第52話 ー 神の御寝所
「エイミー、これからどこか行くの?」
「うん、『神の御寝所』に行ってみようかなって。私、まだ行ったことないから一度見たくてね」
「えーっ、そうなんだ。ま、私もそんなには行ったことないんだけどね」
金の日の昼、いつもの通り白狼亭でカレー(今日は川エビのカレーだった)を食べ終えて、休憩時間に入ったダフィーとおしゃべり。
ダフィーとのこの時間は、今やお約束になっている。私が普段会う人といえば、勉強に来る子供達や村の人たちくらいしかいないから、同年代で同性の彼女と話すのはとても楽しい時間なのだ。今なにが流行っているとか街の噂とか、そんな情報も教えてくれて、日々のほとんどを村で過ごす私には貴重な情報源だ。
「『神の御寝所』っていうくらいだから、神様が祀られているんだよね?」
「そうそう、この世界を創った神様で、『トーチリュルア』っていうんだよ」
「へぇぇ……」
初めて聞いたけど、『トーチリュルア』っていうんだ。ちょっと舌を噛みそうな名前だけど、なにか意味があるのかしら。
それはそうと、随分と美味しくなったねシルティー。今日も当然飲んだのだけど、淹れ方とか相当試行錯誤したんだろう、私が淹れたのよりずっと美味しい。しかも二種類の葉の細かさの『粉状』の方は、ちゃんと茶筅で立ててるし。まぁこの茶筅は、竹細工職人のザックさんに特注したものを、私がここに持ち込んだのだけどね。もちろん我が家用にも作ってもらって、とても重宝している。
と、不意に時計を見たダフィーが急にガタっと椅子から飛びあがる。
「あ、もうこんな時間! ごめんねエイミー、私これから仕入れに行かなくちゃいけなくて」
「うん、わかった。ごめんね私こそ長居しちゃって」
「いいのいいの、たまたまだから」
そそくさとお店を出る準備をして、挨拶もそこそこにダフィーと別れた。
(さてと……『神の御寝所』に行こうか?)
(エイミー様、その前に雑貨屋に寄りますか?)
(あっ、そうか。一応、紙を奉納してみようか)
エルバさんの話によれば、普通の紙を一晩奉納するだけでいいらしいから、少し減ったぶんの補充しようかな。そういえば今魔導紙って何枚残ってたかなとアイテム袋を確認すると、950枚残っていた。じゃあ40枚くらい買っておこう。
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雑貨屋で紙を買ったのだけど、サイズは自分でストックしてるハガキ大のものとB5サイズくらいのものしか売っていなかった。とりあえずストックの補充としてハガキ大を40枚、B5サイズを30枚買った。
B5サイズはもちろん『この国 の歴史』用に使うものだ。30枚で足りるのかはちょっとわからないけど、アイテム袋に入れておけば邪魔にもならないし、いくらあってもいいだろう。
というか、ハガキ大の魔導紙に『風の魔導詩ver.02』を書いた私の苦労返してと言いたい。まさか普通の紙を『神の御寝所』に一日奉納するだけで魔導紙になるなんて。知ってたらB5サイズに書けばさぞ楽だったのに、なんて思いながら10分ほど歩いて『神の御寝所』に着くと、そこにあったのは想像よりはるかに小さい教会のような建物だった。
さすがに神が祀られているだけあって荘厳な佇まいを見せている。建築様式も、特筆すべきところもない小さめの教会そのものだ。とはいえ前世でも教会なんて友人の結婚式に数回行った程度だから、これが普通なのかはわからないけど、違和感を感じないから普通なんだろうね。
木造りの大きな扉をギギギと開けると、向かいの壁にある大きなステンドグラスから差し込むカラフルな光に目が眩む。ステンドグラスの前には5mくらいの像らしきものがあるのはわかったのだけど、逆光でその全容はよくわからない。
光から目を逸らしながら入った建物の内部を見回すと、如何にも教会といった静謐な雰囲気で、そこに漂う空気もひんやりと澄んでいるように感じる。徐々に目も慣れたころ、改めて目の前の像に向き直ると、そこにあったのは見慣れた姿。
「はぁ……やっぱり神様なんだね」
大きさは違うものの、姿形は見慣れた神様そのもので、よく見るとその像は石像ではなく木像だった。教会に木像、ということだけが違和感を感じる。というか、神父さんとか礼拝してる人が誰もいないのはなんでだろう。
神の木像に近づくと、その足元に献花台のようなものを見つけた。おそらくここに紙を奉納すれば魔導紙になるのだろう。さっそく買ってきた紙をそこに乗せると、うっすらと紙が発光し始める。まさに今『神の加護』を受けているようだ。
「なるほど……これで一日経てば魔導紙になるのね」
(……そうよーっ!)
「っ! え? あぁ……やっぱり」
(あら、随分と反応が薄いわね)
そりゃあ、目の前に神様そのものの木像があって、神様の声が聞こえても不思議じゃない。ここ最近家にも来なかったし、そろそろ来るかって思っていた。
と思っていると、木像からスーッと神様本体が神々しく後光と共に抜け出してくる。こんな場所で姿を見せるなんて大丈夫なのかしら。
「誰か来たらどうするんですか? 一応神様なんだからそこは気をつけないといけないと思うんですけど」
「あ〜、大丈夫よっ、たぶん」
「そんな適当な……あ、そういえば神様って『トーチリュルア』って名前があったんですね、知りませんでしたよ」
「そうなのよ、こっちに初めて姿を見せた時にね、そうやって名乗ったのよね」
「私もそう呼んだ方がいいですか?」
「いいえ、今まで通りに『神様』で構わないわよ。だって言いにくいでしょ?」
うん、確かに言いづらい。ダフィーに初めて聞いて舌噛みそうって思った。なんでこんなに言いづらい名前なのかな、なんて考えていると、私の顔を覗き込む神様の顔が間近にあった。近い近い近いんですけど。まぁエルバさんじゃないぶんまだマシだからいいか。




