羽根と宝石
学校の花園は、今日も沢山の花が咲き誇っている。春夏秋冬入れ替わりに咲くこの場所は彼女の憩いの場所だ。
花の精霊、iaは真っ白な封筒と一枚の羽を持ってその場に足を運んでいた。
返事の手紙を渡すために。
しかし今日の花畑は、真っ青ではなく。
「今日もいらっしゃらないのでしょうか…。」
ここ数日通っているが、黒猫はおろか、青薔薇の姿さえ見当たらない。このままでは返事を渡せないままだ。
踵を返して教室に戻ろうとすると…
ー…んあ~…よく寝たぁ…。あ、あ、おーいiaさんちょっと待つんだぁー!!
「えっ、黒記…?」
振り返ったその視界に居たのは、花弁を髪に絡ませたまま駆け寄ってきた黒記…ではないよく似た誰か。
「えーあー…ん、そう言う訳じゃないけどまぁ依り代だしそう言う事にしておこう、うん。」
そっくりな青年はiaの手にある封筒を見て、微笑んで
「なんだ、結局書いたんじゃないか。まぁわかってたけどさ。お返事かな?」
「これは、BlueRose様への…。」
「あぁ…母さん出て来なくってさ。書いたのは分かってたから、そろそろ返事がと思って代理で来たんだ。」
ならばと、小さく華奢な手から黒くとがった爪の手に、真っ赤な封が手渡された。
「あぁ~吃驚した。起きたらいるんだもの…あそこは本当に夢魔でもいるんじゃないかしら…。」
13番目が元の空間に戻ってくると、いつも通りの一人の工房。
ここに客が来るのも、前までは珍しかったが。
「さてと。届けに行きますかね。殺されなければいいけど。」
「こんこん、っと。母さん居ますか~」
「…んだよ。今日は呼んでねぇぞ。」
一番目は、このドロドロとした真っ暗な空間の中に寝かされた鏡の前で、今日も自堕落に寝そべっていた。
「まぁまぁ呼んでなくても用事があれば来ますよ、そりゃね。んで手紙来てんだけどさ。」
「…あ?」
聞き捨てならないようなセリフを聞いて、不機嫌なのか、それとも予想外だったかのような返事をする。
「薄々感づいていたけど、手紙、書いたんだろ?お返事来てるぞ~」
彼女は起き上がって、眠たそうな、鋭い目つきで自分の分身の顔を睨みつける。
「さっさと渡せ。それ以上おちょくったら消す。」
ドスの効いた低い声で、天井の低いこの場所でもよく響く。
「あーはいはい、ごめんって。そんな怒るなって。」
そっと爪で切らない様に受け取る。
白い封筒。
血のように真っ赤な封蝋に、気分がそそられる。
「あれ、珍しくにやけてるじゃん?」
分身に顔を覗き込まれて、自分の頬が上がっていることに気が付いた彼女は、恥ずかしそうに顔をそむけた。
御免と謝られて、手紙に目線を戻す。
「…。」
封蝋をそっと破かない様に剥がし、ゆっくりと便箋を取り出す。
「…………。」
じっと文面を見るが…。
「…読めない。」
「…あ。」
異世界と文通するのはどうやら相当難しいらしい。
「えーっとこの世界なら…これね。翻訳できるぞ。」
分身が本をぺらぺらと捲って、そう問いかける。
「…よろしく。」
「あまり正確には出来ないけどね…『拝復 四季のない空間で』…」
主は暫くの間無言でその朗読を聞いていた。何も考えず、ただ聞こえてくる言葉だけを受け取ろうとした。
「『それでは、お返事お待ちしております』…だってさ。翻訳書き留めとく?」
「いい。覚えた。」
「はえーやっぱすげぇや。流石記憶主と言われるだけあるわな。」
「…ふん。」
手紙を受け取った時に感じたのは、歪んだ純粋な愛情とうっすらと血の匂い。
受け取った羽根からは少しの殺気とは言えないような、不思議なものが漂う。
ふらりと下界の上空、雲の上に降り立って、
「なぁOasis、ちょっと羽を一本くれ。」
「え、えぇ良いのですが…一本でよろしいのですか?」
三番目は大太刀を磨いていたが、唐突な要求に寝かせていた翼がふわりと立ち上がった。アクアマリンの瞳がきらりと涙目のように輝いた。
「うん、別に何かの材料に使う訳じゃないから。」
娘の羽を持ち帰って、比べてみる。明らかに向こうの方が固い。むしろこちらの羽が水蒸気のように柔らかすぎる。
「加工すれば刃物になりそう。変化するのかな。」
独りぼっちの空間で振り回し、ヒュンっという音が鳴る。
「風が切れるんだ…返事、どうしよう。」
覚えている内容を思い返す。
『素敵な手紙をどうもありがとう。』
『私は、貴方の事が知りたい』
『他愛もない話を貴方としたい』
『”ただのBlueRose”と話がしたい』
…僕は15人いるぞ。ただの僕としてという意味がわからなかった。ずっと考えてやっと答えが出たのは、
僕らは一人一人が確立されて別々に認識されているという事実。
あの短い手紙に、こんなに長い文章で返されて、こんなに素直に言葉を投げかけられて。
彼女もまた一人の乙女だった。
「…なんか熱いな…。」
彼女の顔は我慢しているにもかかわらず、はにかみ、真っ赤に照れてしまっていた。
薔薇から生えた棘の蔦も照れを隠すようにウネウネとどこかに行くこともなく、混乱して渦巻いている。
氷のように冷たい体が、火照って湯気がでそうだ。
「あ”-…んー…んふふ…っ…むぅ。」
こんな気持ちになったことはない。
なんだろう。
どうしたんだろう。俺。
耐えられなくなって、寝転がり、文字通りゴロゴロする。
この衝動というか、この気持ち、もどかしい。
誰かに自慢したいが、自慢するようなことでもない。
自分の中をぐるぐると回っているが、一番目には何のことなのかよくわからなかった。
「とにかくまた書かねぇとな…。」
「…げっ。」
一番合いたくない奴らと顔を合わせた。
「おや?ここで顔を合わせるとは珍しいね。」
純愛の八番目がにこりと笑う。
その奥には絵本を読み聞かせる悪夢の九番目と、喜んで聞いている正夢の十番目が居た。
絵本には「不幸な子供」と書かれている。
読む本が読む本なのは突っ込まず。
「そうだな、お前らが居るのがまず予想外だよ。」
「ははは、そう腰を引かなくても良いじゃないか、暴走組同士仲良くしようよ?」
「私は前らと慣れ合う気はない!」
唸る様に睨みつけているが
「んん…いつもの叔母様じゃないと調子狂っちゃうなぁ…察しは付いているんだけどさ。手紙でしょ?」
「何で知って…あぁ共有されてんのか。我ながら面倒な設定にした…」
「全員知ってるよぉもう。まわりくどいんだからさぁ叔母様、出来ないなら言えばいいのに」
そこまで言った瞬間に、一番目は大鎌で八番目の首を捕えていた。
「わぁわぁ…ごめんごめん…切らないでよ、どうせ無駄だしさ?」
「…。余計な口を今度聞いたらその汚物も一緒に去勢しちゃうぞ。」
「そ、それは困っちゃうなぁ。まぁ別に作ればいいんだけどさ。」
「とにかくほっといてくれ。一人で書くから。」
彼らから距離を随分と取って、椅子に腰かける。
長い間引きこもって密かに文字も練習した。手紙の書き方も外の世界で15番目の体を借りて、探して読んだ。
「出来る、はず。」
手紙を読み返して、内容を考える。
すぐに書きださず、紙きれに描きだすのが良いらしい。
寝転がって過ごすこと、毎日何してるか、仕事が、ない?
「…へぇ。」
大事なことは書かなくていい。嘘も秘密も必要もない。
翼があるから寝転がりづらいけど、とか。
「…Oasisも寝転がれねぇのかな。」
書きたいことを図で書きだしていく。その中で書こうと思うものを〇つけていく。
こんな話題でいいのか。
でも話せることがこれ位しかない。
あれ、なんでこんなに一生懸命答えようとしてるんだろう。
「…まぁいいか。」
はいふく?
こっちは Earthで まっかな さくらが さきました。
へんじは ぶんしんから もらった。
ありがとう。
いつもは ねころがりながら かがみのなかの げかいを みてる
これがしごと なのかもしれない
つばさは ないから ごろごろできる。
はやすことも できるけど ないほうが いろいろべんりだし
なくても このせかいならとべる
いつもは ごばんめの ところで いせかいの はなしを きいたり
よんばんめの ところに ちょっかいだしにいってる
しつもん
ほうせきは なにがすき?
けえぐ
18き はる bluerose
いあ さま