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Break Time ー 村長は思いを巡らせる

「まさかミーム(愛孫)があんなこと言うとはな……」


 今思い返せば、こうなることは朧げながらも予見していたし、かく言う俺も、親父に弟子入りしたのは10歳だった。ましてや師匠が()()なら大丈夫だろうさ。


 だから俺はミームの願いを叶えてやろう。


「わかった。お前(ミーム)の好きにしたらいい」


―――――――――――――――――


 彼女がこの『ハカランダ村』にやってきたのは、まだ少し肌寒い時期だったか。聞けば家庭の事情で一人旅をしている彼女は、まだ16歳だと言った。

 年齢の割には少しばかり幼い印象なものの、村の女連中にはない『聡明さ』を嫌味なく纏う女性だと感じた。生来の人見知りなのか最初は控えめだったが、少し話をしてみると端々に知的さが顔を出す。俺のような遥かに年長な大人にも躊躇いなく、それでも穏やかに紡ぎ出される言葉たちは実に心地良いものだった。

 そして何よりその人となりは殊に好ましく、少なくとも『害のある者』と感じなかった俺は、この村への滞在を許可し、簡易宿舎を用意した。


 エイミー・ライトウェルと名乗った彼女は、村に滞在して二週間ほどだろうか、村長である俺のところへやってきた。


「今日はどうしたんだい、エイミーさん?」

「ピート村長、実はご相談があるのですが――」


 話を聞くと「この村が気に入ったので、できれば定住したい」と、そういうことだった。

 ここは木を素材とした様々な商品――うちは家具製作を生業としている――を作る職人村で、それ以外はこれといった特色もない人口200人程度の村だ。なんでまたこんな村に住みたいのかと聞くと「居心地がいいのと、何より『製材された木の香り』が好きなのです」と言った。


「住むのは構わないが、ここは職人村だというのは見てわかるだろう? エイミーさんはここで何をするつもりだい?」


 彼女を疑うわけじゃないが、ここに――いや、どの職人村でもそうだが、独り身の成人女性が定住するなら、何らかの仕事に就かないと生活は困難だろう。


 彼女は少し考えた後に、なんとも変わったことを言い出した。


「そうですね……私はここの皆さんのように家具も家も作れないので、できればここに学校……というには大袈裟ですが、塾のようなものを開ければ……と考えたのですが」

「学校……? 塾……? 一体それはなんだい?」


 学校。塾。


 いずれも聞いたことがない言葉だった。詳しく聞いてみると、どうやら計算や読み書きを教える場所のことをそう呼ぶらしい。読み書きはともかく、計算ができることは俺達職人や商売人には必要なものだった。ただ、それは自分の師匠から自然と学び取るもので、わざわざ別な場所で学ぶようなものでもなかった。


 だが、彼女は「子供の頃から学ぶと覚えも早いので、子供達の将来のためにもきっと役に立つと考えたのです」と静かに語った。

 確かに第三者から計算を教えてもらえれば、俺達職人は技術を弟子に叩き込むことに専念できる。ましてや弟子入り前から計算ができれば、長い目で見れば村のためにもなるのではと、そう判断した。


 しかし、だ。『技術』には対価が必要だ。俺達職人の作るものには、それそのものの価値に加え『技術料』が上乗せされる。例えば同じ家具を作っても、一流の職人の作と三流の職人のそれとは、価値が全く変わるのだ。だが、彼女の言う『学校・塾』にはどれだけ『人に何かを教えるという技術』が必要で、どれだけの価値があるのか、彼女に説明されても俺には全く理解できなかった。


「話はわかったんだが、一体それに対して俺達はいくら払えばいいんだい?」

「あ……そこまで考えてませんでした……」


 なんということだ。どうも彼女には『人に何かを教えること』で対価がいくらになるのかまで考えが及んでいなかったようだ。それはだめだ、正統な報酬を得るべきだと諭すと、


「いまいちお金の価値に疎いものですから、私のすることにどれだけの価値があるのかわからないのです」


 と、照れ臭そうにいった。ならば、まずはこの村から食事の保証をした上でお試し期間を設定し、それでこの村にとって有益な成果、つまり計算能力の向上が子供達に見られたら、その時改めて報酬の話をしようと提案した。

 しかしながら、お金の価値がわからないとは、どこかの令嬢なのだろうか。俺の考える通りの身の上なら、その聡明さや佇まいも納得できるものだった。


 彼女の希望する間取りなどを聞き、それに見合う俺の自宅の近くに建つ空き家を紹介した。彼女は大層お気に召したようで、即決現金払いで購入すると言った。決して安くない買い物を即決できるあたりも、さぞかし裕福な育ちなのだろう、そう考えずにはいられなかった。


 程なくして、彼女のいう塾の準備が整った。うちからは、住むために必要な家具一式と、勉強するための長机と椅子をいくつか用意。工務店のデニスには、家のリフォームをやらせた。

 また別の職人からは、彼女から依頼された手のひらサイズの薄い木札が50枚ほど提供された。聞けばこれは計算や読み書きを教える際に使うらしく、後から数字や文字を彼女が書き込むのだそうだ。


 同時に、村からこれもお試しで、10人の子供と数人の大人が選ばれ、そして彼女の言う『塾』とやらが始まった。


―――――――――――――――――


「きょうはね、かぞくのなまえをかくおべんきょうしたんだよ!」


 10人の子供に選ばれた――というよりも俺のゴリ押しだったのだが――孫娘のミームが嬉しそうに教えてくれた。

 試しに書かせてみると、ちゃんと俺と息子夫婦の名前を書けるようになっていた。しかも同時に計算も習っていて、あっという間に大人にも劣らない計算を短時間でできるようになっていた。正直、俺が想像していた以上の成果を残していると実感せざるを得ない。

 聞けば、計算に関してはミームは10人の中でも下の方なのだそうだ。この計算能力で下の方だと? ならば上の方の出来はどうなっているのか。


 しかも、それらの勉強とは別に、まだ年端も行かない子供たちに『挨拶は元気よくしましょう』とか『人・時間・お金を大切にしましょう』といった、本来は家族が教えるべきことも教えているようだった。これも勉強の一つで、彼女はそれを『道徳の勉強』と言った。

 それからというもの、村内ですれ違う塾に通う子供達の挨拶が、以前より多くなった。そこかしこから『おはようございます!』『こんにちは!』と快活な声がする。他の家の話を聞くと『率先して家事を手伝うようになった』『売上の計算間違いを直してくれて助かった』などといった、良い報告が続々と俺の元に集まってきた。


 この素晴らしい成果にはそれ相応の対価が絶対に必要だと思い、急ぎ彼女を家に招き、報酬の話を進めたのだが、こちらの提示した額では多すぎると彼女は言う。しかし、俺を初め勉強を習わせている親達は、これが正当な報酬だと主張した。だが彼女もなかなか譲らず話は平行線。


「であれば、今まで通り、私の食事は引き続きお願いする上で、私の希望した報酬を頂く、というのはどうでしょう……?」


 聞けば彼女は料理は得意ではないらしく、女連中が昼と夜に届ける食事が美味しくて堪らないのだそうだ。その程度ならお安い御用だと、この提案に俺達は快く了承した。職人が『体力第一』なように、『人に何かを教えること』も体力が必要なはずだ。だから食事を提供することは、こちらにとっても利があると考えた。


 こうして、近隣の村はおろか、街ですら存在しない『勉強を教える者』――彼女曰く『教師』というらしい――がこの村に誕生した。


 そして俺達は、彼女をこう呼ぶ。


「先生」と。一人の村人として、親しみを込めて。

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