第28話 ー 意外と大きな事件のようです
「トムのやつにも困ったもんだ……」
頭を抱えながらそう言うのは、今日、倒れてしまったトムさんのお父さんでもある村長のピートさんだった。
年齢は60代らしいのだけど、とてもじゃないけどその歳には見えないくらいに若く見える。浅黒い肌に大きな体、敢えて言うなら髪の毛が総白髪なことが、かろうじて高齢なのだろうな、と思わせるくらいの若作りだ。白髪でなければ40代でも通用しそう。まさにピートさんは『人は見た目で判断してはいけない』を地でいく人だよね。私の中ではピートさんは『ダンディなおじさま』です。
とはいうものの、見た目は若くても体力の衰えには抗えないみたい。職人も体力勝負だから、長年一線で家具職人として腕を奮った後、息子であるトムさんに工房を任せて、今は村長の仕事に専念しているのだという。
私が村に住むことを決心した際、というかそういう設定なのだけど、村長であるピートさんには色々とお世話になったから、私としても村の一員として何か出来ることはないかなと思っている。まぁそれはいいのだけど。
(村の会議をなんで私の家でやってるんだろう……? しかも、私が参加しててもいいのかな……?)
月に一度ある村の定例会議は集会所でやるはずなのだけど、どうやら村の生産商品が個々の工房の倉庫では収まりきらない状態になっていて、臨時で集会所を商品倉庫にしている事情で、会議をする場所が取れない。ということで、そこそこの広さの教室がある私の家が選ばれた、ということらしい。
もちろん私も今では村の一員だし、村長を始め、村の人たちには普段からよくしてもらっているから、場所提供を断る理由もないのだけどね。しかも今日の会議は定例ではなく、緊急会議なのだから尚更だ。
そんなピートさんの一言で始まった、今日の緊急会議は『トムさんについて』だった。
今日の昼過ぎのこと。いつものように家具製作に汗を流していたトムさん、普段から作業中にはほとんど食べ物、もちろん水分もなのだけど摂らないらしくて、奥さんのジェシーさんも再三注意はしていたらしい。でも、さすがに心配になったジェシーさんがサンドウィッチとお茶を工房に持っていったところ、工房で倒れていたトムさんを発見、村の医師の診断では過労と熱眩み――前世でいう『熱中症』にあたる症状――で、一週間は安静に、ということらしい。
普通ならこの程度では緊急会議はしないらしいのだけど、トムさんの工房では、珍しく大口の注文が入っているらしく、このままでは納期に間に合わず、タイミングの悪いことに唯一工房にいた若い弟子も、実家の母親が体調を崩し、一時的に帰省していて、結果トムさんの工房は休業を余儀なくされてしまうらしい。
「俺もあいつには前から言ってたんだよ。『水分はちゃんと摂れよ』ってな」
欧米人がやるような、肩を竦めて掌を挙げるポーズで工務店の親方であるデニスさんが呆れ顔で言う。
ノエルとリアムの双子兄弟の父親であることが一目でわかるくらい、よく似た顔。つまりは『童顔』なのだけど、体は大きいからなんかアンバランスだね。
家具工房のトムさんとは同い年で、兄弟のように仲がいいから、余計に心配なのだろう。でも自分は工務店で大工の棟梁だから、トムさんのようにグレードの高い家具は作れなく力になれないのが、余計にもどかしいようだ。
「まぁトムさんも真面目な人だから、気持ちはわからないでもないんですけどね。職人としての姿勢は見習うところもあるのですが……」
額の汗を拭いながら言うのは木肖像職人のジャンさんだ。
ジャンさんはこの村では珍しいインテリ然とした風貌で、集まったほかの職人さんたちより年齢は少し若いのだけど、彼の作る木肖像はそれは見事なもので、指名注文があるほどの腕前なのだ。作る物の特性上、細かい細工彫りもお手の物で、トムさんの家具に、花や草、鳥などの浮き彫りをすることもあるのだそうだ。私の部屋にも、実はジャンさんの浮き彫りが施された家具があるのだけど、そのあまりに細かい仕事に、初めて見た時は大層驚いたのを覚えている。
「見習うのはいいけどよ。ジャンよ、お前も気をつけろよ。今年の夏は暑いからな、お前さんにまで倒れられちゃ、この村全体が揺らいじまうこともあるんだぞ」
「そうですよね、ザックさん。僕も他人事ではないですから。一層気を付けなければ、ですよね」
「まぁ俺もまだガキが小せえからな。倒れるわけにはいかねえんだよ。言葉は悪いが、トムは反面教師だな」
竹細工職人のザックさんは今日の会議ではピートさんの次に高齢の40代後半で、息子であり私の教え子でもあるトニーがまだ10歳なことを考えると、今回の一件は他人事ではないのだろう、表情も真剣にそう言った。
(で、なんで私はこの会議に参加してるんだろう……?)
私は村の住人ではあるのだけど、職人ではないから、「先生も会議に出てくれ」と言ったピートさんの意図がまったくわからなくて、末席でただ黙ってこの会議に参加していた。手持ち無沙汰を誤魔化すように、皆さんのお茶のおかわりを用意して、キッチンから戻った私にピートさんが言った。
「で、今回の一件で、先生はどう思う?」
え? わ、私ですか!? えーっ、どうしよう、なにも考えてなかったよ。




