第9話 ー そうだ街へ行こう
日記を読んでからもう一回、ほんのわずかの仮眠を取ったあと。
街に出かける前に、キッチンに向かって水を一杯飲もうと蛇口を捻る――
「……あれ?」
蛇口はある。あるんだけど、捻って水を出すハンドルがないぞ? その代わりハンドル部分には青いガラスのようなものが埋め込まれている。なんだろうこれとそれに手を近づけるとちょろちょろと水が出た。でもなんか勢いないな。もうちょっと普通にジャーって出てほしいんだが。
「おぉ、なんか異世界っぽい(適当)」
木のマグカップに水を満たして飲み干す。よし、街に出かけてみるか。蛇口のことは帰ってから考えることにしよう。
玄関のドアを抜けると、そこは小さな村だった。
というどこかの小説の書き出し風に呟く。村、というよりは集落といった方がいいか。
印象としてはのどかなものだ。ところどころに家があり、その庭先には荷車やらタル、干し草や薪なんかが見てとれる。ざっと見渡した限りでは、この世界の文明レベルは前世の世界ほどには高いものでもない感じを受けた。そう、異世界テンプレそのもの、って感じだ。
そういえば街は村から東に30分ほど行ったところにあるんだったな。村の西側にある我が家から、そのまま東に伸びた道を歩く。
「先生、おはようございます」
「エイミーちゃん、街までお出かけかい?」
「うちの娘がいつもお世話になってます」
すれ違う村の人々からたびたび声を掛けられる。
向こうは親しげに接してくるが、こちらからすれば会う人すべてが初顔合わせ。だから挨拶と会釈を繰り返すという、差し障りのない行動しか取れない。しかも見た目女性(可愛い)・中身男性だから、なおさら慎重にならざるを得ない。
(たぶん村人はほぼ全員顔見知りなんだろうな……)
村の雰囲気から推測するに、せいぜい人口は多くて200人程度だろうか。これは覚えるのが大変そうだ。人見知りな自分をこの時ばかりは恨めしく思う。
きょろきょろと、目線をあちらこちらにフォーカスしながら歩いて気づいたことは、どうやらここは木を扱う職人が集まっている村のようだ。家具工房、製材屋なんかがやたらと目につく。中には馬車を作る工房なんかもあるようだ。そのせいか、村全体から木材の匂いが漂っている。
そんな中、特に目を引いたのは、石像ならぬ木像を作る、前世で言う『仏師』の工房だ。いくつかの木像を見るに、ドレスを着た女性や威厳を感じる男性のものが多い。
聞けば裕福層の邸宅にあるような『肖像画』の替わりになるもののようで、そこそこの需要があると、如何にも芸術家然とした痩身の工房主に教わった。
のんびりと15分ほど歩いて村の外に出て振り返る。そこには『ハカランダ 村』と書かれた大きな札が村を囲う丸太の柵に打ち付けられていた。なるほどハカランダ、ね。こちらでは希少木材ではないのかも知れない。
さて村の東門から一歩外に出て、街に向かって伸びる一本道を歩く。ただ歩く。
「ほんとに俺、異世界に来たんだなぁ……」
前世の世界とは明らかに違う。時折すれ違う馬車や荷車、人々の顔つきや服装、そしてなにより空気の美味しさと空の高さ……すべてが違う。THE 異世界そのものである。しかも今日から俺はこの世界の住人になったのだ。これでテンションが上がらないわけがない。気づけば口笛なんか吹いてる自分に、軽く破顔してしまった。
これから始まる俺の異世界ライフ。どうなるのか、どう生きていけばいいのか? そんな期待と不安、相反する二つを抱きながら街へ向かう。
おっと、ここからは女言葉じゃないとね、気をつけなきゃ。




