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第56話 ー やっぱり校正しないと駄目ですか?

 次の日。


 キッチンでお湯が沸くのを待ちながら小さなため息をひとつつく。

 本当はこの『お湯を沸かす』という行為も、シルフィードの手にかかればあっという間に沸騰するのだけどね。でも、お湯を沸かしたり調理するためのコンロがこうして目の前にあるのだから、『シルフィードじゃなくても事足りる』ことは私がするようにしている。要するに『怠け癖』がつかないため。


 ほどなく沸騰したお湯をティーポットに注ぎ、充分に茶葉が開くのを待つうち、さらにため息が自然と出てしまう。そんな私を察して、心配顔を向けるシルフィードがかなり顔を近づけて言う。


「エイミー様、どうされたのですか?」

「うん、『この国 の歴史』のことを考えてたの」

「そうだったのですね……心中お察しいたします」

「うん……」


 シルフィードからの労いの言葉に生返事を返しながら、頭の中で『この国 の歴史』の序文を何度も反芻していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


かつてこの大陸 にはすべてあり ませんだった。

ある ひのこと神と名乗ります 奴が参る

神は僕たちに以下の言葉

をおっしゃい ます過去形、

『かみにおながいおかく きさまのみなさまの暮ら

すは浴衣になるでせう』それでもって神ちゃんわ紙の

作りかたくれますた!

紙によい かんじでをねがひを かくとみずとか火と

か使へてべんりな暮らすができたように なります。

よろこびました我ら達でもながらぜんいんの

みなさまがかけないからかける

人間が超がんばってかいたかいたかいたかいたかいた。

かけるやからはだい じにうやまってあげたぜ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 もう何度となく見てはげんなりしていた『この国 の歴史』。これ、どうしようかな。まぁ校正――という名の、ほぼ翻訳――はするのだけど、さてどうしようかと思ったのは、『どう訳すか』だった。

 そもそも識字率のアレなこの世界で、『この国 の歴史』をそのまま訳す、つまり直訳にするのか、意味を汲んで訳す意訳にするのか、なのだけど、この場合は意訳がいいだろう。そもそもこんな酷い文章を直訳したところで、なんの意味もないしね。どうせなら読みやすく、意味もスッと入ってくる意訳がいいに決まってる。


 最初は乗り気だったものの、なかなか重い腰が持ち上がらない。やはり、仕事と違って締め切りがないからだというのが、ね。一応エルバさんからは報酬をいただけるのだけど、報酬のために請け負ったわけではないのも、腰が持ち上がらない要因だと思う。そのほかにも、実はもうひとつあるのだけどね……。


「仕方ないよね、そもそも自分でやるって言っちゃったし」

「そうですね。私にできることがあれば遠慮なく仰ってください、エイミー様」

「ふふっ、ありがとうシルフィー。でも今のところは大丈夫よ。そうね……夜になったらバルサミントの補充をお願いできるかしら」

「承知しました、エイミー様。では、それまではエイミー様周りの空調を、しっかりと管理させていただきますね」

「いつもありがとう、シルフィー」


―――――――――――――――――


 美味しい頃合いの紅茶をマグカップに注いで、両手で包み持つそれにふーふーと息をかけながら、ぱたぱたと教室へと移動し、一番前の長机の上に、校正に必要なもの――『この国 の歴史』、鉛筆、そして念の為に魔導紙、などなど――を無造作に並べる。


 あ、そういえばB5サイズの紙って全部『神の御寝所』に奉納しちゃったんだった。大きさ的にはハガキ大の紙より使い勝手いいんだけどなぁ。仕方ない、今から取りに――


「行く前に持ってきてあげたわよ〜」

「っ!」


 いきなりフッと目の前に神様が、昨日奉納した紙の束を持って浮かんでいた。いつも思うのだけど、どうもタイミング良すぎませんかね? 絶対なんらかの方法で監視してるとしか思えない。


「そんな驚くことないじゃない? いつも来てるんだし」

「いや、なんでいつもタイミング良く来るんだろうって思って」

「それはそうよー、私はこの世界の神様だから、一応管理・監視はしてるのよ」

「あ、そう言われればなんか納得できるかも、ですね」


 昨日の『神の御寝所』での出来事からすれば、それも納得がいく話だ。なにしろ『この国 の歴史』が正史だとするなら、何もなかったこの世界に魔導詩をもたらした存在が、今まさに眼前にいる神様そのものなのだから、私ごときが監視されていても、ちっとも不思議じゃない。


「……まぁそれはそれとして、『この国 の歴史』はどう校正しようとしてるのかしら? とても興味があるんだけど」

「え? 興味あるんですか?」

「それはもちろんよ、だって私のことも書かれてるでしょ?」

「ああ、そうか、そうですね」

「ヘンなこと書かれないように、より監視する必要があるわね、うんうん」


 そんなことを言いながら、ひとり頷く神様。

 いやいや、一応『この国 の歴史』はその名の通り歴史書なのだから、ヘンなことも書かないし、捏造もしませんよ。


「もちろんきちんと読みやすく、難しい言葉を使わずに、誰でも理解できるように書きたいと思ってますよ。ただ……」

「ただ、なに?」


 実はこの『この国 の歴史』を校正するにあたって、ひとつ考えていたことがあったのだけど、私では実現できないんじゃないか? それが邪魔をして未だ校正がほとんど進んでいないと言っても過言じゃないことを、神様に打ち明けることにした。

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