第41話 ー ダフィーの悩み事
火の日のお昼時。今日もジリジリと暑い……のだけど、今はシルフィードがいるので外にいても汗ひとつかかず快適に過ごしている。ありがとうシルフィード。
ところで、これまでの火の日の過ごし方は、
『村・街周辺の地理の把握 村人とのコミュニケーション』
だったのだけど、もう数ヶ月この世界にいて、充分だと判断したから少し前から火の日は完全にフリーの日に充てていた。
ちなみに今は庭の花壇の水やりを終えて、椅子替わりの脚立に座りながらのティータイム。そういえばこの世界には炭酸飲料ってないよね。炭酸といえばエールはこの世界にはある。だけど、私はお酒は飲まないから、どうしても紅茶やコーヒー、それと水くらいしか飲むものがない。たまにはシュワっとしたもの飲みたい。せめてシュワっとはせずとも爽やかな飲み口の飲み物、ないかなぁ。
(さてと……今日はどうしようかな)
うーん、教室の掃除は普段ミームが手伝ってくれるから綺麗なものだし、特に買い足さなくちゃいけないものもないし……。
と、いろいろ思案していると遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
その声は、手を振り近づいてくる姿とともに明確になり、やがてよく知る人物だと分かる。
「おーいエイミー」
「あら? ダフィーじゃない、どうしたの?」
普段ほぼ休みなく白狼亭で働いている看板娘のダフィーが、なんで平日のこんな時間にここにいるの? 訝しげな顔の私に、あぁそうかという顔のダフィー。
「あー、今日はね、注文してた扇風機ができたから取りに来たんだ。本当はお店まで届けてもらって設置、でもよかったんだけど、エイミーの家に来てみたくて、お父さんに無理言って来ちゃったんだけど、迷惑だった?」
「ううん、そんなことないよ。私も今日は一日特に用事もないし、何しようかなって考えてたところ。だから大歓迎よダフィー」
「よかった〜。留守だったらどうしようかと思ったよ。ところで、暑いから家にお邪魔してもいい?」
「もちろんよ。さぁ入って。散らかってるけど」
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ダフィーを招き入れたのはいいのだけど、我が家にはいわゆる応接間がない。応接間は教室に使っているから、普段室内で寛ぐ時は、キッチンか寝室しかない。なのでダフィーを案内したのはキッチンなのだけど、ちゃんとテーブルセットもあるしいいよね。ダフィーもそれで構わないと言ってくれたし。
ちなみにキッチンにも扇風機は吊り下がっている。うちにはシルフィードがいるから必要ないのだけど、トムさんが「どうしても付ける!」と言って強引に押し切られてしまったのだ。なんか騙してるようで気がひけるなぁ。
「へぇ〜、これが扇風機なんだぁ。噂通りに涼しいね」
「でしょう? だからお店のお客さんも喜ぶと思うよ」
「そういえばこれってエイミーが考えたんでしょ? すごいね!」
本当はシルフィードのおかげなんだけどね、涼しいのって。
シルフィードのことは誰にも言うつもりはないし、ましてや扇風機のことを『前世で見たものを真似してるだけ』とは口が裂けても言えないから、この質問は正直戸惑うなぁ。
「あー、それはこれ……かな?」
たまたまテーブルの上に置かれていた竹とんぼを、ダフィーの顔に近づけてくるくると回した。というか誰? これ置きっ放しにしたの。たぶんトニーだね。
「なるほどねぇ。エイミーっていろいろ知っててすごいよね」
「そんなことないよ、これも私の住んでいたところでは普通にあったものだし、それを応用しただけだから。あ、そういえば『風の魔導詩』ってもう買った?」
「ううんまだ。帰りに買おうと思ってるよ」
「だったら今私が書いてあげるよ」
せっかくダフィーが来てくれたんだから、手土産代わりに書いてあげよう。あんなの、といってはアレだけど、すぐに書けちゃうから大丈夫。まだまだ魔導紙もいっぱいあるしね。それよりダフィーは唯一の同年代の友達だし。このくらいわけないんだから。
一人席を外して教室へ向かい、サッと一枚『風の魔導詩』を書き上げる。
なぜそうしたかといえば、なんとなく『魔導詩』を書くという行為は、どこか神聖なもので、人前ではやってはいけないのでは、と感じていたからだ。
(あの、エイミー様)
(ん、何? シルフィー)
(? い、いえ、なんでもありません)
(そう? ならいいけど)
どこか歯切れの悪いシルフィード。書き上げた『風の魔導詩』を改めて見ても、どこにもおかしなところはないし。あ、村の人以外が家に来たのが初めてだったからかな。でもダフィーなら『白狼亭』に行った時に見たはずなんだけどなぁ。
そんなことを考えながらキッチンへ戻って、再びダフィーとの楽しいお喋りに興じた。
―――――――――――――――――
二杯目のコーヒーを飲み干したダフィーが、なにか考え事をしているようで、ひとつ小さなため息をついて言う。
「うーん、どうしようかなぁ」
「ん? どうしたのダフィー。悩み事?」
「うん、実はね――」
ダフィーの悩みを聞くと、こういうことだった。
白狼亭は味も美味しいし、値段もお手頃に提供しているからお客さんも多く、商売としてはうまくいっている。食事はとにかく、夜のバータイム以外では飲み物のメニューがコーヒーと紅茶しかないから、それに加えてなにか新しい飲み物を出せないか、ということを考えているけどいいアイデアが浮かばないらしい。
「紅茶は精々ミルクかレモンよね。手間でなければ他の果物、例えばオレンジとかでフレーバーティーにすることもできるけど……ダフィーも大変ね」
「そうなんだよ、でも紅茶は紅茶、だもんねぇ……。うーん、どうしよう」
「私もなにか考えてみるよ。思いつくかわからないけど」
「ありがとうねエイミー。……あ、もうこんな時間!?」
今日は楽しかったわと、玄関先で落ちかけた夕陽に照らされたダフィーの背中を見送って、キッチンへと戻る。
「うーん、なにかいいアイデアないかなぁ……」
コーヒーカップを揺らしながらあれこれと思案していると。
「エイミー様。そういえば」
「ん? シルフィー。なにかいいアイデアでも浮かんだ?」
「いえ、そうではないのですが、少し気になることがあります」
「うんうん、なに?」
「裏庭がすごいことになっているのですが」
はっ! そういえばこの世界に来てから、一回も裏庭に行ってなかったよ。表の庭のことしか頭になかったから、すっかりその存在すら忘れていた。
どれどれと教室に向かって、窓を開けて裏庭を見てみると。
「うわぁ……。これは確かにすごいね……」
雑草だらけの裏庭に愕然とする。ここまでだとミームに手伝わせると草で足を切ってしまいそうだしなぁ。仕方ない、明日にでも草刈りしないと。
「じゃあ、明日は図書館に行くのはやめて、草刈りしようか。シルフィーも手伝ってね? 刈り取った草を風で吹き飛ばしてくれれば――」
と振り返りざまにシルフィードに言うと、なにやら一人ふむふむと頷いてる。なんか誰かと話してるみたいに見えるけど。
「ボイスメールマガジンガトドキマシタ。オキキニナリマスカ?」
えぇっ? またなにかあるの? それ明日にしませんか?




