ぶりっ子で噂の私、裏の顔があります。
プロローグ
『心野って、ちょっとぶりっ子だよね。』
五年生の春。最初はそんなことを言った女子を恨んだ。でもその言葉を始めに、私は"ぶりっ子”になっていった。
『心野はぶりっ子じゃーん!』
『だって心野はぶりっ子なんでしょ?』
中学生の夏。その言葉たちは合図だった。私はぶりっ子であらなくちゃいけないのだろうか。"私"を何にも分かっていない人の、言われたままにしなくちゃいけないのだろうか。
中学に入った私、相沢心野。私はみんなが思うようなぶりっ子です。
目次
1 ぶりっ子の訳
2 希望が傷つくのは、一瞬
3 雨の日の記憶
エピローグ
あとがき
1 ぶりっ子の訳
小学五年生の私の日常は、実に充実していた。友達はいたし、男の子の友達だって少しは。
「心野って、ちょっとぶりっ子だよね。」
「あ、わかる!なんか男子の前では可愛子ぶってるっていうか…。」
え…。心野って、私だよね…?私のことだよね?話していたのは、私の仲のいい友達、いや、仲のいいはずの子達だった。
「あ、もう休み時間終わっちゃう。」
「行こうか。」
あまりにもショックすぎて、私は立ち尽くしていた。早くしないと、さっき話していた子達が来てしまう。教室に戻れば一番自然で、きっと聞いてしまったこともばれないだろう。でも、そんなの今の私には不可能だった。私は保健室のある一階へ全力で走った。廊下をこんなに必死になって走ったのは、今日が初めてだ。私は、その次の授業を見送った。
私はただ人見知りすぎて、男子と話すときには緊張しておずおずしてしまう。本当にそれだけのはずだった。
「さっきの授業いなかったけど、どうしたの?」
希々が、私にそう尋ねる。さっき私のことを悪く言っていた子だ。
「キキ。心配してくれてありがとう。ちょっと体調が悪くて…。でももう大丈夫だよ!」
「本当に?辛い時は私たちに遠慮せず言ってね。」
そう言うのは陽菜。ヒナは少し自意識過剰だ。自分が信頼されていると思い込んでいる。
「二人とも、ありがとう。キキとヒナは、私の最高の親友だよ。」
私はこの日、初めて友達に嘘をついた。これは小学五年生という、なんとも幼い頃の体験だった。
中学生というのは、実にハードだ。勉強はもちろん、友達関係を崩すと立て直しが難しい。
「ここー!トイレ行こー?」
キキともヒナともクラスが離れてしまった私は、私のことを「ここ」と呼ぶ八木このはという新しい友達を作って、中学校生活を充実させていた。
「あ、このは!行こ行こー!」
キキたちとは違い、このは達との人付き合いは、トイレは一緒に行くというのが"当たり前”だ。でもそれは、全然辛くなんてなかった。むしろこのは達は悪口なんて言わないし、私はこのは達の方が好きだった。
このは「達」というのはどういうことか。一から説明すると、このは達のグループはいわゆる陽キャ。クラスで目立つタイプの女子グループだ。このはや私の他に、優しくて元気な菜奈。女子力が高くて友達想いな莉央。頼もしくて凛としている凛。そしてこのはは、リーダーシップがあってスポーツもできる、仲間を捨てないような素敵な子。主に、いつもこの五人で一緒にいる。必要な要素が揃ったようなこのメンバーの中に、私はいた。
私とこのはがお手洗いに行っている間、その三人は一緒にいた。
「このはとここー!こっちー!」
教室の中でも構わず大声で私を呼ぶ菜奈達は、キキ達とは正反対だった。
「あはは!莉央、めっちゃ前髪整えてるー!」
私も大声を意識して、笑いながら駆け寄った。まるで、私もこのは達と同じ陽キャですよ、とでも言うように。このは達に気に入られるように。捨てられないように。
私はある日、五組の前を通った。五組にはキキとヒナがいる。二人は同じクラスになったのだ。少し覗いて行こう。…なんで私は緊張しているのだろう。仲が…良いはずじゃないか…。息を呑んで五組を覗いた。…。やっぱり二人は、新しい友達も作らずに二人だけで話していた。なぜか安心する。声をかけようか。
「心野、どうしたの?」
そうだ。今は凛と一緒だから無理だ。
「ううん。ただ五組は陰キャが多いって聞いて。」
今朝聞いた噂があって良かった。笑み混じりに言った言葉は、私にとってただただ辛いだけだった。
「あははっ!心野ひっどーい!でも、本当にそうかも?」
悪意のある笑顔で五組を覗く凛。ごめんねキキ、ヒナ。でも二人も悪意ある悪口、言ってたよね…?二人とも、どうか許してね。
「ああいう陰キャって、生きてて楽しいのかなー?」
私の本心ではない辛辣な言葉たちは、次の凛の言葉で止まった。
「でも心野はぶりっ子じゃーん!」
え…。嘘…。凛まで…?私、また「ぶりっ子」に縛られて中学でも居場所がなくなるの…?
「あれぇ?ごめんごめん。冗談のつもりで言ったんだけど…。」
「あはは…!そんなの知ってるよ!ちょっと確かめたくなっただけっ!」
私はわざとベロをぺろりと出し、元気を装った。
「そっか!私本気になって馬鹿みたいだったじゃーん!」
凛に悪気はなかったのだ。その事実だけが私を安心させた。
2 希望が傷つくのは、一瞬
「この店のタピオカ、ガチ美味しー!」
莉央の言葉に、他三人は頷く。私もタピオカは嫌いではなかったから、キキ達とでは絶対に体験できない‟今時の女子高校生”を楽しんでいた。
「莉央って、ほんと「女子」って感じのもの好きだよねー!」
凛の言葉にこのはが、
「ほんとそれ!莉央は私たちの中で一番乙女だもん!」
このはの言葉に笑いが起こる。私も笑った。
「凛の「莉央語り」は、ほんと共感できる!」
私がふざけて言おうと思った言葉は、このはが照れながら言った驚愕な言葉でかき消された。
「そういえば私、好きな人できたんだよねー!」
「えぇ!?それ本当?」
「うっそー!だれだれ!?」
「このはにもついに春が来たか…!」
なぜ女子はこうも、恋バナが好きなのだろうか。
「わぁ。さては尋だなー?」
私も一応、適当なことを言っておく。
「え、正解…。私ヒロのことが好きなの…!」
やってしまった。適当に言った言葉が当たってしまった。このは、ごめん…。
尋はクラスの男子で、クラスで目立つようなクラスの中心的人物だった。いわゆる陽キャ。確かにこのはと尋はお似合いかもしれない。
「私はこのはと尋、凄くお似合いだと思う!」
「え、ここ。本当っ?」
本当に嬉そうな笑みを浮かべたこのはに、私は満面の笑みを返した。
「みんなは恋とかしてないのー?」
このはの言葉で、私の思考は深海へ。恋、か…。私には、好きな人も気になる人もいない。ぶりっ子なのにおかしいか。でも実は候補がいる。クラスの男子、幸哉だ。幸哉は尋ほどではないが、クラスの中心的な男子だ。私は幸哉と、小学校時代は六年間クラスが一緒で、まあまあの仲だった。でもそれも小学校時代の話。中学校に入ってからは稀にしか話していない。絆はもろいものだ。でも、奇跡的にクラスが一緒になれたのだ。もしかしたらまた幸哉と――
「私ぃ、幸哉に一目惚れしちゃったのぉー!」
私のそんな甘い考えは、そんな莉央の言葉で打ち消された。
3 雨の日の記憶
莉央は料理、家事全般、絵心もあり、女子力に溢れている。背が低めで顔も整っているため、華奢な見た目から告白されることもしばしば(と把握している)。そんな莉央に、私は「幸哉争奪戦」にて勝てる部分があるのだろうか。料理なら張り合えるかもしれない。だが所詮、張り合えるだけ。あとはそう、絆。莉央は幸哉と、この中学校に入ってから知り合ったはず。勝てる。絆は何よりも硬いはずだ。私は決心した。
「幸哉っ!」
今から帰るという幸哉を呼び止める。
「心野?どうしたの?」
久しぶりに話した幸哉は、何も変わっていなかった。
「幸哉、話があるのっ。」
私の言葉の意図を察してくれたのか、幸哉の方から廊下の隅の方に移動しようと提案してくれた。
「心野、なんかこうやって話すの久しぶりだね。」
「…そうだね。」
やっぱり、私の陰キャ時代を知っている人と話すのは少し気まずい。
「あのさ幸哉――」
「こっちも言いたいことがあるんだ。」
え…。もしかして、逆プロポーズ的な逆告白!?い、いや、期待しすぎか…。いや、でも…
「いや、やっぱり心野から言って。」
「え!?えっと幸哉。私、幸哉のことが――」
「やっぱりそうだよね。ごめん。」
…あぁ。振られた…。
「だって心野はぶりっ子なんでしょ?」
…そうだね。私って、ぶりっ子路線で頑張ってるから、しょうがないかもね。そっか…。
「それにさ、俺莉央のことが好きなんだ――」
負けた――。莉央に、負けた…。そっか。絆より見た目。絆より、技術…。
「ここー!どこ行ってたの?」
このは…。このはは尋だよね…。
「早く帰ろー!今日はゲーセンっ?」
菜奈…。菜奈はきっと、恋とかしてないだろうな…。
「あははっ!なんで毎日どっか行くことになってんのー?」
凛…。凛もなんか、恋とか意識すらしてなさそう…。
「きゃははっ!もぉ!みんな暇人かよぉー!」
莉央…。莉央は…。
「…?ここぉ!なんか今日静かじゃねっ?失恋っ?」
ズキ――。心が痛む…。
「わお。莉央直球!もしホントにそーだったらどぉすんの!」
凛、今はその気遣いも苦しい。
「あ、でも恋に関することだよー!莉央、幸哉でしょ?幸哉に聞いてみたんだー!そしたらね?」
「えぇー?なにぃ?怖ーい!」
「莉央のこと、好きって言ってたの!!」
「えっ!?それマジ!?」
こう言うしかないじゃん。
「莉央よかったじゃーん!!」
「私も尋とのこと、頑張らなくちゃねー…。」
これでみんな幸せ…。そうだよね?
そんな悲惨なことがあった今日は、土砂降りの雨が降っていた。
エピローグ
小説や漫画は、ハッピーエンドが望まれている。なぜだろう。それは、やっぱり幸せがいいからだよね。でも、幸せになれない人は?幸せになれない、私みたいなぶりっ子は?――きっと救われない。
私は今日も、みんなが思うぶりっ子を演じて学校にいる。だって、みんなからしたら‟私”は、ぶりっ子なんだもの。みんな、そう思っているんでしょ?
私の心の中は、いつも土砂降り。名前の通りの野原にはならない。でも、ならなくちゃいけない。だって親に、「心野」を、「心の中が野原のような私」を望まれたから。そんな他人の理不尽に従いながら生きていくのはみんな一緒。辛いのは私だけじゃないんだもの。これが、常識なんだもの――。