第54話 ー 神様とこれの出会い
「さて、そろそろ起こそうかしら……」
神は永き思考の果てに、かねて目をつけていたこれを呼び寄せることを決意した。時期尚早とも思えたが、それにこれが気付くことにタイムラグを与えれば構わないであろう、と結論づけて、今まさに神はこれの深い意識の中――かつてそれが呼称した言葉で言い例えるのなら、さしずめ「無限に広がる終わりのない黒」――を漂っていた。
しかしながらこれは一種の『賭け』でもあった。それをここに呼び寄せたのは、それの生命活動が終焉したからだったが、これは未だ生命活動を維持しているからだった。とはいうものの、その生命の炎はもはや微々たるものになっていて、遅かれ早かれ「無限に広がる終わりのない白」に呼び寄せるのは確定していた。
「無限に広がる終わりのない白」とは、神が決めた呼称ではなく、かつてそれが呼称したものだ。神はそこに名前など必要ではないと考えていたが、便宜上名前があることは好ましいと結論づけたから、神はその呼称を否定しないことにしていた。
できることならば、終焉した命を「無限に広がる終わりのない白」に呼び寄せるのが望ましい。だから、命あるこれを「無限に広がる終わりのない白」に呼び寄せるのは、神が自ら定めたルールからは大きく逸脱しているのである。
であれば、神のとるべき行動はひとつしかなかった。だから神は今、これの深い意識の中にいた。
だが――。
もしもこれが神の言葉を否定したら、神の思惑は大きく崩される。そうなれば、神はまた永き思考を余儀なくされる。それを忌避すべく、神から能動的かつ巧みにに誘わなければならない。一切の不首尾は許されないのだ。だからこの行為は、なにものでもない『賭け』なのだ。
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「……そろそろ起きて?」
「……うーん……」
「もう、お寝坊さんね?」
「……え? あなた、誰?」
私、寝たはずなんだけど、私を起こしたこの綺麗な人、誰だろう? 看護師さんにこんな綺麗な人いなかったと思うんですけど。それ以前に、こんな煌びやかなドレスを着た看護師さんとかあり得ないし、よくよく周りを見てみれば、ひたすら真っ黒で、上下左右すらわからない。病室ではないのはわかるけど、ここってどこなんでしょう?
「ワタシ? そうね……神様、ってところかしら? アナタは『未神倉絵夢』ちゃんで間違いない?」
「はい、そうです。未神倉絵夢で間違いないです……へぇぇ、神様かぁ……。ほんとにいるんだぁ」
「あら? 驚かないのかしら」
「うん、だって私あんまり長く生きられないって知ってるから。私、死んじゃったんですよね?」
だってこの状況――真っ黒な空間に、不自然なくらい真っ白な神様と名乗る綺麗な人の存在――だったら、死んだって考えるのが普通ですよね。
でも、そうじゃないみたいです。
「いいえ、死んだんじゃないわ。アナタの夢、というか意識の中にいるの」
「よくわからないけど、今、私は夢を見ていて、でもそれは夢じゃない、っていうことですか?」
「えぇ、そうよ。理解が早くていいわ。でね? いきなりなんだけどアナタ、あと三日で死んでしまうのよ」
……あぁ、三日で死んじゃうんだ。でも、こんなかたちで死期を悟るってなんだか不思議ですね。なんだか夢を見てるみたいです。あ、夢じゃないんですよね。
「あ、これは夢じゃないからね。夢といえば夢だけど。紛らわしくてごめんなさいね」
「はい、確かに紛らわしいですね。……あと三日かぁ〜。あっという間ですね」
「あら、夢じゃないのは疑わないのね」
「はい、いずれ死ぬのはわかってるので。だったら夢じゃないって信じるのも悪くないかなって思ったんです」
「随分と達観してるのねアナタ。その年齢にしてはすごく冷静……。死ぬのが怖くないのかしら?」
普通は冷静じゃいられないですよね。やり残したこととか遺書とかそもそも死にたくないとか、そんなことを考えて慌てるはずです。でも、「長く生きられない」って私はわかっているから、見えなかったゴールが見えた、ってくらいの感覚なのが正直なところです。
「そうですね……、残念とは思うんですけど、怖くはないですね。だって心臓の病気で長生きできないって知ってるし。痛みがなく、眠るように死ねればいいなって思うくらいですね。未練はなくはないんですけど」
「ちなみに未練って何か聞いてもいいかしら?」
そう、死ぬことへの恐怖はないんですけど、未練はあります。それは『貴兄ちゃんにきちんとお別れできないこと』です。私が死んだら貴兄ちゃんはきっと泣いてくれるだろうけど、あまり思い詰められちゃうのはいやですね。最後にもう一回、会いたかったな。「私が死んでも悲しみを引きづらないでね」って言っておきたかったです。
「いとこのお兄ちゃんにきちんとお別れできないこと、ですかね……。次にお見舞いに来るのは来週って言ってましたし」
「あぁ……。そのことね。実はね――」
神様は私に、大きな衝撃を与える言葉を投げかけたのです。




