第5話 逆転の一手?
己が勝利を前に好き勝手振る舞うリーゼロッテ。
そんな彼女に怒りをあらわにするミラアリスをいさめたのは、小さなもふもふ。
タイムラビット族のパロプンテ。
「主様、ここはワタクシにお任せを。それと……少々お耳を拝借。ひそひそひそ」
「む、ん? ん? う、うむ。わかったのじゃ」
なにやら小声でやり取りをしてから、彼はぽてぽてとリーゼロッテの前に立つ。
グッドルッキングハンサムたちが行く手を阻もうとしたが、相対する彼女はそれを手で制した。
その無言の所作から、パロプンテはリーゼロッテの中に確かに王の器を感じとる。
「……お初にお目にかかります。ワタクシ、ミラアリス様に仕える従魔のパロプンテと申します」
パロプンテは帽子を取り、胸に抱えてリーゼロッテに礼をとる。
そんな彼に対し、当のリーゼロッテはニヤリと口角をつり上げた。
「あら、ただのクソ雑魚ナメクジにしては礼儀を知っているみたいですわね?」
「はっはっは、恐縮です。それにしても、姉妹揃って少々お口がお悪いのでは?」
「おほほ、褒めても何も出ませんわよ?」
「なるほど。話が通じない」
カチャリ。
パロプンテが手に持っていた懐中時計を閉じる。
「おそらくは命乞いしても、遅延作戦を実行しても、救いはないのでしょうな」
「ええ、その通りよ。あなたが今から無様に土下座して、滂沱のごとく涙を流し救いを求めようとも、私はその柔らかそうな頭を笑顔で踏みしめ、上級魔法を思いっきりぶちこんで、食肉加工してさしあげますわ!」
「おお、こわいこわい。こんな愛らしいウサギまで食べてしまおうだなどと、食い意地のはったお方だ」
「おーっほっほっほ!」
「はっはっは! いやはや意地汚いですなぁ。さすがは侵略者様でございます」
「おーっほっほっほ……あなたさっきから、少々物言いが無礼ではなくって?」
リーゼロッテの目の色が変わる。
多少の遊興と思って付き合っていたそれが、明確な敵意に染まっていく。
「ちょ、バカ者! リーゼ姉は性格はアレで趣味も悪くて色々とポンコツもいいところじゃが、魔法の扱いに関してはかなりの実力者なのじゃぞ!?」
姉の変化にいち早く気づいたミラアリスが慌ててパロプンテを叱りつける。
だが、彼はそれに対して鼻をひくひくさせただけで取りあわない。
一歩も引くことなく、目の前にいる金髪縦ロールを見上げて口を開く。
「リーゼロッテ様……いえ、今は敢えてリーゼロッテと呼ばせていただきます」
「この上、私への敬いすら捨てるというのね?」
「敬う理由がございませんので」
「……上等ですわ!」
いよいよもって怒りの色をあらわにし、赤い燐光と共に縦ロールを浮かすリーゼロッテ。
周囲のマッチョたちもいい加減堪忍袋の尾が切れたと、ムキムキし始める。
一触即発。
だが、戦いになれば敗北は必至。
地雷原に自ら飛びこむかのようなパロプンテの振る舞いに、ミラアリスは頭を抱えて彼を召喚したことを全力で後悔していた。
「ぬああああ! これはいよいよもってダメなのじゃ! わらわ万事休す! あんなもふもふチャーミングしか取り柄がなさそうなウサギ魔族でも、わらわの魔力リソース注ぎこんだのじゃぞ。こんな万全でない状態でリーゼ姉とのガチンコ勝負などやりたくないのじゃ!!」
実を言えば、先ほどパロプンテと行なった小声のやり取りの意味も、彼女にはよく分かっていなかった。
(あやつ、ダンジョンメイクを行なう権限を貸してくれなど、いったいそれが何の役に立つというのじゃ……)
ダンジョンメイクによりダンジョンを作り変えるには、魔力リソースとMGが必要である。
それは建材を用意する素材として魔力を、実際の建築行為を行なう大工エルフたちを働かせるためにMGを必要としているのだが。
「ダンジョンメイクに使う魔力リソース……はまだなんとかなるにしても。MGはすっからかんじゃぞ!?」
侵略される中でのダンジョンメイクには、危険手当という名の非常に高い追加料金がかかる。
今のミラアリスに、その追加料金を加味したMGが払えるはずもない。
つまり、今この時にダンジョンメイクの権限があったとて、どうしようもないのだ。
(ああ、サフラン。おぬしの言うた通り、わらわ、心を強くもたねばならぬやもしれん……!)
ミラアリスの頭の中で、腹心の言葉が散りぎわのいい笑顔と共にリフレインする。
『人生、諦めが肝心』
今にあそこのもふもふが姉の魔法で消し炭になれば、いよいよもって年貢の納め時である。
この後の一生を、ドヤ顔決めて出て行ったはいいが速攻で負けて王位継承権を失ったへなちょこデモンプリンセスと呼ばれ続ける覚悟をしなければならない。
「んむおおお……そんなのいやなのじゃぁあああ…………」
嫌がっててもその瞬間は刻一刻と迫ってきている。
ムキムキに囲まれたリーゼロッテの頭上には、眼下の無作法者を焼き尽くさんとする小太陽とも言える炎熱の塊が作り出されていて。
相対するパロプンテは、貸与されたダンジョンメイクの権限で活用できるパネルを展開し何かを操作しているが、こけおどしにもなっていない。
「……って、何をやっておるのじゃあやつは?」
ほぼほぼ意味のないはずの行為をしているパロプンテに、ミラアリスが疑問符を浮かべるのもつかの間。
諸々の操作を終えたらしいパロプンテがドヤ顔を浮かべた。
「己の愚かさを嘆きながら消し炭となりなさい! コロナブレイ──」
「これにて、ドローでございます」
リーゼロッテの大魔法が今まさに放たれんとしたその瞬間。
パロプンテが最後の動作に、ターンッとパネルを手ではじいた。
そして、その次の瞬間には。
「へっ?」
再び疑問符を浮かべるのはミラアリス。
「……」
そんな彼女を見て、不敵に微笑むパロプンテ。
この二人を除き、コアルームから人の気配が消え去っていた。
金髪縦ロールも、ムキムキのマッチョたちも、綺麗さっぱりいなくなっていた。
「……へぇ?」
ミラアリスの口から再び間の抜けた声が出るのと同時。
どこか遠くで、強烈な爆発音と、何かが崩れるような音がした。
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