第47話 ー カレーの日とカマイタチ
さて、今日は週に一度の金の日。そう、言うまでもありません、週に一度のお楽しみ、カレーの日です!
試行錯誤の割にはあっさりと完成した『シルティー』を、ダフィーに試してもらうつもりなのだけど、厳選に厳選をして、持っていく茶葉は『高温度で短時間・粗』と『低温度で長時間・粉末』にした。
味は両極端なのだけど、『高温度で短時間・粗』はクセがなく爽やかな飲み応え、『低温度で長時間・粉末』はクセと苦味はあるけど、風味が濃い。つまりこっちは『抹茶』みたいなもの。抹茶のように淹れるから手間はかかるけど、その価値は充分にある味だと思う。あ、ということは……ザックさんだな。帰りに頼んでみよう。
カランカランと小気味よく鳴るドアを開けて白狼亭に入ると、いつものように混み合っていた。いつも座るカウンター奥の座席が空いていたので、案内されるまでもなくそこに向かう。
「ダフィー、来たよー」
「あ、エイミーいらっしゃい! 飯3ね。飲み物はどうする?」
もうね、毎週来てるから頼むまでもなくカレーが出てきます!
「えっとね、今日は水にしておくわ」
「了解。マスター、3ひとつ入りまーす!」
「あとね、ランチタイムが終わったら少し話があるんだけど」
「うん、わかった。じゃあもう少し待ってて!」
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白狼亭の客足も少しずつ減り、ランチタイムが終わったあと、後片付けをするダフィーの背中に声をかける。
「ねえダフィー。この前の件なんだけど」
「ん? あぁ、飲み物の件? もしかしてなにか思いついたとか?」
「えぇ、まぁね。とりあえず試してもらうのが早いと思うから、少しだけ厨房を借りてもいいかな?」
「オッケー、もちろんよ。マスター、エイミーに厨房貸してあげて」
厨房には初めて入ったけど、かなりきちんと整理されていて、こんな見えないところに気を遣うのも、人気店になる秘訣なのかもしれないね。
お茶の用意をする横で夜の仕込みをするマスターも、私が淹れるお茶の香りに好反応のようで、ことあるごとに鼻をすんすんさせていた。
「マスターのぶんもお淹れするので、あとで試してみてください」
「はいよ、じゃあはやく片付けちまわないとな」
すでに奥のテーブルで私を待つダフィーに、淹れたての二つのティーカップを置くと、
「おぉ〜……、これはいい香りだねぇ」
「でしょ? じゃあ早速飲んでみて? こっちが爽やか系で、こっちがちょっとクセがある系」
「なるほど。……じゃあ、爽やか系からいただくね」
飲む前にカップに鼻を寄せて、すんすんと香りを確認するダフィー。
「いい香りだね。……けどこれ、どこかで嗅いだような気がするんだけど、これお茶なんだよね? なんの葉っぱなの?」
「えっとね、それは『バルサミント』を乾燥させた葉っぱだね」
「えーっ!? バルサミントってアレでしょ、そこらへんにいっぱい生えてる雑草だよね?」
「そうなんだよ。うちの裏庭にもたくさん生えてたから、ものは試しで作ってみたんだよ」
「そうなんだ。でも雑草かぁ……。味の方は大丈夫なのこれ?」
「まぁ飲んでみて。私も昨日飲んだけど、なんともないから毒はないよ」
あえて味を言わなかった私の言葉に、半信半疑な顔で恐る恐るカップに口をつけて、覚悟を決めた様子でダフィーがぐいっと一口飲んだ。ほらほら美味しいでしょ? せっかくシルフィードが作ったんだから美味しいって言って!
「……エイミー」
「ん? なに?」
「……これ、美味しいよ! めっちゃ美味しい! お父さんもはやく飲んでみてよ、片付けなんて私があとでやるから! はやくはやく!」
その声に慌ててテーブルに駆け寄って、二つを飲みくらべたマスターも同様の感想で「是非これはうちで出したい!」と大興奮。よしよしこれなら新メニューになりそうだね。
もうそこからは大変だった。二人は鼻息も荒く、いくら払えばいいのかとか淹れ方はどうすればいいのかとか、質問の嵐。
白狼亭で出すぶんには、私とシルフィードで充分に確保・供給できる量だということがわかっているから、後日改めて茶葉を届けて、追加分は時間を見て作り置いて毎週金の日に届ける、ということになった。
で、肝心の報酬なのだけど、二人からは『ずっと白狼亭の食事は無料!』と提案された。さすがにずっと無料というのも気がひけるから『週に一度のカレーは無料!』で納得してもらった。これでも私にとっては充分ウィンウィンです!
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その日の夜。
お風呂上がりに冷たいシルティーを飲みながら、あることを教室で考えていた。
昨日見た『チャクラム』は、今回のお茶の一件ではものすごく役に立ったけど、だけどやっぱりまだ心のどこかで消化しきれていない。つまりまだ怖いのだ。
「エイミー様、いかがなさいましたか?」
「うん。昨日の……チャクラムのこと考えてたの」
「なるほど、まだご心配なのですね」
「えぇ……シルフィーを疑ってるわけじゃないのよ。でもね、実際あれを見ちゃうと、どうしても、ね……」
ふうっとため息をつく私を察したのか、シルフィードがこんなことを言う。
「やはり『だれかを傷つける』ということがご心配なのですね」
「そうね、それが一番心配かな……」
「では、『エイミー様を襲う者を止める場合、私はどうするか』を実際にお見せしたいのですが、ご協力いただけますか?」
「えぇ、それは構わないけど、どうする――」
と、答えた瞬間、私の首にはシルフィードがいつの間にか飛ばしたチャクラムがくるくると纏わり付いていた。やがて、それはまさに『真綿で首を絞めるように』徐々に小さくなってくるのがわかる。
「このように、頸動脈を絞めて気絶させるので問題ありません。そして――」
今度はもう一つのチャクラムが私の両足首を緩く拘束していた。
これら一連のシルフィードの行動に、私はまったく気付きもしなかった。つまり、過程がわからず結果だけを思い知らされたのだった。
「……シルフィーの言いたいこと、わかったよ。こういうことなら私も安心できるよ、ありがとう」
「分かっていただいてありがとうございます。他者はもちろんエイミー様ご本人を傷つけることもあり得ませんのでご安心を。エイミー様は私の所有者……いえ、『大切な家族』ですから」
家族。
おそらく所有者と言うと、私が機嫌を損ねることがわかっているのだろう。そこまで気を遣ったシルフィードの『家族』という言葉に、たとえそれが『仕様』に則ってのことだとしても嬉しかった。
「そうね、もう家族だよね。……あ、それともうひとつ」
「今度はなんでしょう?」
「昨日、最初にチャクラム飛ばした時に『チャクラム射出』って言ってたじゃない? あれって名称変更できないの?」
「それはもちろん可能ですが……なにか別の呼称に変更されたいのですか?」
「うん。『カマイタチ』がいいなって」
チャクラムでも別に構わないのだけど、チャクラムって実在する武器だから、実体のないただの風の渦であるシルフィードのそれに、チャクラムという名前は物騒だなぁ……と思ったのだ。しかも伝承では、カマイタチに切られた痕は痛みもないし血も出ないらしいから、まさにシルフィードのチャクラムにはピッタリだと思ったのだ。あとこれは内緒だけど、中二病的に『カマイタチ』がかっこいい! というしょっぱい理由もあったりする。
『カマイタチ』を提案した私にシルフィードは小首を傾げる。
「『鎌鼬』ですか?」
「ううん、違うよ」
と私は返して、黒板にそれを書いた。これ、めっちゃかっこいいんじゃない?
『禍魔威太刀』
「どう? かっこいいでしょ!?」
「はい、素敵な呼称だと思いますが……」
「思いますが……、なに?」
「大変言いにくいことなのですが……」
「私たち家族なんでしょ? 遠慮なく言ってもいいんだよ?」
「では、申し上げます。それ……」
なにを言い出すのかと私は固唾を飲んで見守る。
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「それ、誤字です」
シルフィードに突っ込まれました。




