Break Time ー 未神倉絵夢の達観
突然ですが、わたし、未神倉絵夢っていいます、17歳です。
世間ではJKって言われる年頃なのですが、わたしJKじゃありません。高校には行ってないんですよ。えぇ、もちろん行きたい気持ちは凄くありますし、例えば放課後にお友達とオシャレなカフェに寄り道とか、彼氏とデートとか、そういうことしてみたいんです。でも無理なんですよ、入院してるので。
これはもう仕方のないことなんです。わたし生まれた時から心臓を患っていて、長くは生きられないそうです。なのでもう諦めてます。前向きに頑張ってとか残された家族が寂しいからとかよく言われるんですけど、おかしくないですか?
だって死ぬのはわたしだけですよ? 残された家族はパパとママで、ここで既に二人です、夫婦ですから。パパとママそれぞれにも血の繋がった兄弟や姉妹がいて、さらに二人にはお友達もいるんですから。それに比べたらわたしはたった一人で死ぬんですよ。みんなそのあたりわかってないですよね。じゃないと無責任に頑張れとか寂しいとか言えないはずですよ。
病院だと一人で寂しいって思います? でもでも、今ってスマホとかでいろいろ見たりSNSとかでつながったりとかあるじゃないですか。そのおかげでネット上のお友達とか、私みたいに病気で苦しんでいる人と話したりして、言うほど寂しくないんですよ。だから死ぬのも実はそんなに怖くはなくて、むしろ『世の中こんなに楽しそうなのになんでわたし死んじゃうのかな」っていう、残念な気持ちの方が大きいんですよね。自分で言うのもおかしいかもなんですけど『生きられなくて残念だね』って自分に言っちゃったりすることがあります。
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「絵夢、見舞いに来たぞー」
「あ、貴兄ちゃんいらっしゃい、いつもありがとう」
「今日は顔色いいんだな。調子良さそうだ」
「調子がいいって言ってもいずれ死んじゃうんですけど」
「まぁそう言うなって。ほら、絵夢の好きそうな雑誌持ってきたぞ」
週に二回以上は必ずお見舞いに来るこの人は、従兄妹の詠島貴美さん。わたしのお母さんのお姉さんの息子さんなんだけど、小さい頃からよく遊んでもらってて、従兄妹というよりは、少し歳の離れた兄妹って感じです。なんか校正っていう文字の間違いを探して指摘するっていうよくわかんない仕事をフリーでやっているので、うまく時間を作ってお見舞いに来てくれるんです。
貴兄ちゃんが来るのがわたしすごく楽しみなんです。わたしは貴兄ちゃんが大好きです。あ、もちろん従兄妹として、ですよ。同じように貴兄ちゃんもわたしのことは慕ってくれてますし、なにより好ましいのは『頑張れ』って言わないことなんですよ。むしろ『頑張らなくていい』って言うんですよ、面白いですよね。
でも、です。この『頑張らなくていい』って言葉、わたしにはとても優しい言葉に聞こえてしょうがないんです。ただでさえ忙しいのに週に二回以上は必ずお見舞いに来てくれるうえに『頑張らなくていい』って言うんですよ貴兄ちゃんって。だからわたしはそんな優しい言葉をくれる貴兄ちゃんが大好きです。
「そういえば、最近小説投稿してないでしょ?」
「あーそれな。忙しいのもあるんだけどさ、俺そういう才能ないみたいでさ」
「でもまだ二話しか書いてないじゃん、それで才能ないとか言っちゃうんだね」
「まぁこれも大人になればさ、そういうことも悟っちゃうんだよ」
大人になるまで生きられない、もうすぐ死ぬかもな人に向かって『大人になれば』なんて普通言いませんよね。でも貴兄ちゃんは普通に言うんです。当たり前のことを当たり前に言うんですよ。でもでも、変に気を遣われるよりはるかにいいんです。
「そっか、残念だなぁ。小説が書籍化したらわたし、挿絵描こうかなって思ってたのになぁ」
「うーん、じゃあもう少し頑張ってみるかなぁ。絵夢の絵、滅茶苦茶上手いもんな。こんなに上手に描けるなんて羨ましいよ」
そう言いながら貴兄ちゃんは、タブレットPCで描いた私のイラストをスライドショーで観ながら、おお〜、ふ〜ん、すごいなぁ、って感心しています。
「ううん、そんなことないよ……いいよ貴兄ちゃん。『頑張らなくていい』よ」
「……そうだな。頑張らない程度に頑張るよ」
「なにそれ? 頑張らない程度に頑張るって」
「なんだろうな、自分で言ってなんだけどよくわからないな」
「変なの」
なんかバツが悪そうな顔して、それを誤魔化すように貴兄ちゃんはタブレットPCを私に返して、今度は林檎を剥き始めたのですが、貴兄ちゃんってすごく器用で、ちゃんとうさぎさんの林檎にしてくれます。しかも両耳の端っこもちゃんと丸く切ったり、目を器用にくりぬいたり。こういうのって女子力高めって言うんですかね。よくわかりませんけど。
そんな女子力高めの貴兄ちゃん、うさぎ林檎をひとつ摘んで私に向けると、腹話術みたいにこんなことを言いだしました。一応うさぎちゃんっぽいキャラ付けで。
『ねぇ絵夢ちゃん、『神様』っていると思う〜?』
「『神様』かぁ……いるんじゃないの?」
『でも、いるんだったら絵夢ちゃんはこうなっても治ってるんじゃないかなぁ?』
「……いたとしても『病気が治りますように』なんてお願いしないかなぁ」
『どうしてぇ?』
「お願いして治っちゃったら、こうやって貴兄ちゃんわたしに会わないと思うんだよね。それって寂しいよ」
ここで私は差し出されたうさぎ林檎を受け取って、相変わらず器用だなぁと感心しながらいろんな角度からそれを眺めました。
そこで腹話術は終わり、貴兄ちゃんはいつもの口調に戻ります。
「……そっか。そういう考え方もあるな。でも、絵夢が病気じゃなくても俺は会いに来るけどな」
受け取ったうさぎ林檎を一口食べると、シャリっとして甘酸っぱい感覚が口いっぱいに広がりました。口の中もそうですが、心の中もです。
(やっぱり生きていたいな……)
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「じゃあ、今日はそろそろ帰るぞ。仕事もちょっと残ってるし、な」
「うん、わかった。仕事、無理しちゃ駄目だよ? なんか顔色良くないし」
「……絵夢には隠し事できないな。わかった、とりあえず仮眠するよ」
「そうして? ちゃんとご飯も食べるんだよ」
「あーわかったわかった。じゃあな、また来るわ」
貴兄ちゃんは私に背中を向けてそう言うと、病室を出て行きました。なんだかその背中は少し疲れたように感じるのは私だけでしょうか。いや、貴兄ちゃんもそうですけど――。
私も正直少しだけ疲れました。もちろん貴兄ちゃんが来るのは嬉しいんですけど、なにせ病人ですから、普通にお喋りするだけでも結構体力使うんですよね。
でも、貴兄ちゃんだから私は頑張ってお喋りするんです。唯一私が頑張るのが『貴兄ちゃんと楽しい時間を過ごすこと』なんです。
さて、もういい加減に味にも慣れきった美味しさを見出せない病院の夕食を食べて、疲れた私は今日はもう寝ることにしました。ベッドの上で、割とどうでもいいことをぽつりぽつりと考えながら微睡んでいきます。明日が来ても来なくても、この時間はちょっとだけ不安になりますね。
(今度は生きて会えるかな……)
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(……アナタ次第かしらね……)




