第57話 ー 魔導絵士
「『この国 の歴史』を読みやすく書くのはもちろんなんですけど……」
「……そうね。今は識字率が低いこの世界だけど、それも徐々に上がるかも知れないから、読みやすく、というのは間違っていないと思うわ」
「さらに読みやすく、理解してもらうのであれば、『挿絵』があるといいんじゃないかって思ってるんです」
挿絵。
前世の世界でも、この類の書籍には、大体挿絵があった。後光の射した神様の足元に民衆がひれ伏してたりとか、神の怒りに触れて世界が崩壊する様子とかが描かれたあれのことだ。
理由はわからないのだけど、この世界、少なくとも私の知る限りでは『絵を描く』という文化が不思議と存在していない。もちろん子どもが落書きするくらいの、お絵かき程度はあるのだけど、芸術に昇華したような絵画は存在しない。だからなのか、そのかわりに『木肖像』が発展しているのがこの世界なのだ。
「なるほど挿絵ねぇ〜。でも、アナタって絵が苦手じゃなかったかしら?」
「うぐっ! え、えぇ、そうなんです……」
「だから校正が捗らない、ってわけね」
一体どうしたものだろう。文章だけでも先に校正して、絵のことは後回しにしたほうがいいのかな……。
「そうなんです。そうなんですけど、絵を描ける人をどう探したらいいのかなって思って……。それで、仮に絵を描ける人が見つかったとして、問題は『魔導紙に描ける人がいるのか』ってことなんです。魔力がないと描けないんですよね?」
エルバさんからお願いされているのは『魔道紙に魔導インクで書いて欲しい』なのだ。劣化が生じない、というのが理由なのだけど、私以外に魔導ペンを使える人物がそうそういるとも思えない。
「あぁ〜、そういうことね。そうねぇ……」
と、腕を組みながら頭を捻る神様に私は聞いて見た。それが解決しないと、絵を描ける人を探す以前の問題だから。
「そもそも、魔導ペンってどこで買えるんです? というか買えるものなんですか?」
「あぁ、それは雑貨屋で羽ペンを買って、『神の御寝所』に奉納すればいいのよ、魔導紙にするときと同じ要領で、ねっ」
「えー……」
えー、そんな簡単なことなんだと拍子抜けする。まぁただの紙を一日奉納すれば魔導紙になるくらいだから、不思議ではないのかも。なにしろ本人であるところの神様が言っているのだから、嘘じゃないんだろうね。
「ついでだから教えておいてあげるけど、服を縫う糸を奉納すると『魔道糸』、針を奉納すると『魔道針』になるのよ」
ちょ、ちょっと待って。魔導紙に魔導詩、魔道糸に魔道針? なんか色々情報出てきた! しかも呼び方が紛らわしいんですけど。というか魔道糸と魔道針って何に使うの?
「針と糸を魔導化したとして、それって何に使うんですか?」
「あ〜……。そうねぇ、その二つは、今はほとんど使わないんだったわね。昔は衣服なんかを作る時に使ってたみたいだけど」
「使うとどうなるんですか? 私のイメージだと神様の加護が付与される、って感じなんですけど」
「そうね、概ねその認識で合ってるわ。でも、今は必要がないから、廃れてしまったんじゃないのかしら? 魔物も魔獣も争いもないでしょ?」
今は、ってことは、昔はその必要、つまり魔物や魔獣、争いがあったってことになるのだけど、『この国 の歴史』にはそんな記述はなかったような気がする。
……あ。そういえば。忘れていたけど、こんな記述があったのを思い出した。
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めっちゃうやま割れたすんげぇ魔導詩士の偉大やつ が
困る顔面 をみたさいちい童が言う過去、
「わん が 貸すてやる 手」
字のみのまどう獅子 はりありぃかよとかいぎ
の様子。本棚さらさらさらさらさらとみたことなきえなる
ものおしるしたんだぜ。
えともぢくっつくとこれまた すごかな効果 うまれる
よめんやつ もよめるわかったと ふるいたって。
わらしは 魔導絵士 ってもてもてはやる、
どんどん と 浴衣になるせかいはおらっしゃるだろうね
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相変わらず一読しただけじゃなんのことやらな内容で、私も何が書いてあるのかはあまり把握していないのだけど、『魔導絵士』というのが非常に気になる。魔導詩士が文章を書く者だとすれば、魔導絵士というのは絵を描く者だよね。
魔導詩屋さんのおじさんも神様も、『魔導絵士』については何も言わなかったよね。魔導詩屋さんのおじさんは知らないのもわかるけど、神様は知ってるよねきっと。
「魔物とか魔獣はさておき、『この国 の歴史』に『魔導絵士』って記述があったんですけど、神様は知ってますよね?」
「えぇ、知ってるわよ。でも、今は居ないんじゃなかったかしら」
「なんで魔導詩士は居るのに魔導絵士は居なくなったんでしょうか?」
「うーん、これは推測なんだけど……魔導絵士の需要がなくなった、じゃないかしら? 今の魔導詩って、絵を描くほどのものがないじゃない?」
それを聞いてなるほどそうだなと腑に落ちた。私が知る限り、魔導詩って生活魔法って言い換えてもいいくらいに、火を起こしたり水を出したりといった『生活に根ざした用途』がほとんどだから、絵を添えるほどじゃない。
「じゃあなおさら『この国 の歴史』に挿絵を入れるのって難しいですよね」
「まぁそうね、そういうことになるわね。今はとりあえず文字だけでも手をつけたらどうかしら?」
「やっぱりそうですよね……。うん、そうします」
「そうよ〜。だって頑張らないと報酬貰えないんでしょ?」
「別に報酬欲しさに校正しようと思ったんじゃないですから。たまたまそうなっただけで」
「ま、どっちにせよ、なるようにしかならないわよ〜」
そう言いながら、いつものように神様は帰っていったのだけど。
うん、やるしかないよね、校正。私にしかたぶんできないんだから。




