第40話 ー シルフィードと私
風の精霊シルフィード。彼女が我が家に来て一週間が経った。
性別は一応女性型を想定して『風の魔導詩ver.02』を書いたから、見た目は女の子。『精霊に性別?』という疑問はあるのだけど、とにかくシルフィードは可愛くて綺麗な女の子なのだ。
だって出るところ出てるし、羨ましいくらいにくびれてるし。いいなぁ。
その理想的なスタイルもさることながら、最近では所作も女性らしくなってきていて、例えば強めの風を起こす時なんかは一枚布を片手で押さえて、捲れないようにしたりする。こんなところにも『インテリジェンスAI』は作用するんだね。それにしてもたった一週間なのに、これは凄いことだよ。
恥じらいまで持てるなんて、と思って彼女に聞いてみた。
「【セミステルスモード】なのに恥ずかしいの?」
「いえ、恥ずかしいという感情は私はまだ持ち合わせていないのですが、エイミー様が普段そうしているので、こうした方がいいのか、と」
「ふうん、そういうことなのね。私を見て学習してるってこと?」
「そういうことになりますが、不都合がありますか?」
「ううん、大丈夫よ。そういうことならお淑やかな私を見習うといいよ」
「了解しました。エイミー様」
自分で『お淑やか』とか言う私もどうなのかと思うのだけど、彼女の見本になるのなら、頑張っちゃいますよ。なるべくですけど。
それにしても彼女の口調もだいぶ砕けてきたような。今までは『承知』だったのが『了解』に変わってるしね。基本は丁寧だけど、以前の『主従の関係』から『先輩後輩』みたいな感じになってきているから、実は彼女と話すことが楽しい。家族が増えたみたいに感じている。
あ……、だから『音声会話が必要と判断した』って言ってたのか。
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そんなシルフィードなのだけど、会話もさることながら、肝心の彼女の役割、つまりエアコンとしての機能は、もう完璧以外の何物でもありません!
私も彼女にお願いするのにも慣れてきたし、今では「暑いな」と思うだけですぐに快適な温度に下げてくれるから、これってもはや命令のレベルを超えてるような気がする。
「ねえせんせえ〜?」
「ん? なぁにミーム? わからないところがあるの?」
「ううん。あのね、ここのせんぷうき、なんでうちのせんぷうきよりすずしいの?」
勉強の手を止めたミームが小首を傾げて聞いてくる。あーもうミーム可愛すぎ、妹になってくれないかな。無理ですよね、えぇわかってます。
シルフィードのことは誰も知らないし、教えるつもりもない。ここで慌てた素振りを見せると、ミームに勘ぐられてしまう。妙に勘が鋭いのよねこの娘。
「『風の魔導詩』を創ったのが私だから、私が動かすとそうなるんじゃないのか……な?」
ってうまく(いったかわからないけど)誤魔化した。
今天井でくるくると回る扇風機、実はこれ、回っていなくても涼しいのだ。なにせシルフィード自体がエアコンなのだから扇風機は必要ない。でも、何もない部屋に涼しい風が吹くのもおかしな話。だからシルフィードには扇風機をダミーとして動かしてもらっている。
(なぜこれを動かす必要があるのですか?)
(うーん、それは話すと長くなるから、勉強が終わってから話すわ。それと、あと少しだけ温度上げてくれる?)
(了解しました)
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その日の夜。
風呂上がりにキッチンに腰掛けながら冷たい水を飲んでいる。この水も、本来なら常温なのだけど、これもシルフィードが『急速冷風』で冷やしてくれたものだ。そのシルフィードは、最適な風量と温度で、後ろから私の髪の毛を乾かしてくれている。つまりはドライヤーなのだ。しかもちゃんとブラッシングまでしてくれる。
こう考えると『風の魔導詩』って便利だよね。最初は使いどころがわからないって思っていたのだけど、今ではシルフィードなしの生活は考えられないくらい。
「ねぇシルフィー、あなたって本当に便利よね」
「そう言ってもらえて恐縮です。生活向上人型精霊冥利に尽きます」
「冥利なんて言葉知ってるのね」
「はい、私は常にエイミー様の思考と共に記憶にもリンクさせていただいていますから」
「……それは、私の記憶を覗いてるってこと?」
「はい、そうなります。ですが、エイミー様が覗かれたくない記憶にはアクセスできませんし、積極的に覗くこともいたしません。必要に応じて覗かせていただいているのです」
「そうなんだ……、でもどうしてできないの?」
「それは……」
シルフィードがここで言い澱む。私は息を飲む。そしてついでに水も飲む。
と、ここでそれまで後ろにいたシルフィードがくるっと私の前方に回り込んできて、なにか言いづらそうな態度を見せてモジモジしているように見える。
あれ? これって聞いちゃいけないことだったりするのかな……。
と思っていると、少し小声でシルフィードはこう言った。
「……仕様です」
「っ……、ぷぷっ」
思わず吹き出す私。なにこのナイスな間の取り方。しかも仕様とか、なんか重大なことでも言い出すのかと身構えた私がバカみたいじゃない。
「私、なにかおかしなこと言いましたか?」
「ううん、大丈夫。あ、それでねシルフィー、お昼に話したことだけど――」
『これを動かす必要があるのですか?』と言ったシルフィードに事情を説明することにした。
「あなたはわかっているかと思うけど、私は元々この世界の人間じゃないの。でね、私のいた世界って、この世界に比べたらとても便利なの。それこそシルフィーのように風を操るモノが普通に普及してるんだよ。もちろん私が『風の魔導詩ver.02』をたくさん書けば、この世界は一気に便利になるのもわかってる」
「はい、そうですね。それは理解できます」
「でもね、この世界にとってシルフィーは便利の範疇を超えているの。つまりね、文明レベルが一気に上がってしまうということなの。これは私のエゴなのかもだけどね、文明レベルというのは、あくまで時に任せて緩やかに上がるのがいいって私は思ってる」
「……なるほど。つまり私はこの世界にとっては『異端』である、ということでしょうか?」
異端。
シルフィードの『異端』という言葉に私は自らを振り返る。
私はこの世界に来て数ヶ月経っているけど、実は心の奥底にある、一種の『疎外感』を払拭できないでいる。いくら村の皆さんがよくしてくれていても、所詮私はこの世界では『異端』なのだ。
そんな『異端』が、さらに『異端』を作り出したのだから、その産物であるシルフィードは『異端の中の異端』なのだ。姿形も立場も全く違う私たちは、実はとても似ているのかもと思う。
そして自らを『異端』と言い放ったシルフィードの表情が、どこか曇って見えた。もしかしたら今までの会話や生活が、シルフィードに『感情』というAIを超えたものを得るきっかけになっているのかも知れない。でも私はそれでいいと思っている。シルフィードとはこれからも長い付き合いになるのだから。
「異端……えぇ、そうね、異端なのかも知れないね」
「……」
「あ、でもね、私が『風の魔導詩ver.02』をこれからも書く気がないのはね?」
「……なぜでしょうか? エイミー様」
最初は「あんなに長い文章、面倒臭いからもう書かない」だったのだけど。でも今はそれだけじゃない。相手がシルフィードとはいえ、なんかこういうの恥ずかしいな。でも、私はシルフィードを家族のように思っているし……。
ううん、言っちゃおう。
目を合わせて言うのが恥ずかしいから、私は少し俯いて言った。
「……シルフィーがたくさんいて、他の人と仲良くしているのを見ると思うと……その……嫉妬しちゃいそうだから!」
それまで神妙に私の話を聞いていたシルフィードも、俯き黙り込む。
数秒の時間が流れ、ハッと弾かれたようにシルフィードが口を開く。
「……なんでしょう、これは」
「ん、どうしたのシルフィー?」
「……ここが、制御していないのに温度が上昇しています。故障でしょうか?」
その言葉に導かれるように頭を上げてシルフィードを見ると、彼女は両手を胸に添えていた。
「……ううん、それは故障じゃないわ」
「では、なんなのでしょう? 私にはわかりかねます」
「今はわからなくても大丈夫。いずれわかると思うよ。だから、ちょっと近くに来て?」
スーッと目の前に来たシルフィードの頭を撫でる。
大丈夫、私がいるからね。いつまでも一緒だよ、シルフィード。




