第51話 ー 土よりもたまれ
自宅で『この国 の歴史』を校正できるようになった私は、随分と晴れやかな気分で帰路につくことができた。エルバさんの猛口撃にはほとほと参っていたし、その具合によっては校正自体をやめようかと思いかけていたからだ。
(エイミー様、これで任務を滞りなく遂行できそうですね)
(うん、そうね。でもまぁ任務ってほど大袈裟なものでもないから大丈夫よ)
(くれぐれもご無理なさらないでください)
(……ありがとう、シルフィー。でも家で作業できるようになったから気が軽くなったよ)
(それはなによりです)
そのおかげか、自分でも驚くくらいに足取りは軽くて、少しばかりその速度も早まっていく。足元に貼り付いた影は次第に長く伸びて、夕方であることを再確認させられる。やがて露店街に差し掛かり、何か足りない日用品はなかったかななんて考えながらきょろきょろとしていると、店仕舞いを始めている魔導詩屋のおじさんと目が合った。
特に用事もないので会釈だけしてそのまま通り過ぎようとすると、ちょっと待ってと引き留められた。
風の魔導詩の著作権の件は、魔導詩屋と村でやりとりするようにしてもらったし、揉めるようなこともないはずだよね。なんだろう。
「エイミーちゃん、ちょうどよかった」
「はぁ……なんでしょうか?」
私に用事はなくとも彼には用事があるらしく、なにやら木箱をガサゴソとしている。なにかを探している様子だけど、なかなか見つからないようで、背中を向けた格好のままでおじさんは話を続ける。
「風の魔導詩、結構売り上げが伸びててね、儲けさせてもらってるよ……あれ、どこだったかな……お、あったあったこれだ」
探していたものを、おじさんは振り向きざまにひらひらと揺らしながら私に手渡してきた。それは、もちろん魔導詩だった。どうやら土の魔導詩らしい。
らしい、というのは、その文章を読んでもまったく意味がわからなかったからで、土の魔導詩とわかったのは、文頭の文字が『土』だったからだ。
肝心なその文章は、こう書かれていた。
『土よりもたまれ』
ん? なにこれ? これまた意味がさっぱりだ。眉間に皺を寄せてうーんと頭を捻る私と同じことを考えていたらしく、おじさんも困り顔を向けた。
「これ、なんですか? 土の魔導詩ということはわかるのですが……」
「そうなんだよ、俺にもそこまではわかるんだが……どうも、というかやっぱり思った効果がでないらしくてな」
「どういう効果なんですか?」
「まぁ文章通りといえばそうなんだが、土がボコッと盛り上がるんだよ」
「そういう効果では駄目、ということですか?」
「あぁ、本当は道の舗装をするためのものらしいんだな」
おじさんの話からすると、盛り上がるとは言っても高さ10cm程度のもので、せめて好きな高さに盛り上げられれば土壁作りに使えるけど、こんなモグラが穴を掘った跡みたいな効果しか発動しないから、どうにも使いようがないらしい。
つまり、『道の舗装』が目的ならこの『土よりもたまれ』という文章自体がおかしい、ということになる。
この世界にはアスファルトがないから、道は全て土、街の中は石畳なのだけど、おそらくこの魔導詩は街や村の外の道の舗装のため、つまりは『公共事業』的な目的で書かれたものなのだろう。
「道を舗装するのが目的なら、確かにその効果は意味がわからないですね」
「だからよ、これが解決しないと道はいつまで経っても轍や石ころなんかでデコボコのままなんだよ」
「そうですよね、確かに徒歩でも歩きにくいというか疲れるというか……お世辞にもいい道ではないと思います」
「そう思うだろう? しかもこれが大量にあるもんだから、こっちとしても困っててな」
「あー……処分に困ったからどうにかしてくれって言われているのですか?」
「その通りだエイミーちゃん。困ったなぁ……」
変な公共事業で末端が酷い目に遭うっていうのは、どこも変わらないんだなと妙な感心をしてしまう。
――とにかく。
この『土の魔導詩』がやけに気になってしまうね、文章通りの効果があるのに想定した効果がでないっていうところが。とりあえず一枚持っていても損はないかな、ちょっと興味もあるし。
「だったら、私に一枚売ってもらえませんか?」
「どうにかしてくれるのか!? だったら無料で持ってってくれよ」
「いえいえ、どうにかできる自信もないので、買わせてもらいます」
「そうか……そうだな。じゃあ2ガルで構わん」
すがるような表情を見せるおじさんから『土の魔導詩』を受け取りアイテム袋に仕舞って、夕暮れのバルサの街を後にした。




