第42話 ー 胸の中に大事に仕舞っています
普段なら「おはようございます、エイミー様」とシルフィードは私を起こすのだけど、今朝は昨日のこともあって様子が違っていた。そういえば寝てる時にもうっすらと何度か聞こえてたような気がするけど、ずっと言い続けていたのかしら。
「ボイスメールマガジンガトドキマシタ。オキキニナリマスカ?」
「ねぇシルフィー? 私、もうちょっとだけ寝たいんだけど……」
「オキキニナリマスカ?」
「あとじゃ駄目なのそれ?」
「オキキニナリマスカ?」
「やっぱりそこは事務的なのね」
はい、どうやら聞かないと駄目みたいですね。
仕方なくベッドから起き上がり、ふあぁとおおきな欠伸をひとつ、ごしごしと目を擦って無理やり目を覚まし、ベッドに座り直す。
「はい、じゃあ聞きますよ」
「キノウパッチ『マルチタスク』『チャクラム』ガツイカサレマス。トリアツカイセツメイショノショメイヲコウシンシテクダサイ」
「……ん? マルチタスク? チャクラム? なにそれ?」
「トリアツカイセツメイショノショメイヲコウシンシテクダサイ」
「やっぱり拒否権はないのね。わかったわ、更新するから」
やっぱり事務的口調で言うシルフィード。予想した通り、案の定ビキニトップをまさぐって『風の魔導詩ver.02』をこちらに差し出してくる。突っ込みたくないけど胸のどこにしまってたの? あとで聞いてみよう。
前回の『インテリジェンスAI』もあったから、特に躊躇いもせずに署名を更新する。そしてやっぱり『風の魔導詩ver.02』は自動で丸まってふわっと浮き上がり、シルフィードのビキニトップの中に帰っていく。いや、だからその『風の魔導詩ver.02』、どこいっちゃったの?
「ねぇシルフィー。その『風の魔導詩ver.02』ってどこに仕舞ってるの?」
「どこと言われましても……あえて言うなら、私の胸の中に大事に仕舞っていますが。なにか不都合がありますか?」
……『私の胸の中に大事に仕舞っています』って。なんか可愛いこと言ってるし。聞いた私が恥ずかしくなっちゃうんだけど。まぁいいか、シルフィードには他意はないのだろうしね。でも可愛い。
「いえ、ないわよ。……で、『マルチタスク』って何? 並列作業ってことよね? 何を並列できるの?」
「さきほどまでは、一箇所しかできなかった風と温度に関するあらゆる制御を、複数箇所でできるようになります。もちろん冷却・加温混在でも可能です」
「つまり、教室とキッチンで独立して同時に冷やしたり温めたり、ができるってこと?」
「はい、最大四箇所まで可能となりました」
それって要するに各部屋にエアコンがつくってことだよね? すごいよシルフィード、あなたどこまでデキる娘なの?
「四箇所ってすごいね。あ、でもシルフィーって風の制御をしてる時に手を動かしてるけど、それだと二箇所しかできないんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。これがその代わりとなります」
そう言って、纏わり付いていた羽衣の両端をつまんで見せる。なるほどその羽衣ってオシャレアイテムじゃないんだね。
「なんだかシルフィー、どんどん進化してるじゃない、すごいね」
「恐縮です、エイミー様。でも、この場合はバージョンアップというのが適切かと思います」
「あぁ、まぁそうか、そうだね。で、もうひとつの『チャクラム』ってなに?」
「……それはのちほどご説明したいのですが……」
「え? 今じゃ駄目なの?」
「いえ、駄目ということはないのですが……これは場所を変えて実際にお見せした方が早いと判断しているので……」
どうにも歯切れの悪いシルフィードなのだけど、場所を変えて、か……。別に二人きりなんだし、遠慮することもないんだけどなぁ。
「そんなことよりエイミー様、今日は裏庭の草刈りをするのでは?」
「あっ! そうか、それがあったね。すっかり忘れてたよ。じゃあ私は着替えるから、シルフィーはその間に物置小屋から鎌と手袋を取ってきてくれる?」
「了解しました。ではご用意して裏庭で待機しています」
部屋のドアをすり抜けて階下に降りるシルフィードを見送って、汚れてもいい服に着替える。ドアをすり抜けられるシルフィードがどうして物を持てるのか私には疑問なのだけど、シルフィードはきっとこう言うよね、「仕様です」って。
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簡単な朝食を済ませて、問題の裏庭に来てみたのだけど、実はそこまで行くための横庭から既に鬱蒼としていて、裏庭に着いたときには念の為に着用していた厚手のエプロンが、土やら枯れ葉ですっかり塗れている。見た目だけならもうとっくに草刈りは済ませましたがなにか? な出で立ちだ。
「うわぁ……改めて見てもすごいね」
「そうですね。これは私から見てもヤバいかと」
「あれ? ヤバいとか言うんだねシルフィー」
「はい、エイミー様の思考と記憶には常にリンクしていますから。このような状況を『ヤバい』というように認識したのですが合っていますか?」
「うんうん合ってるよ。これは――」
二人、顔を見合わせてお互いを確認するように。
「「ヤバい(かと思います)!」」




