わたくし、お飾り聖女じゃありません!
「お飾り妻は離縁されたい」の主人公、シルフィーナの娘、アナスターシアが主人公になります。
前作より少しファンタジー成分強めです。
お楽しみいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
「この私、レムレス・ド・アルメルセデスの名において、アナスターシア・スタンフォード侯爵令嬢との間に結ばれた婚約を破棄することをここに宣言する!」
その声は、よりにもよってこの年に一度の神事、国家の祭祀のうちでもこの国で最も重要とされる聖緑祭の会場で、諸外国からの特使、大勢の来賓客が見守る中、長官不在の聖女宮を預かるレムレス・ド・アルメルセデス王太子によって発せられた。
ここ、アルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。
その聖都アルメリアの中央に位置する聖女宮広場には、荘厳な祭壇と神楽舞台が設置され。
その祭壇の目の前に立つ王太子に向かって、わたくしは真意を正すように詰め寄った。
「どういうことですか! 殿下!」
いきなりのそんな茶番。はいそうですかと納得するわけにもいかなくて。
「言葉の通りだよアナスターシア。私は君との婚約を破棄、解消することに決めたのだ」
「いえ、でも、わたくしたちの婚約は極めて政治的なものであったはずです。殿下やわたくしの個人的な意見で解消できるものでは無かったはずでは?」
そもそも国王陛下がお許しにならないはず。だって……。
「だからこそだよ。こうして各国からの来賓まで集まっているこの場で宣言してしまえば、さすがの父上も認めざるを得ないだろう?」
うそ! そんな、なんて事を……。
言葉を失ったわたくしはしばらくその場で立ち尽くして。
そんな、だって。
そもそもこの婚約はレムレス様のためにと国王陛下のたっての頼みでおうけしたもの。
彼のことを寵愛するマルガレッタ様のたっての希望だとも伺っておりましたのに。
確かに、愛だの恋だのそんなものは全く無い婚約でした。
わたくしにだって幼い恋の一つくらいはあったけれど、それでも貴族の令嬢に恋愛結婚なんて望むべくもないってことが理解できるくらいの分別はあったから。
自分の恋愛感情は押し殺した上で、今まで良い婚約者であろうと努力をしてきたつもりでしたのに。
「理由を。せめて理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
わなわなと震えながら、なんとかそれだけを口に出し。
「君には、心当たりがない、とでも言いたいのか?」
はい?
「ふん! この私が知らないとでも思っているようだが、君が今まで行ってきた悪行は全て露見しているのだ!」
え?
「それは一体、どういった事でしょうか……?」
「君が自身が高位貴族であることを鼻にかけ、下級貴族の令嬢に対していじめ、嫌がらせを行っていたことだ!」
「何かのお間違いでは? わたくしには全く身に覚えがございませんが……」
いったい全体どういうことでしょう?
殿下の仰っていることが、わたくしにはまったく理解ができなくて。
もし、殿下がわたくしのことが気に入らないだとかそういった理由でこんなことを仰っているのであれば、まだ納得ができました。
だって、この三年の間でさえ、殿下にエスコートはおろか贈り物一つ頂いたこともありませんでしたし、お手紙にしても出すのはわたくしだけでお返事を頂いたこともなかったのですから。
このままではおいおい婚約解消のお話が出てきてもしょうがない。そう思ってもいたのです。
それを陛下や王妃殿下がお認めになるかは別として。
「証拠があるのだ! 証言もある! 君がカナリヤ・ロッテンマイヤー男爵令嬢に行っていた、いじめ、嫌がらせの数々の。そうだ、階段から突き落とそうとしたこともあるとのことだった。未遂に終わったようだが一つ間違えば彼女は大怪我を負う所だったのだぞ」
「そんな、それはいったいどちらで行われたお話ですか? そもそもわたくし、そのカナリヤ様という方を存じておりませんが……」
「シラを切るつもりか!? カナリヤは去年貴族院に転入して来たではないか!?」
「いえ、それでしたら尚更わたくしとは接点がございませんよ? ここ数年はわたくし聖女宮でのお勤めが忙しく、貴族院は休学しておりますし」
まさか、一緒に学院に通っていないことすら認識されていなかったのですか?
三年前聖女に選ばれてからこちら、ほぼほぼこの聖女宮で過ごしてきたわたくし。
お仕事が忙しく、貴族院に通う暇はもちろん、実家の領地アルルカンドに帰省することもままならず。
幸い聖女庁の長官を務めるアウレリア様が良くしてくださり、お母様も度々顔をみせて下さったおかげでそこまで寂しい思いをせずに済んでおりましたけれど。
まあ今はアウレリア様もご懐妊なさって職務をお休みしておりますし、お母様も領地に戻っておりますから少し心もとなく感じていた矢先でしたけれどそれでも。
聖女庁の長官代理をレムレス殿下が引き受けて下さったと聞いた時には、少しは嬉しかったのですよ……。
これで少しは距離を縮めることができるかもしれないと、期待をしたのですけれど……。
「社交の場があるであろう? 令嬢同士、接点がないなどとはあり得ない。先日の王宮でのパーティーでも大勢の令嬢が集まっていたではないか!」
「先日の王宮でのパーティ? ああ、ロムス様のお誕生日の」
「そうだ、兄上の誕生パーティーだ。あの時はこの国の適齢期の令嬢はほぼ全て出席していたと聞いたぞ!」
「レムレス様も参加なさった、ので?」
「ああ、当然だ!」
では……。
当然わかっていると思っていましたけれど……。
あのパーティはロムス様のお相手を探すためのもの。
仮にもレムレス殿下の婚約者であるわたくしが一人で参加などできるわけがないのに。
普段そんな社交にもほとんど参加したことのなかったわたくしですが、あれだけの大きな催しですもの、殿下のお誘いでもあれば参加してもと思っておりましたけれど。
結局そんなお誘いは一切ありませんでしたから、一人寂しくこの聖女宮でお祈りに精を出しておりましたとも。
ええ、それでもしょうがないと、そう思っておりました。
「わたくしは、その会には参加しておりませんでした……」
「なんと!? なぜだ!? どうしてそうももっともらしく嘘をつくのだ!」
「嘘では、ありません……」
流石に悲しくなったわたくしの頬を、涙が一雫流れていきました。
ああ、殿下のお顔も、動揺しているのか先ほどまでの憎しみが混じったような表情から、以前のようなホワンとしたお顔に戻ったような。
恋だの愛だの、そう言ったものは全くなかったお付き合いでしたけど、そうした無垢なお顔をされる殿下には好意を持っていましたのに。
「レムレス様ぁ」
シャらりシャらりとたくさんの宝石を身に纏った女性が、いつの間にか殿下のおそばにきて、その腕にしなだれかかる。
途端に殿下のお顔が緩むのがわかりました。
「あたくし寂しかったですわ。一人にするなんてひどいですぅ」
甘えた声で上目遣いで殿下を覗き見るその少女。
「ああ、カナリヤ。すまなかったね」
ああ。この少女が話題のカナリヤ様?
やっぱり初めてみるお顔です。
「初めまして? ですわよね? カナリヤ様?」
「ひどいですぅアナスターシア様ったらまた意地悪ですかぁ? あたくしのこと知らないふりをなさるのね」
「え? そんな」
「やはりお前は性悪な女だったのだな! 一瞬絆されかけたがもう騙されないぞ。ええい、やはりお前のような女には聖女の職を任せておくこともできぬ! 聖女庁長官代理の権限でもって、今すぐアナスターシア、お前の聖女の任を解く。さっさと荷物をまとめて帰るといい!」
そんな! 殿下!
「お待ちくださいレムレス殿下! 今は聖緑祭の最中、明日は神楽舞台での神事、聖剣の舞の本番です! わたくしがいなければ……」
「ふん! お前のようなお飾り聖女の代わりなどいくらでもいるわ! そうだ、ここにいるカナリヤを聖女に任命し、明日の神楽を任せるとしよう」
「そんな……」
「うるさい! もう決まったことだ! お前は解任だ! 今日この時からここでは部外者となる! さっさと立ち去れ!」
殿下の周囲に黒いもやが立ち昇っているような気がして。
その瘴気ににあてられるように気分が悪くなってしまったわたくし。
悲しくて、情けなくて。
その場ではもう何も考えられなくなってしまって。
それ以上反論をすることもできずにとぼとぼと聖女宮の自室に戻りました。
♢ ♢ ♢
ボスん。
実家から持ち込んだふかふかのお気に入りのベッドに倒れ込んだら、にゃぁ? って猫のファフナがそばに近寄ってきてくれた。
真っ白でもふもふなファフナは、そのクリクリっとした目をまん丸にしてわたくしを覗き込んで。
そうしてにゃぁとわたくしの顔に頭を擦り付けてくれて。
「ありがとねファフナ」
そのもふもふの毛並みを撫でていたら、なんだか少し落ち着いたみたい。
呆然として何も考えられなくなっていたけど、少しづつ頭がすっきりとしてきて。
ああ。
解任だ、立ち去れって言われたのだっけ。
仰向けに寝転んで天井を見つめる。
この三年、わたくし、頑張ってきましたのに。
確かにお母様のような卓越した癒しの力を持っているわけではありませんけれど、それでも聖女として精一杯頑張ってきたのに。
思い出したらだんだんと腹が立ってきて。
そうです、お飾り聖女だなんて言われたんでした!
いいです、婚約破棄されたことは百歩譲って許しましょう。どうせ恋とか愛とかそんなものはカケラも無かった婚約です。
元々四人の王子のうちで一番平凡でひ弱だったレムレス殿下。
そんなレムレス殿下を贔屓したウイリアムス国王陛下と王妃マルガレッタ殿下にぜひにと頼まれさえしなかったら、きっとお受けすることのなかった婚約話でした。
あのご様子ではきっと気がついていないようですけれど、多分わたくしと婚約したことで手に入れたはずの王太子の座。
王太子には、元々武技に秀でた長子ロムス様の方を押す重臣の方が多く、側妃の子ではあるけれど優秀な次男のナリス様、そして魔力が一番高い末子のマギウス様に挟まれ、三男のレムレス様が王太子に選ばれるとは誰も思っていなかったのだという話でしたし。
うちの実家は侯爵家ではあるけれど、王国騎士団を代々統率するスタンフォード家。
経済的にも国内随一の規模を誇る領地を保有している名家です。
そしてわたくしのお母様は、救国の聖女と称えられた大聖女で。
そんな両親の元に生まれたわたくしは、十二の歳からその力を見込まれこうして聖女として勤めてきたのです。
青春も、恋愛も、そんなものもみんな諦めて。
ただひたすら国のためにと尽くしてきたのにこの仕打ちですか!
まあ、いいです。レムレス様とは遅かれ早かれこうなる運命だったのでしょう。
だから、婚約が解消されることについては全く文句はありません。
でも。
お飾り聖女だなんて呼ばれようは許容できません。
それだけは、ちょっと許せません!
聖女は公職。
貴族の子女が婚姻までを務める役職であり、その聖なる力だけで選ばれるものでもありません。でも。
わたくしのお母様は国家の危機を救った救国の聖女。大聖女です。
そんなお母様の娘のわたくしが、お飾りの聖女?
そんな不名誉な呼び名、許しておける訳ないじゃ無いですか!!
「撤回、してもらわないと」
このまま黙って引き下がるわけにはまいりません。
せめてお飾り聖女だなんて不名誉な呼び名だけでもレムレス様に撤回してもらわないと!
窓の外を見ると、いつの間にかもう夕方。
陽が沈むところでした。
西の空はもう真っ赤な茜色に染まっています。
「随分と、時間が経ってしまったのね……」
そう呟いて、ベッドから飛び降りて。
そういえば荷物をまとめて出て行けって言われたんでしたか……。
長年親しんだこのお部屋を離れるのは少し寂しいですが、それはそれ、しょうがないです。
わたくしは、心のゲートを少し開くと。
魂から真那の手を伸ばし、お気に入りのベッドとタンスを心の収納にしまいました。
「ごめんね、ファフナもちょっとここに入っていてくれる?」
にゃぁと返事をするファフナを抱きしめ頬擦りすると、彼女は自分から魂収納に飛び込んでくれます。
もう何度も入ってるから慣れたものですわね。
人の心、魂は、大霊から産まれる。
そんな魂は神の氣である真那をたっぷり詰め込んだ風船みたいなもの。
要は人の心は魂にあるし、それこそ魂こそその人そのものであると言えるのかもで。
わたくしの魂は人より少しだけ許容量が大きいみたいなのです。
お母様は、もしかしたら自分よりもわたくしの方が大きいかも、なんて言ってくれました。
よくわかりませんけど。
部屋の中の自分の荷物をあらかた片付けて。
名残惜しいけれどしょうがないです。
このままレムレス様のところに言って一言文句を言って……。
そう思ったところで、ハタ、ッと気がつきました。
いつの間にか陽が暮れてしまったこんな時間、果たして殿下はどちらにいらっしゃるのでしょう……。
♢
「アナスターシア、いる?」
コンコンとドアがノックされ、そんな声が聞こえました。
って、もしかして。
カチャンとドアを開けてみると、そこには第二王子であるナリス・ド・アルメルセデス殿下がいらっしゃいました。
青みがかった銀の髪を肩までおろし、すっと切長な碧い聖なる瞳をこちらに向ける彼。
ポワポワな薄い金色の髪のレムレス様とは対照的な美丈夫で。
すっと背も高く、知的なその口元から奏でられるお声は耳元に素敵に響く。
ああ。
レムレス様には悪いけど、わたくし幼い頃はずっとナリス様に恋焦がれていたのです。
「どうなさったのですか? ナリス様」
いきなり訪ねてきてくださったのはすごく嬉しくて。でも、ずっと不義理をしてしまっていた初恋の人。
「どうなさった、じゃないよ。わたしは君が心配でここまで訪ねてきたんじゃないか」
え?
「広場の祭壇前での騒ぎ、聞いたよ。大変だったね」
そう優しくこちらを見る彼に。
わたくしは我慢ができなくなって。
「ごめんなさいナリス様、わたくし、ナリス様に優しくされるような立場じゃないのに……」
思わず抱きついて。涙が溢れるのを止められなかった。
「いいよ。泣きたいだけ泣きな。よく我慢したね」
そうわたくしの頭を撫でてくれるナリス様。
そう、子供の頃の、あの思い出の日々のように……。
♢
わたくしのお母様とナリス様のお母様フランソワ様は従姉妹同士で。
幼い頃、フランソワ様が聖都のスタンフォード侯爵家にいらっしゃる時に、よく一緒にいらっしゃったナリス様。
小さい頃のナリス様はほんとお人形のように綺麗で。
王子様というより王女様のようで、綺麗なお姉様ができたようでとても嬉しくてよく遊んで貰ってたのを覚えている。
騎士団長を父にもつわたくしはお父様とよくお庭で剣術の真似をして遊んでいたから、どちらかと言ったらわたくしの方が男の子みたいに見えていたかも知れない。
お屋敷のお庭でかくれんぼをしたり鬼ごっこをしたり。
そんな遊びをしたがるのもわたくしの方だった。
ナリス様はわたくしの事をアーシャと呼んで。
わたくしはお姉様と呼びたかったのを流石に自重し、ナリスお兄様って呼んでいたっけ。
「大きくなったらボク、アーシャと結婚する!」
「ふふ。じゃぁナリスお兄様はあたしがお嫁さんにもらってあげるよ」
「もう、それじゃ逆だよ」
そんなふうに二人で笑い転げて。楽しかった。
あまりにもお転婆だったわたくしは貴族院の幼稚舎で仲間はずれになってしまった事があって。
同性のお友達が出来なくて、男の子には意地悪を言われて。
もうあたし、がっこう行きたくない!
そう駄々をこねてお庭の隅っこで座りこんで泣いていると。
いつのまにか隣に居てくれたナリス様。
わたくしが泣き止むまで黙って隣に座っていてくれて。
そうしてようやく泣き止んだところで。
「よく頑張ったね」
と、そうわたくしの頭を撫でてくれたナリス様。
その手があたたかくて。
すごく心地よかった。
思えばあれがわたくしの初恋で。
そのあとしばらくの間、ナリス様に撫でて貰いたくて猫のように擦り寄って甘えたわたくし。
あの頃が一番幸せだったな。
そう思う。
レムレス様との婚約話が進んだ後は、婚約者がいる身で他の男性と仲良くしてはいけないと。
そう何処かで言われたのをきっかけに、ナリス様とは疎遠になった。
あからさまに避けてしまったこともあった。
貰ったお手紙に、プレゼントに、ごめんなさいと手紙を書いた。
悲しかったけどしょうがない。そう思っていたのに。
♢
「よし、行こう。アナスターシア。レムレスのところに」
「え?」
「君の事をお飾り聖女だなんて、わたしもそれは許せないよ。それに、気になることもある」
「でも」
わたくし個人の事にナリス様を巻き込むなんてできない。
それに。
ナリス様の方がお兄様だからといって、相手は王太子。立場は向こうが上なのだ。
「ふふ。その目はわたしの事を心配してくれてる、のかな? 大丈夫。これは陛下にも頼まれている案件なんだ。あの男爵令嬢、何かおかしい」
え?
「カナリヤさま、ですか?」
「ああ。実はね、今マギウスにも調べさせているんだけれど、彼女には不審な点が多々あってね」
マギウスさま?
ナリス様と同じフランソワ様のお子で弟君のマギウス様。
まだ十二歳ですよね?
この春貴族院初等科を卒業なさったばかりだと聞いていましたけど。
その魔力量の多さは王室随一と言われていましたし、優秀なのは間違いないですがそれでもまだ少年ですよね。
「あれはね、先祖返りとでも言うべきか。母方の血のせいかもしれないが、かなりの特異体質でね。女性に産まれていたら君の後の聖女として祭り上げられていただろうけど生憎男子だからさ。すっかり魔道士の塔に入り浸って、今ではあそこのトップに次ぐ実力者になってるよ。そんなわけで色々と調べ物にも役に立ってくれてるってわけだけどね」
そう言ってナリス様はふっと笑った。
母方の血って、フランソワ様の実家のコレット家?
そういえば大昔の大聖女様がフランソワ様ってお名前だと聞いた事があった。
その古い血を引き継ぐコレット家の血はわたくしにも流れてる。
もちろんナリス様にも。
わたくしのお母様もそう。その白銀の髪はその大昔の大聖女様と一緒なのだと聞いた。
少しピンクがかった銀色の髪のわたくしや、青みがかった銀色のナリス様も、きっとその血を色濃く受け継いでいるのだろうとは思うけれど。
でもマギウス様って茶褐色の髪色でしたよね?
そこがちょっと不思議だった。
だって、お母様の白銀の髪は本当に綺麗で。
聖女の力の証のような気もしていたのだもの。
まあ気のせいなのかもですけれど。
「ふふ。まあそうは言ってもマギウスはまだ見た目が子供だしね。危険な場所に連れて行くには憚られる。ヴァレリウス、ここに」
「はっ、ナリス様」
「ナリス・ド・アルメルセデスの名の下に漆黒の魔道士ヴァレリウスに命ずる。ここにおられる聖女、アナスターシア・スタンフォード侯爵令嬢をお前の命を賭して護れ! 彼女はわたしの命よりも大切な女性だと、心して任にあたるように」
「はい。我が主よ。命に替えてその任を全う致します」
黒髪に浅黒い肌のその男性。
着ているものも黒いキトンに黒いマント。
編み上げのブーツも黒で、本当真っ黒な装いのその人。
身体からも黒い霧のようなものを噴き出して。
あれは。
黒い魔力?
かなりの強い魔力を感じる。
ナリス様の部下? なのかしら。
それにしても命を賭して、だなんて……。
「危険、なのですか……?」
レムレス殿下のところに行くだけ。
一言文句を言いに行くだけ。
それでも不敬罪とかに問われる危険はあるといったらあるけれど。
彼らの物言いは、そんなレベルのものではなさそうで。
「ああ。本当なら君にはここに残っていて貰いたいくらいだ。わたしは、この件には禁忌の魔法陣が絡んでいると見ている。状況証拠もかなり揃っているのだ」
はう。
禁忌の魔法陣って、あの?
異界の門を開き魔力災害を巻き起こす、あれ、でしょうか。
そんな危険なものが関わっているだなんて。
「どうする? 本当なら君にはこのままこの部屋で事が終わるまで待っていて貰たい。でも」
「ええ。そんな危険が待ち受けていると知ったら、なおさらナリス様だけを行かせるわけには参りませんわ」
元々わたくしの問題だったのですもの。
それに、そんな状態で、明日の神楽の本番を任せておくわけにもいきません。
ええ。
公務としての聖女の職を解任されたとしても、わたくしは第百八十代聖女。
それに変わりはありませんもの。
「ああ。君はそう言うと思っていたよ」
ナリス様は優しくそう言って、右手をそっと差し出した。
わたくしは、その手をとって。
不義理をしてしまっていたのに、ほんとごめんなさい。
そして、ありがとうございますナリス様。
わたくし、昔と同じようにまた、ナリス様の隣にいてもいいのでしょうか……?
♢ ♢ ♢
王宮の真っ赤な絨毯の上を進む。
わたくしはほとんどここには来たことがありませんけど、ナリス様は迷わず進んでいくからそのあとを追いかけ急いで。
「これをかけるといい」
と手渡されたメガネをかけたわたくしは、その髪の色も茶色のありきたりな色に変化し、着ているものもどうやら王宮侍女さんのお仕着せに見えるようになっているらしい。
今のピンクシルバーの髪や白銀の聖女服では目立ちすぎるからと変装用に。
認識阻害グラスという名の魔道具との事。
まあね。
いきなりわたくしが訪ねるよりこうして変装している方がいいのはわかるけれど、ちょっとこう言うのは恥ずかしい。
侍女さんの服は黒いシックなドレスに真っ白なエプロンをかけた清楚な感じで。
今のわたくしはナリス王子に付き従う侍女にしか、見えないだろう。
ヴァレリウス様は影に隠れているから、実質今はナリス様が一人でレムレス様のお部屋を訪ねていくといった感じのシチュエーションになっている。
長い廊下をずんずんと進み。
そしてどうやら目的の場所まで到着したようだ。
コンコン
と、ノックをするナリス様。
「レムレス、わたしだ、ナリスだ。話があるんだが」
そう声をかけると中からゴソゴソと音がして。
「ああ、ナリス兄様。面会なら先触れを出してもらわないと」
はう?
レムレス様がそのままドアのところまで出てきましたけど?
お付きの侍女や侍従の方々はどうしてしまったのでしょう?
普通ならここで王太子本人がドアを開けるなんてあり得ないような気がしますけど。
「急ぎの用事だったのだ、陛下からの伝言も預かっている。中に入れてもらえないか?」
「父上の? では」
そう言って自ら扉を開けるレムレス殿下。
「今は人払いしていますから、お構いもできませんけれど」
そう言ってナリス様を部屋に通す。
わたくしもお付きの侍女然としてすすっと中に入った。
多分、影に紛れてヴァレリウスもちゃんと部屋に入っているだろう。それは感じる。
「そちらにどうそ」
進められるままソファーに座るナリス様。
わたくしは一応侍女なので、横に立ったままだけれど。
「それで、どういう要件でした?」
対面にボスんと腰掛けたレムレス様。
ちょっと機嫌が悪そうにそういう。
でも。
レムレス様ってこんな気配を漂わせていただろうか?
魔力の感じがなんだか違って感じるのは、気のせい?
「ああ。単刀直入に言おう。レムレス、君は禁忌の魔法陣については知っているか?」
「はは。なんだそんなことですか。あれは素晴らしいものですよ。兄様もやっとお気づきになりましたか?」
え? 素晴らしいってそんな!
わたくしはびっくりして手を口元に当ててレムレス様を見てしまって。
そのわたくしの動作が一瞬目に入ったのかこちらをじろっと睨みつけたレムレス様、でも、認識阻害グラスのおかげでしょうか、わたくしだということには気がつかず、そのまま興味を失ったかのように目を逸らしました。
「素晴らしい、もの、と?」
「ええ。かの魔法陣は、この世界と異世界とを繋ぐもの。そして実はすでに異世界より真の聖女の召喚にも成功しているのです。研究者ロッテンマイヤー男爵の功績ははかりしれないほどです。ああそうだ、私はその真の聖女と結婚することに決めました」
「なるほど。で、その禁忌の魔法陣は今どこに?」
「それはいくらナリス兄様であっても教えることはできません。いわば国家機密に相当するほどの貴重な情報ですからね」
「父上は、陛下はこのことはご存じない様子だが」
「はは。そうですね、まだお知らせするには早いと思っていましたからね。もう少し研究が進んだ段階で公表しようと思っていたところです。それがどうして兄様に情報が漏れたのか……。こちらが教えて欲しいくらいなのですがね。カナリヤ、出ておいで」
奥の部屋の扉が開く。
位置的に寝室、だろうか?
そこから、妖艶な夜着に身を包んだ女性が、その首から手首、お腹、足首までも数多の宝石を散りばめた金のチェーンを身に纏った状態で、しゃなりしゃなりと歩いてくる。
「あら、ナリス殿下でしたか。レムレス様、どうします?」
「どうやら兄様は例の魔法陣について調べているようだ。まああれも最終段階ではある。明日の神楽でその仕上げに入るのだろう? であれば今はそれを邪魔されない程度に捕らえておけば済むと思うけれど」
「ふふ。甘いですわねレムレス様。この方そんなにお優しくはないはずですよ。ナリス様と言ったら、この国の影の総元締めのはずですからね。でもこうしてここまで出向いてくださったのですもの、ねえ、レムレス様? この方あたくしに下さいます?」
「まあいいさ、君の自由にしたらいいよカナリヤ」
そういうと、するすると前に出てきたカナリヤ嬢、ソファーに座るナリス様に抱きつくようにしなだれかかる。
はう、ナリス様!
カナリヤ嬢の周囲には黒い靄がかかっている。
その瘴気にあてられたように一瞬金縛りにあったように動けなかったわたくし。
ああ、だめだ、このままじゃナリス様を守れない!
意識を集中し、お腹に力を入れて。
「ダメ! ナリス様!」
そう叫んだ。
♢
「あらあら、貴女アナスターシア様じゃない。断罪された悪役令嬢としての役目を果たしてとっとと退場して下さっていれば命までは落とさずに済んだでしょうに」
「それはどういう意味でしょう?」
わたくしが大声をあげた事でその場にあった緊張の糸が解かれたように、舞台は動き出しました。
レムレス様の周囲に現れた人型の影。多分それらは元々は侍従さんたちだったのかもしれません。
何かの異形な力で魔と化したように、意識もなくただ立ち尽くすようにして、レムレス様の指示通りに動く人形のようで。
それに対峙するナリス様とヴァレリウス様。
後ろにいるわたくしを庇うように立ち塞がって下さって。
レムレス様の腕にしなだれかかるカナリヤ嬢は、その妖艶さを増しているような気がします。
「せっかくあたくしがこの世界を『剣と魔法のヴァルキュリア』のシナリオ通りにして差し上げようと思ったのに。邪魔をなさる気かしら?」
ヴァルキュリア? シナリオ? どういう事でしょうか。
「そういえば貴女、ヴァルキュリアとは少し性格が違いますものね。あのゲームの中の貴女は、もっとキツイ性格で、いかにも悪役令嬢らしいお嬢様でしたのに」
「おっしゃっている意味がわかりません!」
「ほんと、ゲームと違う事ばっかりでままになりませんわ。あたくしがヒロインだっていうのに、この世界じゃなかなか攻略も進みませんし。一年経ってやっとこうしてレムレス様を落とせたのも、結局魔の力を借りて、ですしね」
って、この人いまなんて?
魔の力を借りて、ですって?
そう言われてみればレムレス様の魂の色が変わったのも、というよりなんだか少し濁って見えるのも、魔に冒されているのだと思えば納得できる。
「ざれごとはそこまでだ! 異界の女よ。この世界はお前のおもちゃではない! これ以上好き勝手はさせん!」
ナリス様!
手に掲げた杖に魔力を込めたナリス様。
隣のヴァレリウス様も力を高めていくのがわかる。
「まあ勇ましいこと。でもね、貴方達でこのあたくしに勝てるのかしら? この一年でこの世界の魔力事情は調べさせて貰ったけれど、随分と程度が低くて笑えるほどでしたわよ」
そういうと、右手をバッとこちらに向けるカナリヤ。
漆黒の魔力の嵐が吹き荒れ、ナリス様に向かって……。
ああ、ダメだ。
あれにふれちゃ、ダメ。
わたくしの心のゲートが開き、そこから金色の真那が溢れ出しました。
全ての魔法を司るのもまたこの神の氣である真那。
そしてその真那を力に変えてくれる天使。
彼らの力を借りて、わたくしは自分自身が持てる以上の魔法を行使できる。
この世界には、数多の天使が高次元に隠れて存在している。
その天使と心を通わせ、そしてより強力な魔法を行使する方法を、わたくしは物心ついた時からそばに寄り添ってくれているファフナから学んでいましたから。
「お願い、ギア・アウラ! ナリス様を護って!」
ギア・アウラの権能。
空間を司る彼女の力が発動し、わたくし達の周囲、ナリス様の前までを次元の壁が覆いました。
「な、まさか!」
「貴女、なかなかやるわね!」
びっくりした顔をしているレムレス様とカナリヤ。
「わたくし、お飾り聖女なんかじゃありませんから! これくらいちゃんとできますのよ!」
そう啖呵を切って。
「ふふ。でもその程度ではまだまだよ。えい!」
カナリヤの手から噴き出す漆黒の炎。
あれじゃぁ部屋ごと燃えちゃう!
ううん、あの熱量だと王宮ごと灰になっちゃう!
どうしよう、そう逡巡した時だった。
——にゃぁ。禁忌の魔法陣ってそう言ったよね?
ファフナ?
——ならあたしが手を貸してあげる。
そう言ってわたくしの心のゲートから、ヒョンと飛び出してきたファフナ。
その真っ白でもふもふな体毛が白銀に輝き、周囲に冷気を撒き散らす。
まるで雪の妖精のように光り輝くファフナの姿が、次第に人間の少女のように変わっていった。
白銀に輝く髪に真っ白なキトンを羽織り、その背には白鳥の翼のような羽が四枚、ふわりと宙に漂うようにはばたいて。
「なんと! これは天使か?」
ナリス様も驚いてそう声をあげた。
「彼女はずっと、わたくし達の一族の魂の中にいらっしゃった、真の聖女その人ですわ」
わたくしはそうナリス様に答えて。
「ああ、そうか。なるほど。ではあの伝説は真実だったと、そういうわけか」
はう。伝説? もしかしてそれって。
「ああ。コレット家のご先祖様の伝説だよ」
ああ。そうかもしれません。
わたくしも彼女から全て聞いたわけではないですけれど、こうしてファフナがずっとわたくしと共にあったのも。
わたくしの前にはお母様の中に居たんだろうという事も。
禁忌の魔法陣を封じるのが目的だったと聞いていましたもの。
♢
ファフナのその冷気はカナリヤが発した熱量の塊をもあっという間に冷やしてしまい、そのまま部屋中を凍りつかせてしまいました。
アウラの壁で護られていたわたくし達だけが無事で、あと全てを凍りつかせた彼女はそのままとっととわたくしの中に潜ってしまって。
——にゃぁ。あたし、めんどくさいことは嫌いだから。あとはよろしくね。
そんな、ファフナ。
——大丈夫。あの二人は凍らせて魂の中にあった魔の塊は抜いておいたから。
でも。
——アーシャならギア・キュアの権能で蘇生できるはずだよ? 魔の影にまでなっちゃった人は残念だけど。
ああ、そうか。
レムレス様とカナリヤ嬢だけなら蘇生できるけど他の人は無理、なの?
——うーん。たぶん難しいけど、でもやれるだけやってみる? キュアだけじゃなくって時を
司るエメラのチカラも借りられれば、なんとかなるかもだよ?
うん。やってみます。
「ナリス様。わたくし、彼らを蘇生してみます。ファフナが彼らから危険な魔の塊を抜いて置いて下さったから、もうとりあえずの危険はなさそうですから」
そう言って。
わたくしはもう一度心のゲートを解放しました。
両手のひらの先から金色に輝く真那が溢れ出し、部屋中を覆います。
おねがい、キュア、エメラ、チカラを貸して。
高次元に眠る彼らを起こし、そして真那と引き換えにチカラを借ります。
聖女とは、あくまでその身に宿る真那もって聖魔法を行使するだけの存在ではないのです。
いかに天使と心通じそのチカラを引き出すことができるか。
真那をもって天使を使い、聖魔法を行使するその権能を引き出すことができるもの。
それが聖女の資質そのものなのです。
部屋中が光で溢れて。
その光が消えた時。
そこには蘇生したレムレス様にその隣に横たわるカナリヤ嬢。
そして数名の、影になってしまっていた侍従さんたちもが無事に生き返ってくれていました。
よかった。
そう思ったところで気を失ったわたくし、「アーシャ、アーシャ」とわたくしの名を呼びながら、抱きしめてくれるそのナリス様の腕の温もりだけを感じて。
♢ ♢ ♢
真っ青に晴れ渡る空の下。
聖緑祭の本番、神楽舞台での聖剣の舞の当日となって。
例年であればこの祭りが終わると雨季に入る。
神に奉納された真那をたっぷりと含んだ雨が大地を潤し、命の糧となり穀物のみならずすべての生き物の生育をはぐくんでゆくのだ。
そうしてこの国は護られてきた。
このアルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。
そんな神楽舞台の上で、わたくしは純白の神事の衣装を身に纏い、両手に宝剣を持って佇んでいた。
荘厳な神楽の音色が辺りに響く。
両手をあげ、シャンとその宝剣を鳴らすと、そのままゆったりと舞っていく。
聖剣の舞と呼ばれるその聖なる舞。
シャンとその宝剣を打ち鳴らし、弧を描くように舞っていくと、白銀の光が溢れ、そしてまたその光が剣を追いかけるように弧を描いていき。
くるり、くるりと回りながら、波のように踊る宝剣の舞。
そしてやがて眩い光がその剣先に集まっていったと思うと、大きく広がり神楽舞台全体を覆い隠す。
最後に。
舞台から空に、宙に向けて光の帯が放たれて。
そこで舞を終えた。
♢
「綺麗だったよアーシャ」
舞台の袖で待っていてくれたナリス様が、そう笑顔で迎えてくれた。
「禁忌の魔法陣も無事封じることができたようだし、これで全て元通りだね」
そうおっしゃるナリス様に、わたくしの顔が少し曇って。
「どうしたの? アーシャ」
そう心配させしまったみたい。
申し訳ないと思いつつ、でも。少し悲しくなって。
魔法陣はこの神楽舞台にありました。
ちょうど聖剣の舞で真那を放出したあとの、その空白の瞬間を狙ったのでしょうか。
禁忌の魔法陣が起動して異界の門が完全に開くためには、真那濃度が薄ければ薄いほど良いようなのです。
レムレス様が今回聖女宮長官代理を引き受けたのも、全てはこの時の為。
わたくしが邪魔になったのはカナリヤ嬢のあの奇妙なシナリオのお陰だそうだけれど。
というか、まだ禁忌の魔法陣が完全に開く前で良かったです。
ほんの少し開いただけで、ああして異界から別世界の住人を召喚できるだなんて。
調べはまだ全て済んでいないそうですが、ナリス様ならきっと全てを解決してくださるでしょう。
ええ。
もうわたくしの出る幕は無いのかもしれません。
「わたくしはもう、必要ないですよね」
そうぼそっと呟いて。
あれだけ大勢の目の前でレムレス様との婚約解消を叫ばれたのです。
今更なかった事には出来ないでしょう。
聖女の職も、そうです。
一度解任された聖女が復職した例は、今までにありません。
まあ今までの聖女は皆、婚姻を理由に引退したのでしたけど。
「ねえ、アーシャ。子供の頃の約束、覚えてる?」
え?
「わたしが大きくなったら君と結婚するって言ったら」
「じゃぁわたくしがナリス様をお嫁さんに貰ってあげると」
—————
「大きくなったらボク、アーシャと結婚する!」
「ふふ。じゃぁナリスお兄様はあたしがお嫁さんにもらってあげるよ」
「もう、それじゃ逆だよ」
——————
そんなふうに二人で笑い転げたあの約束。
「覚えてて、くださったのですか?」
「忘れるわけないだろう?」
そう優しく微笑むナリス様。
あんなに、不義理をしてしまったのに。
わたくしなんか、もうナリス様に愛される資格なんか、無いと思っていたのに。
「わたくしはもう、ナリス様に愛される資格なんか無いです……」
涙が浮かんで、頬に流れていくのがわかりました。
「わたしはずっと、君の事だけを想っていたよ」
ナリス様の手が伸びて、わたくしの頬に触れ。
すっと涙をぬぐってくださって。
「愛してるよ。アーシャ」
そう言って、優しく抱きしめてくれた。
ああ。
わたくしも、ナリス様の気持ちに応えても許されますか?
このまま彼を抱きしめてもいいですか?
神様……。
——にゃぁ。もう焦ったいなぁ。さっさとくっついてしまえばいいの。そんでもってお部屋に帰ってあたしを撫でて。アーシャの手で撫でられるの、あたし好きよ。
ふふ。
ありがとうファフナ。
おかげで吹っ切れました。
「ナリス様、わたくしをお嫁さんにしてください」
そう言って両手をまわし、抱きついた。
「幸せにするよ、アーシャ」
耳元で痺れるようなそんな声が聞こえて。
わたくしは思わず猫のように彼に頭を擦り付けた。
Fin