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第92話 ― 旅の終わり(やらかされ極まれり)

 騒動がひと段落したここハカランダ村に、いつもの長閑な風景が戻る。


 村人はそれぞれの居場所に、他の人々はぐるりと東門に回り、バルサの街へと散り散りに帰っていった。


「じゃあ、あとからミームの荷物を先生の家まで持ってくから、二人は先に戻ってて構わんぞ」

「はい、わかりました。ではのちほど」

「じぃじあとでね〜」


 やっと着いた我が家を前に、ようやくこの旅は終わりなのだと顧みると、安堵と郷愁が去来する。

 さて鍵を……と思うと、出発前にはなかったもの――60cm×20cmほどの板材が扉の横にあるのを見つけた。


「あれ? こんなの置いてあったかな?」

「な、なんだろうねそれー」


 見ればミームはサッと私の視線から逃げるように顔を背けた。

 ん? 何か隠してるねこの顔は。まぁ後で聞いてみよう。ただの綺麗な板材だしね、不要なら何かに使っちゃえばいいし。


 ガチャリと扉を解錠し、我が家に足を踏み入れる。うーん、やっぱり我が家が一番!


「ただいまー……って誰もいないけどっ……っていたぁ!」

「あら、おかえりなさい。先生、ミーム」

「ママ! ただいま!」


 どうしてジェシー(ミームのお母)さんが? ちゃんと鍵かけてたよね? なんで(うち)でエプロンして料理してるの? なんかいい匂いしてますけど!?


「ここの合鍵、うち(村長)も持ってるの忘れちゃった? だから悪いかなとも思ったんだけど……ミームもさすがにこれから晩御飯作るの面倒でしょ? だから作りに来たって訳」

「いえ、そういうことでしたら全然……むしろありがとうございます」

「いえいえいいのよ。じゃあ、まずは楽な格好に着替えちゃいなさい」

「せんせえ! にかいできがえよー! ママ()()()()()()よね?」

「えぇ、いってらっしゃい」


 ミームにぐいぐい手を引かれて二階へ上がる――ってあれ?

 ピートさんあとでミームの荷物持ってくるって言ってたよね。だからここにミームの着替えがあるわけないのだけど。ミームはそれに気づいていないのか引く手を緩めず、すぐに二階へと辿り着いた。


 二階には同じ大きさの部屋が左右に二つずつあって、右奥が私の部屋。手前は雑多な荷物置き場、左側の二部屋はほぼ何もない空室だ。


 私が思い描いていたプランでは、私の部屋の前、つまり左奥がミームの部屋。ここに家具さえ置けば、すぐに寝起き出来る状態になるもんね。

 そういえばカーテンの予備が荷物置き場にあるかも、なんて考えながら自室の扉に手をかけると、小さな異変に気がついた。


『エイミーのへや』と丁寧に彫り込まれた木目美しいプレートが目の高さに取り付けられている。これは自分でも全く覚えがない。まさかと思って背中にある扉に振り返れば、全く同じ型のプレートが取り付けられていて、そこには、


『ミームのへや』と彫り込まれていた。


 ん? 何が起きてるのかなこれ。でもミームはといえば取り乱す様子もない。彼女は笑顔でその扉に手をかけながら「じゃじゃーん!」と開け放った。


「……部屋、できてるじゃない……何これ」


 タンスにベッド、文机。全て私が使ってるものと寸分違わぬそれが、合わせ鏡のように配置まで同じに鎮座していた。


「すごいでしょ!? わたしのおへや!」

「う、うん、すごいけど……ミームこの事知ってたでしょ!? 先生怒らないからちゃんと聞かせてくれる?」


 口では怒らないと言ったものの、肌で私の奥底にあるプチ怒りに勘づいたのか、ミームは身を縮こませる。そんな彼女にひとつ微笑みを浮かべながら、自室へと招き入れた。扉を閉めると、やっと【ステルスモード】を解除できたシルフィードはミームの様子に、


「ミーム様も悪気はなかったと思います。どうか寛大な心でお願いします」

「うん、わかってる……じゃあ、どこから聞こうかな――」


 ひとしきりミームから聞き取りした内容を整理する。


●今回の旅行で弟子入りの請願をしたのは家族の総意だったこと

●私を旅行に誘ったのはどちらかといえばそちらがメインだったこと

●弟子入りが受諾された場合はミームを残して先に帰る予定だったこと

●弟子入りが拒否された場合は毛刈り祭り最終日まで滞在予定だったこと

●これら一連の計画はジムさんにも扇風機設置で私が寝坊してる間に伝えたこと

●弟子入りの請願はあくまでミーム自身が自らの意志で言い出したこと


 思えば彼女はこの件に関し、いつになく真剣だったことを思い出す。

 だから、私もそれに応えよう。分かりやすく素直な気持ちを真剣に。


「ちゃんと言ってくれてありがとうミーム。先生ね、最初は弟子入りだなんてびっくりしたけど怒ってる訳じゃないの。だってね? 先生ってこの家に一人……まぁ今はシルフィーがいるけど、この村に来た頃は寂しくてね? でもみんなが勉強に来るようになって、凄く救われたんだよ。あぁ、私にはこの子たちがいるんだ、寂しくないんだ、って。特にミームは花壇に水をあげてくれたり、教室のお掃除とかしてくれてたでしょう? 私ね、それを見るたびに『こんな可愛くていい子が妹だったらいいなぁ』って思ってたんだよ? そんなミームが『弟子になりたい』って言ってくれて……色々考えることはあったけど、正直に言うと『やったー! 妹ができたー!』なんて心の中でウキウキしてたんだよ?」

「……せんせい……ぐすっ……」

「あとね、この村の子どもたちって、ほとんどが『おうちのお仕事』を継ぐでしょ? でもミームはそうしないで私の仕事をやりたいって言ってくれた……だからね?」

「う、うん……」


 これから言う言葉はちょっと恥ずかしいのだけど、どうしても今、伝えておきたい。だから飾るでもない真っ直ぐな言葉をそのまま彼女に伝える。


「ミーム、いつも水やりをしてくれてありがとう。お掃除してくれてありがとう。シルフィーを受け入れて、仲良くなってくれてありがとう。おいしいご飯を作ってくれてありがとう」

「せ、せんせえ……うん、うん……」

「そして……()()()()()()()()()()()()()()


 言いたかったことすべてを告白したあと、待っていたかのようにしばしの沈黙が流れる。私は少しばかり居たたまれない。ミームは押し黙ったままで動かない。シルフィードはピクリともせずにその場でホバリング。


 その沈黙を退場させるのは、年長者でありミームの師匠である私だ。


「せ、先生が言いたかったことはこれでお終いね。じゃあそろそろ下に――」

「っせんせええええぇぇぇぇ!!! うわああぁぁぁん!」


(うげっ!! って危ない危ない変な声出ちゃうところだったよ! 飲み込めてよかった……)


 今までで一番強烈なミームの『泣きタックル』を正面から受け止め、背中をぽんぽんとしてあげると、あっという間に通常運転の明るい笑顔に戻る。


「じゃあそろそろ下に降りようか? ジェシーさんきっと待ってるから」

「うん! じゃあせんせえ、いこ!」


 やっぱり小さな手に引かれながらパタパタと階下に降りると誰もいない。

 あれ? とキッチン覗いてもジェシーさんの姿は見当たらない。


「先生! こっちだこっち!」


 声に振り向くと、教室から顔を出したピートさんが手招きしていた。二人で手を繋いで教室に入ると、奥の壁に備え付けられた黒板には、


【エイミー&ミーム Jゅくが 会】


 と二色の蝋石で(つたな)く書かれていた。

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