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第50話 ー 校正中はお静かに

「これ、いつになったら終わるのかなぁ……」


 図書館館長のエルバさんから、半ば強引に仕事にされてしまった『この国 の歴史』の校正の仕事なのだけど……、正直断ればよかったと後悔している。なにしろこの国の歴史なので、そこそこの文章量がある上に、肝心の文章がもう滅茶苦茶なので、前世でやっていた校正とはかけ離れていたからだった。

 本来なら、誤字脱字や表記揺れなんかを主に見て、間違いを指摘していくのだけど、この世界にある全ての本は『それ以前』な文章なので、まずは何が書かれているのかを推測しなくてはならないから、これはもはや『推理』、いや、本の性質からして『歴史学』なのかも。


「エイミーさん、進行具合はいかがですか?」


 私のデリケートな作業に御構い無しでちょいちょい話しかけてくるエルバさん。もうちょっと空気読んで欲しいなぁ。あからさまにイラっときている私の思考を読んだのだろう、シルフィードが念話を飛ばしてくる。


(エイミー様、風の壁を構築して、グラスハーブ様を近づけないようにいたしましょうか?)

(いやいやそれだとシルフィーの存在がバレちゃうから大丈夫よ)

(ですが……)

(仕方ないよ、私が我慢すればいいだけだから)

(……エイミー様がそう仰るのでしたら)


 たぶん顔に出ているであろうイラつきを隠すよう、顔を向けず鉛筆を走らせたままエルバさんに答えた。


「えぇ、順調……とは言い難いですが、焦らずにやろうかと思っています」

「そうですかそうですか。時間はいくらでもかけて構いませんよ。でもまぁ、正直言いますと早く見てみたい、という気持ちもなくはないのですが……」

「あはは……はい、努力してみます」


 はい、貴方エルバさんがお静かに私を放置してくれれば効率もあがるというものですよ! とは言えないのよね……。と思っても、やっぱりエルバさんは容赦がない。


「ところで、貴女は以前、ご実家の方で勉強を家庭教師に習っていたと仰っていましたが……」

「えぇ、もうだいぶ前のことですが……」

「さぞかし優秀な方なのですね、その家庭教師の方は」

「え、えぇ、そうですね。おかげでこうやって本も読めますし」

「そのくらい優秀である方なら、私も名前くらいは知っているはずなのですが……。差し支えなければその方のお名前を伺っても?」


 あ、ヤバい。そんな人いないんだけどどうしよう。設定なんです、とも言えないし。どうやって誤魔化そうか……なら。


「えーっと……。実は名前を口外しない、という条件で家庭教師をしてもらっていたので、これは言えないのです、申し訳ありません……」

「……ふむ、なるほど。そういうことでしたら詮索はいけませんね。大変失礼いたしました」


 エルバさんは申し訳なさげな顔をこちらに向けて言った。

 ふぅ。なんとか誤魔化せた……のかな。ちょっと無理があるけど、とりあえず今は事なきを得た、ということで納得するしかない。でもこれでは対症療法にしかなっていないこともわかっているから、いずれ整合性のとれた理由を考えないといけないね……。

 とりあえずは『エルバさんとなるべく会わないようにする』のがいいとは思うのだけど。よし、ものは試しに提案してみるかな。


「いえいえ、こちらの都合なのでエルバさんが謝る必要は……。ところで、ひとつお願いがあるのですが」

「ほう? なんでしょう」

こちら(図書館)に通って作業を進めるのもいいのですが、私も教師の仕事も含めて色々忙しい身です。そこで、この本(この国の歴史)を持ち出して、自宅で作業したいと思ったのですが、それって可能でしょうか……?」


 顔を逸らしつつ目線だけエルバさんに聞いてみた。エルバさんはうーんと考えながら銀の髭を撫でている。

 やっぱり校正という作業は、確実に静かで独りきりで行いたいのだ。前世でもスマホの電源は切っていたし、おおよそ音の出そうなものはすべて排除していたから、同様の環境を作りたい。どうでしょうといった感じの顔をエルバさんに向けると、彼はなにか踏ん切りのついたような顔で言った。


「……分かりました。そうですね、お一人で集中された方が好結果を生むのであれば反対する理由もありません。ですがさすがに大事な蔵書ですので、時々で構いませんから、こちらに出向いていただいて、本の確認をしたいのです。それと……」

「……それと?」

「書き直す際には、魔導紙で書いていただきたいのです」

「……えっ? なぜですか?」


 本の持ち出し許可はいただいたけど、なぜ魔導紙に書かなくては駄目なんだろう。魔導紙の残りはまだまだあるけど、魔力がないし。どうしよう。


「魔道紙に魔導インクで書かれたものは、掠れやインクの脱色など、つまり劣化が生じないからです。せっかくですのでその方がよいかと」

「ですが、紙はとにかく、今、私魔力が少なくなっていまして」

「もちろんエイミーさんの無理のない範囲で構いませんよ。特に期限を設けているわけでもありませんから。ご自分のペースで結構です」

「わかりました、そういうことでしたら魔導紙で書かせていただきます」


 よし、これであの煩い……もとい話好きなエルバさんから逃げられる。

 そして念押しするよう付け加えるエルバさん。


「くれぐれもご無理はなさらないようにお願いしますね。あと、本の管理だけは厳重にお願いいたします」

「はい、わかりました。……あ、ところで」


 私は前から疑問に感じていたことを聞いてみることにした。それは『魔道紙』はどこで手に入るのか? ということだった。なぜか魔導詩屋のおじさんは知らないし(自分は完成品のみの扱いしかないから知らないとのことだった)、だったらエルバさんは何か知っているかも? と思ったからだ。幸いまだ魔導紙のストックは潤沢にあるから今すぐに欲しいというわけではないのだけど、知っていた方がいいだろう。


「はい? なんでしょうか?」

「えっと、魔導紙ってどこで手に入るものなのでしょうか?」

「あぁ、それはですね……」


 エルバさんは丁寧に教えてくれた。

 噴水広場から南に行った突き当たりに『神の御寝所』なる建物(教会のようなものだろうか?)があって、そこに雑貨屋などで買える普通の紙を一晩奉納すると魔導紙になるらしい。

 そういえばステボの街内マップにそんな場所があったような気がする。


 今日はもう遅い時間だから、明日カレーを食べるついでに『神の御寝所』を見てみることにしよう。


 借りた『この国 の歴史』を恭しくアイテム袋に仕舞い、エルバさんに見送られながら図書館を後にした。

『表記揺れ』とは、文章中の単語の表記が統一されておらず、2通り以上の書き方がされていることです。例えば「カエル/蛙/かえる』などです。この小説自体にも表記揺れがあると思いますが、何卒ご容赦願います。正直そこまで見る余裕はありません……。

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