第93話 ― 旅の終わりと始まり(門弟制度)
でかでかと【エイミー&ミーム Jゅくが 会】と書かれた教室の長机には、その天板が見えないほどにたくさんの料理が並んでいた。
「さあ、先生はこっちだ!」と案内されたのは所謂『お誕生日席』。その隣にはひと回り小さい子供用の椅子が用意されていて、ミームがそこにちょこんと腰を降ろした。あれよあれよという間もなく、祝賀会とやらが始まった。
こんな大袈裟でなくてもよかったんですよ? とピートさんに言えば、
「いや、特に大袈裟じゃなくて、村の……というか職人村全体で言えることなんだが、新たな師弟が生まれたら総出で祝うもんなんだよ。つまり『伝統に則っている』ってわけだ」
と返された。ふむふむ、そういうものなんですね、ならば納得です。
美味しい料理に舌鼓、みんなと歓談している間にもどんどんお客さんは増え、気づけば教室はちょっとした立食パーティーの様相。しかも皆さん一様に差し入れやお祝いの品を持参してくれた。工務店のデニスさんからはミームがキッチンで使う可愛い踏み台、竹細工職人のザックさんからは綺麗に編まれた竹細工の買い物籠。そして木肖像職人のジャンさんからは……ん? 何これ?
「あぁ、それは私のレリーフ細工無料チケットです」
「は、はぁ……チケット、ですか?」
「先生、言っとくがそれ、貴重品だからな」
え? ピートさんそれどういうことですか?
聞いてみると、ジャンさんは所謂『若き巨匠』で、よほどのことがない限り『すべての制作工程』を一人ではやらず、基礎の粗彫りをお弟子さんが担当、仕上げをジャンさんがやるらしい。なので、全ての工程をジャンさん手ずから彫ってもらえる権利を有するこのチケットはいわば『プラチナチケット』なんだって。ものによっては彫り上がった品も、かなりの値をつけるのだそうだ。
「えぇ、そういうことです。ですがエイミーさん、たぶんそれすぐ使うことになりますよ。詳細はのちほどお話ししますね」
「は、はぁ……わかりました……?」
どうにも釈然としない気持ちを抱えたまま、やがてポツポツとお客さんも帰宅、この家に残ったのは私、ピートさん一家、そしてジャンさんという、ちょっと不思議な取り合わせだった。夜も深くなっていたので、ミームを先に寝かしつけてから、小走りで教室に降りた。
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「今日はいつになく盛り上がったな……これも先生の人徳ってやつだな」
「いやいやそんな滅相もない……でも、ありがとうございます」
祝賀会のムードが綺麗さっぱり消え去った教室で、私たちのこれからを話し合う会合が始まった。主導はもちろん村長であるピートさんだ。
「いくつか重要なことを話すから、先生はメモなりして覚えてくれ。まずは『弟子を取る』ことなんだが――」
この世界、弟子と師匠の関係というのが厳格に区別されているらしいのだ。それを『門弟制度』といい、詳しく聞いてみると、
【第一種門弟】
師匠の工房に住み込みはせず、通いで一定時間労働をしながら師匠の技術を見聞きして学ぶ。給金は時給で換算し、税は門弟自身が納税する。技術習得後、その工房の屋号を名乗ることは不可、自立して新たな屋号を組合に届け出る。
【第二種門弟】
工房に住み込みにて労働し、師匠の技術や教えを学ぶ。時給は組合で規定された賃金を門弟に払いつつ、税は師匠が代納する。技術習得後、工房の屋号を名乗り、暖簾分けという形で技術を残していく。師匠の工房(建物含)を継ぐことはできない。
ふむふむ……要するに【第一種門弟】がアルバイト、【第二種門弟】が集団就職みたいなものなのかな。というか些か古いね、集団就職って。
「で、最後の【特種門弟】だが――」
と一呼吸置いて、ピートさんの口からそれについての説明が始まった。
【特種門弟】
工房に住み込みにて労働し、師匠の技術や教えを学ぶ。時給は発生しないが、成人するまでの全ての養育を師匠が請け負い、税も師匠が代納する。制度上『養子縁組』を行う必要がある。技術習得後、師匠の工房および財産を継ぐこともできるし、暖簾分けもできる。
一通りの説明を聞いて、ふとした疑問が湧き上がる。これもしかしたらことと次第によっては犯罪じゃないの?
「そういえば私、税を納めた記憶がないんですけど……」
「あぁそれか。いや、それは大丈夫だ。この塾、だったか? ここはうちの工房の別部門『ディトゥワーズ家具工房経理部』として、先生が仕事を始めた時点で俺が登録してあるんだ。報酬を先生が安くしてくれたろ? こっちが提案した額から差し引いた額を納税してるって訳だ。あとは『風の魔導詩』の税も同時にこっちで納めてるからな。だから先生は心配しないでいいぞ」
そんなことが私の知らないところで解決してたのか。知らなかった。
ちなみに『ディトゥワーズ』というのはピートさん一家の家名で、ミームのフルネームは『ミーム・ディトゥワーズ』だったりする。
「なんか色々面倒な手続きをしてくれてたんですね、重ね重ねありがとうございます……で、門弟の種類はメモしたのでわかりましたが、ミームの場合は【第二種門弟】になる――」
「いや、【特種門弟】だな」
……え。【特種門弟】? ……って、えええぇぇ! 慌ててメモに書いた一点である『養子縁組』に目が奪われる。よ、養子!? 私が? 16歳の小娘がミームを養子!? いやいやそんなことないでしょさすがに。あ、そうか私がピートさんかトムさんの養子になるってこと――
「何言ってるんだ? 先生がミームと『養子縁組』するんだぞ? まぁまだ先生は『母親』というには若いから、ミームが成人するまでは『妹』として縁組になると思うがな」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 弟子はいいとして『養子』ですよ!? もちろんミームを養うことは吝かではないですが、よろしいんですか?」
厳格に決められた師弟制度とは裏腹に、養子縁組が随分と軽視されてない?
確かに私はミームを『妹のように可愛い』って思ってるけど、いざ書類上とはいえ『本当の妹』になるんだよ? いいのそんな簡単に決めちゃって!? 責任重大だよこんなの!?
「先生は知らんかもしれんがな、結構『養子縁組』は職人の世界じゃ普通なんだぞ? 場合によっては弟子や跡取りがいなくて、残したい技術や歴史ある屋号がいくつも消失してたりするんだ。まぁ養子とはいってもお互いの家は目と鼻の先だし、ミームを養子に出しても『家族』ってことには変わらん。むしろだな、先生とミームが『姉妹』になるってことは、俺の孫にもなる訳で、いざという時に後ろ盾にもなれるんだ……そう重く考えないでいい。悪い話じゃないだろ?」
設定では私エイミー・ライトウェルは両親を不慮の事故で亡くした『天涯孤独』の身。たぶんピートさんはそれを慮って【特種門弟】を提案してくれたのだ。そっか、そうだよね……あれ、なんだこの気持ち。
「先生、泣くほど嬉しいか。そうかそうか……俺たちも嬉しいぞ」
「ということは先生は私の娘ってことになるわよねっ」
「あぁ、俺たちの娘、だなっ」
トムさんジェシーさんも最大の笑顔でそう言ってくれた。
「……はい! 不束者ですが、これからもよろしくお願いいたします!」
「よし! じゃあとりあえず乾杯しとくか!」
こうして、旅の終わりと同時に家族が誕生したのだった。




