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終末の週末ラジオ

作者: 名種みどり

 文明が滅びたのは、隕石のせいだったかしら、隕石が持ってきたウイルスのせいだったかしら。それとも、ウイルスの混乱で起きた戦争?

 ともかく、今や水道は止まっているし、電気も通っていない。

 壁には西暦二千三十年のカレンダーが掛かったままだ。あれから何年たったのか。


 私は偶然生き残った。家族も、お隣さんも、消えたのに。偉い人も、社会を支えている人も消えたのに。私は何故か生きている。

 あの日以来、私は独り。もしかしたら、私は世界最後の生き残りなのかもしれない。

 しかし、家にあった保存食ももうすぐ底をつきる。冬が来れば私は凍えるだろう。

 独りで死ぬのは怖い。


 今日は、食料を求めて彼氏だった人の家に入った。今や不法侵入罪も無い。壊れたゲートを蹴飛ばしていく。

 庭は、割れた植木鉢から零れたミントが覆い尽くしていた。そういえば彼、ガーデニングが趣味だったかな。

 玄関は開かなかったので裏に回ると、硝子の引き戸が割れていた。そこから中に入る。

 倒れた冷蔵庫からは、嫌な臭いが漂っている。キッチンの戸棚からトマトの缶詰めを見つけて鞄に入れる。

 ここで引き返せば良かったのだが、急にあの人の部屋に入ってみたくなった。なんとなく彼がいる気がした。


 軋む階段を上り、ドアを開ける。懐かしい部屋だ。しかし、あの人はいない。心地よい音色で私を歓迎してくれていたギターも、今では埃まみれだ。

 彼は一人暮らしなのにそこそこお金を持っていた、所謂お坊ちゃんだ。他人に分け与えるほどの余裕があった。たとえ世界が終わろうとも、最後まで私に優しさをくれた。

 行方不明だが、どこかで今も生きている。そう信じている。


 机に置いてある電池式の古めかしいラジオを見て、胸がじんとした。

 彼はラジオのパーソナリティだった。毎週末、戦争が始まるまで、不安で溢れる私たちに余裕を少しずつ与えていた。彼のゆったりとした話し方。視聴者からのお便りを気持ちを込めて読み上げる。どんな世の中でも、感情のこもった彼の声があったからこそ、生きてくることができた。

 そんな彼も、戦争が始まって姿を消した。彼が埋めてくれていた心の隙間は、彼が帰ってこない限り、埋まることは無いだろう。

 人生初の失恋だった。


 再びラジオに目をやると、鞄の中に懐中電灯用の乾電池が入っていることを思い出した。

 私は少しおかしくなっていたのだろう。ラジオに電池を入れると、今や何の音も出ない筈の周波数に合わせた。何度も、何度も合わせてきた周波数だ。

 彼の声が聞きたかった。また彼に優しさを分けて貰いたかった。

 ザーという音と共に、私のすすり泣き声が部屋を満たす。

 すると、ラジオから音が聞こえてきた。聞き覚えのある音、あの番組が始まる音。

 幻聴に決まっているのに、耳を澄ます。もしかしたら、彼は生きているのかもしれない。もう少しで彼の声を聞くことができるのかもしれない。

 期待に胸を膨らませると、聞こえてきた。彼の声だ。


――どうも、今日も始まりました。毎週土曜日、週末ラジオのお時間です。

 週末ラジオなのに、最近は毎日放送していますね。今やいつが土曜日か分からなくなってしまったので、毎日が土曜日です。

 今日も誰かが聞いてくれていると信じて、どうでもいいことを話します。


 彼の声だ。笑い声、息を吸うタイミング。彼そのものだ。あの人は生きていたのだ。疑うことはできなかった。

 ラジオの音量を上げて、続きを聞く。


――今日は彼女の話でもしましょうか。惚気でごめんなさいね。どうせ聞いてる人なんてほとんど居ないんだから許して。

 今だから言うのですが、僕、彼女がいたんですよ。そりゃぁ可愛い彼女が。離れ離れになっちゃいましたがね。

 ちょっと暗い子でした。ほっとけないっていうか。ついつい面倒を見ちゃうんですよね。それでも嫌にならなかったのは、やっぱり心から惚れてたんだなって思います。

 彼女はハーブティーが好きだったんですよ。家に来ると、いつも僕がミントのハーブティーを淹れて、下手くそなギターをめちゃくちゃに弾いて笑い合ったものです。そのギター、家に置いてきちゃったんですよね。ちょっと寂しいなぁ。

 

 私のことだ。彼は私を忘れていなかった。乾いたばかりの頬が再び濡れる。なんとなく、目の前のギターの埃を払った。下手くそなんかじゃなかった。彼の弾くこのギターは、私の心を満たしてくれる暖かい音色だった。


――ああ、また会いたいなあ。そうだ、彼女がこれを聞いてくれているかも。もしそうだったら恥ずかしくて死にたいけれど、僕が今いる場所を発表します。彼女が来てくれると信じて。

 

 彼が言った住所を慌ててメモに取った。メモ帳なんて持ち歩いていないから、鉛筆とノートは彼から借りた。借りた報告は後でしよう。

 

 トマト缶を元の場所に戻し、家に帰ると、必要な物を鞄に詰めた。

 最後に鞄に詰めたのは、徒歩で行くにはあまりにも遠い住所を示したノートだ。

 埃臭いギターを背負うと、地図を頼りに歩き始めた。長いかも短いかも分からない、私の旅が始まった。

 またあのギターの音色を聞くため、一歩を踏み出した。

コンセプトだけで書き始めてしまったので、俺たちの冒険はこれからだ!みたいな終わり方になってしまいました。誰かこの主人公の熱い冒険ストーリーを書いてください(他力本願)

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