第27話 ー ちょっとした事件
教壇に立ち、目の前に座る10人の子供達の顔を見回してから、パン! と一回手を叩いて、注意をこちらへ向ける。
「はい、では勉強を始めます!」
「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
いつものように子供達の元気な声が教室に響き、勉強が始まる。
勉強といっても、塾や予備校みたいにきっちりと教科分けをせず、各々のやりたい勉強を好きにやらせる『自習形式』を今はとっていた。というのも、始めの頃は文字の練習、算数などをきっちりと分けて勉強させていたのだけど、なにしろ子供達の年齢が7〜11歳なので、集中力がないからすぐに飽きてしまう。なので、まずは好きな勉強を好きにやらせ、わからないところを教える、飽きたら別の勉強に切り替えさせる、という方針に変えたのだ。
それでも相手は子供たちだから、しばらくするとワイワイガヤガヤ。もうちょっと静かに勉強してほしいな、先生としては。
(職人さんにも算数って大事なんだね……)
子供の頃から、算数が得意とは言い難かった私からしたら信じられないのだけど、意外なことに子供達は算数に夢中で、理由を聞くとなるほど納得だった。
ハラカンダ村は職人の家が大半で、子供達のほとんどは稼業を継ぐから、資材の仕入れや作った商品の取引に計算ができることはとても重要で、得はあっても損はないのだ。
また、工房で作る商品の寸法などにも計算は必要らしいから、たぶん親御さんからも算数を習って来なさいと言われてるのだろう。私としても強制的に嫌いな勉強をさせなくないし、家の役に立つなら、と子供なりに考えて算数を頑張ってるんだなと思うと、私も襟を正す思いだ。
「せんせえ〜、これであってる?」
「はいはい、どれどれ?」
子供達の中では珍しく読み書きが好きなミームが、どうかなぁ!? といわんばかりの顔つきで紙を見せてくる。ほんとミームは可愛いね。
ニコニコしているミームを横目に、机に置かれた紙を少し屈んで覗くと、
おとおさん おかあさん たい すき
うーん惜しい! でも可愛いから許す! というわけにもいかないので、
おとうさん だいすき
と下に見本を書いてあげる。ミームはぷーっと頰を膨らませて私を上目遣いで見つめるのだけど、可愛さには誤魔化されませんからね! 時に優しく時に厳しいのがエイミー先生ですから。
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教壇越しに子供達の様子を見回すと、そろそろ集中力が切れてきた様子。イタズラ書きを始める子、お喋りする子が増えてくる。よし、そろそろ休憩タイムかな。
「はい、じゃあ少し休憩しましょうか」
「「「「「「「「「「はーーーーい!」」」」」」」」」」
うん、休憩だものね、声も大きくなるよね。
トイレに慌てて走る子、お喋りを続ける子、庭で走り回る子、それぞれ思い思いの休憩を楽しむなか、
「ねーせんせえ〜、あついー」
「ぼくもあついよ〜」
そう言ってくるのは、ミームと少しぽっちゃりさんのトニー。トニーの家は『竹細工工房』で、竹製のものであればなんでもござれのザックさんの一人息子だ。ザックさんはとても子供好きで、うちにも『子供達の休憩用』にと、お菓子を入れる竹籠や竹とんぼなんかを寄付してくれて、とても助かっている。今度お礼に行かなくちゃ。
それにしても、ミームとトニー汗すごいね。そんなに暑いんだ。
特にぽっちゃりさんのトニーにはこの暑さはつらいかも、と思うのだけど、この世界には電気がないから、扇風機とかエアコンとか付けてあげられないの、ごめんね。そんな二人を心配するように言う。
「そうね、今日は少し暑いよね。ちゃんとお水飲むのよ」
「うん! でも、おとうさんおしごとのときお水のまないんだよー」
「あら、それはだめね。ミームからも言ってあげて。飲まなきゃダメだよって」
「うちのとうちゃんはすごくいっぱいのんでるよ! お酒」
「うーん、それはちょっと違うかもね」
二人は暑いと言うのだけど、実は私はそれほど暑くなかったりする。というのも、この世界の夏は、前世で過ごしてきたそれと違って『湿度が低い』からだった。元々前世でもそれほど汗をかかない体質だったしね。このくらいの暑さは余裕ですよ。
さて、そろそろ休憩タイムもお終い。少し深めに一呼吸してから散り散りに休憩している子供達に声を張る。
「みんなー、そろそろ休憩は終わりだよー」
「はーい!」
「ええぇ」
「あついから教室入りたくない〜」
そうだよね、子供達には教室は暑いかも。でもここは心を鬼にして。
「はやくしないと勉強のあとのおやつあげないわよ〜?」
「「「「「「「「「「はーい……」」」」」」」」」」
とぼとぼと教室に入る子供達の後ろを着いていくと、背中からバン! と玄関の扉が勢いよく開いた。驚いてハッと振り返ると、そこには血相を変え息を乱した女性、ミームの母親のジェシーさんが立ちすくんでいる。おそらく走って来たのだろう、髪を乱し汗だくだった。
「先生! ミームはいますか!?」
「は、はい。今呼びますね。ミーム? お母さんが来たわよー」
一体何があったのだろう。この様子からして良いことじゃないのは明らかだ。ジェシーさんは何も言わずにミームの手を取り、ひとつ会釈をして急いで出て行った。




