどおりに『せんせえ』ってよびます!」
キラキラと輝くクリッとしたミームの瞳光。あ〜もう守ってあげたい! ここまで言われたらもう腹を括るしかないね。ミームの師匠、しっかりとやらせてもらいます!
あ、でも。
「ミーム? 敬語もいらないからね? それも今まで通り、普通にしゃべること! これは! 師匠命令、です!」
指をビシッと立ててミームに、それでも優しい目を向けて言い聞かせる。いきなり『師匠』とか敬語とか、私もどう接していいのかわからない。
ミームもまた、どうしていいのかわからないような表情を浮かべていれば、それまでの私たちのやりとりをみていたトムさんが、カレースプーンをこちらに向けながら呟いた。
「ずいぶんと可愛らしい師弟だなぁ。ミーム、先生もこう言ってるんだ、弟子なら師匠の言うこと聞かないとなぁ?」
「そうよミーム。あまり先生を困らせるようなら、それはお弟子さん失格じゃないのかしら?」
「!」
言葉は厳しいけど、トムさんジェシーさんのミームを見るその目はどこまでも優しい親のそれだった。それよりもさりげなくトムさん、今『可愛らしい師弟』って言ってたような。可愛らしい弟子じゃなくて師弟? それって私込みってこと? 元男性の私としては喜んでいいのかちょっと複雑な気分。
それはさて置き、ご両親の言葉にミームは大層驚いたみたいで、慌てて立ち上がり私の正面に姿勢良く立って、顔を真っ赤にしながら、それでも決意も新たに、
「せんせえ! これからもよろしくおねがいます! ……えへへ」
と語気強く頭を下げる。そして、緊張もほぐれたのか、コロコロ笑い出す私の小さな弟子。
……うん、かわいい。癒されるね。
「はい、こちらこそよろしくね、ミーム」
「うん!」
今日もミームの笑顔は咲き誇る花のようだった。




