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第49話 ー 国家事業は言い過ぎです

「おおっ! 今日もいらっしゃいましたかエイミーさん。相変わらず熱心なことで。わたくしエルバ・グラスハーブも襟を正す思いですねぇ」


 ……あー見つかっちゃったか。エルバさん、話長いんだよね。悪い人ではないんだけど一度捕まるとなかなか解放してもらえない。それにしても朝から随分と元気な人だ。

 ちなみにこのエルバ・グラスハーブさん、なんというか渋い見た目に反してフレンドリーな人で、今ではお互いを「エイミーさん」「エルバさん」とファーストネームで呼び合うようになっていた。あ、特に他意はありませんよ。


 豊かな銀の口髭を何度も撫でながら、エルバさんはこちらの都合も考えずに続ける。黙っていればダンディーなおじさまなのだけど、ちょっと残念な人だ。


「で、今日はまた『この国 の歴史』ですか?」

「えぇ。でも今日は、読むだけじゃないんです」

「ほう? では何を?」


 私の『読むだけじゃない』という部分にエルバさんはつぶさに反応する。

 まるで「何して遊ぶ?」と子供のような表情で顔を私に近づけてくるのだけど、近い近い近いです。


「きょ、今日はこの本の校正……いや、読みやすく書き直してみようかと思ってるんです」

「校正? その言葉は初めて聞きましたが、つまり……読みやすく書き直すことを校正、と呼ぶのですね?」

「え、えぇ、そういうことになりますね(厳密に言うと違うけど)」


 しまった、この世界には校正という言葉がないんだね。まぁ何しろ識字率がアレだから、そもそもこの世界には校正という概念も必要もないんだろう。というかエルバさん、この本を読んでなんとも思わないのだろうか。そう思って聞いてみた。


「エルバさんは、この『この国 の歴史』もそうなのですけど、ほかの本を読んでも、その……なにも思わないですか?」

「なに、と仰いますと?」

「えぇと、なんというか……意味がわからないといいますか、書き間違いが多い、とか……?」


 仮にも図書館の館長なのだから、この図書館の本の文章がことごとくおかしなものだということくらいわかっているだろう。でも、エルバさんの答えは意外、というか実はある程度察しがついていたのだけど、こう言った。


「え、えぇ。なんとなくおかしいかも? くらいは感じるのですが、特に疑問となると正直言って私にはわかりません。書いてあることの内容はおおまかにはわかるのですが。……いやはやお恥ずかしいことです」


『この国 の歴史』を読んでなんとも思わないってどういうこと? 一体この世界の人達の頭の中はどうなっているんだろうか。前世の記憶があり、当たり前に教育を受けていた私からは想像すらできない。でもそれはこちらの常識であって、この世界の人達にとっては私の読解力こそ想像できないのだろう。でないと、こんな本が存在してるわけがない。


 一方でバツ悪そうに頭をぽりぽりと掻くエルバさんに私はこう返す。


「あぁ、いえ……私にはこの『この国 の歴史』に書かれている内容自体は正しいと思うんです。でも、正しい文章で書かれているかというとそうではないと思っています。なので、読みやすくしてみようかなって考えたのですが……」


 と言うやいなや、カッと目を見開いてエルバさんはまたもや顔を私に近づけてくるのだけど、近い近い近いです。しつこいようだけど近い近い近いです。


 そして鼻息荒く捲し立てるエルバさんは、


「それは素晴らしいことです! もはや国家事業といっても過言ではないくらいです!」


 と早口で半ば叫ぶように言った。


 は? 国家事業とか大袈裟だと思うんですけど。ただ私は単に、気持ち悪い誤字脱字だらけの本の存在が許せない、というと言い過ぎだけど、読んでて『気持ち悪い』から校正士として正したい(仕事をしたい)だけなのだ。いや、この仕事にお金は発生しないのだから、ボランティアという名のお節介、が正しいのかな。

 

 でも、エルバさんのこの発言で、それは仕事となってしまうのだ。


「もしエイミーさんさえ良ければなのですが、貴女がその校正? をされたものを当館に寄贈していただけるのでしたら、仕事としてご依頼をしたいのですが」

「えっ? し、仕事ですか?」


 指をこれ以上ないくらいにビシッ! と立てて語気をさらに強めたエルバさん。そして何度でも言うけど、近い近い近いです!


「えぇ仕事です! しかも立派で意義のある仕事、です! もちろん貴女がハカランダ村で教師をされているのは承知しています。ですので、貴女のご都合でこちらは一向に構いませんが……いかがでしょうか?」


 エルバさんの提案に、うーんと少し考える。そもそも私がやりたいから校正をしようと思っただけだし、それに対して仕事として依頼を、ってことだから断る理由もない。断ると逆に図書館ここに来づらくなるし。なにしろこの仕事には締め切りがないのだから気楽といえば気楽か……よし。


「わかりました、そのご依頼、私なんかでよろしければお受けいたします。ですが、私も教師の仕事とか色々ありますので、当初考えていたように、週に一度こちらに伺う、でよろしいのであれば、なのですが」


 もちろんそれで構わないというエルバさん。なんか思いがけず仕事を得てしまったのだけど、果たして良かったのだろうか? また忙しくなりそうだね私。

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