第32話 ー 竹とんぼは村を救う
教室内はこれでもかというほどの緊張感と静寂に満たされていた。扇風機の規則正しい風を切る音だけが教室を支配する。
それは当然の話で、今までに見たことも聞いたことも、もちろん作ったこともない『扇風機』なる奇妙なものが、ここに居る全員の頭上で快適な風を提供しているのだから。私は前世で扇風機なんか当たり前に見てきたからなんの驚きもないのだけどね。とはいえども、だ。この重っくるしい空気、どうにかしたいのだけど。
「せっ、先生よぉ……」
ようやく我に返ったピート村長が、俯き加減でいきなり私の両肩をその大きな手でガシッと鷲掴みにした。その手は小刻みに震えているのだけど、握力が尋常じゃない。痛い痛い、私女性ですよ! もうちょっと加減してください。
「は、はい!? なんでしょう?」
ほとほと困りかけて発した私の声に、絞り出すようにピートさんは言う。
「………う」
「えっ? な、なんですか?」
「……よう」
「えっと……」
ピートさん、今まで見たことのないくらいに目をカッと見開いて私に言った、というか絶叫した。
「採用!!!!!!!!」
「うへぇっ!?」
うん、どうやら採用らしいのだけど、採用って何? トムさんの家に設置っていうことだよね? それよりあまりの大声で耳がキーンって鳴ってるのですが。周りを見ると、うん、皆さんキーンしてますね。ミームだけはケロっとしてるけど、お爺ちゃんの声だから慣れてるんだね。
「先生! こりゃあ凄いもん作っちまったな! これなら工房に篭って作業しても倒れることはないだろうぜ」
「いえいえ、私は『風の魔導詩』を書いただけですから。これをこんなにいいものに作り上げたのは皆さんですよ。あ、私の時みたいに大惨事にならないよう、文章も考慮して『風の魔導詩』は書きましたので、事故も起きないと思います」
「そうかそうか、先生がそう言うなら安心だ。……ところで先生、さっきの採用っていうのはだな……」
そう、それが気になってるのをすっかり忘れてた。
「この扇風機、全工房で採用! ……いや、採用じゃねぇな。これ以上トムみたいにほかの職人に倒れられちゃあ、村全体の問題にもなり兼ねんからな。これは村の『義務』にする!」
「「「「「「「おおおー!」」」」」」」
ちょっとちょっと、いきなり話が大きくなったよ。というかですよ。
「ピートさん、義務って言いましたけど、村に工房っていくつあるんです?」
さすがに私もいくつ工房があるのかなんて把握していないし、ましてや全工房に設置なんて今聞いたから、それに見合った数の『風の魔導詩』の準備をしていないのだ。
「全部で37だな!」
「さ、37!? 私、今回使うための風の魔導詩一枚しか用意してませんよ?」
「そういえばそうだな。……先生、悪いんだが、もうひと頑張りしちゃあくれないだろうか? もちろん働きに見合った報酬は出す!」
カギカッコのように深々と頭を下げるピートさん。
「ピートさん、頭を挙げてください。もちろん私でできることならご協力しますし、報酬も結構ですので」
「それは駄目だ。俺たちは物を作って生活してるんだ。だから先生にも報酬を出すのは当たり前だ」
「ですが……」
正直、今回程度の魔導詩は私にとっては『メモ程度』の労力しかないし、魔導紙もまだまだ充分に持っている。心配なのは一枚魔導詩を書くたびに消費するステータス『魔』の数値だけ。でも37の工房ならぎりぎり賄える。とはいえ今押し問答してもなぁ……よし。
「……わかりました。では、報酬の代わりになるかはわかりませんが、教室の窓をひとつ増やすことはできませんか? 勉強で子供達も暑いでしょうし、それを報酬で、というのはいかがでしょう?」
「それくらいでいいなら、俺は構わねえんだが、本当にそれだけでいいのか?」
「えぇ、それで構いませんよ。子供達にはちゃんとこまめに水分を摂らせていますから、熱眩みの心配もありませんよ」
「そうか……わかった! おいデニス、窓一つ追加、どのくらいでできる?」
工務店若棟梁のデニスさんが、そうだなといった表情で教室を見回して、
「今日中に仕上がるな……」
と呟く。えーっ、そんな早くできるの? そこまで急いでないんですけど、できると言ってくれるなら是非お願いしたいものです。
「よし、じゃあそれで決まりだ。じゃあ早速手分けして扇風機、作っちまおう」
「あ、この扇風機はどうするんですか?」
「もちろんこれはここに設置したままにするつもりだが……」
「いやいや、まずは当初の計画通り、これはトムさんの工房に設置し直しましょう。教室はさきほどお願いした通り、窓ひとつで大丈夫ですから」
「あとで子供達用に、俺が団扇を持ってきてやるから大丈夫だろ」
おぉ、それはありがたい言葉ですザックさん。
窓ひとつで今は充分だし、それ以前にこの扇風機、羽にトムさんの顔が掘られてるし。それに私には他のアイデアがあるからそれを試したいし、ね。




